第7話



 休日の朝はいい。


 例え目覚ましがなくとも、いつも通りの時間に目覚めてしまうのが社畜の社畜たる由縁なのかもしれない。


 しかしそこに休日というバイアスが加わることによって、不快な目覚めも二度寝という至福の時間へと変わるのだから。


 寒さが増し始めた昨今。布団の中が聖域。いやさジャスティス。


 起きたい時間に起きれるっていいなぁ。ニートが増える筈だよ。


 チラリと視線が胸元で丸まっている黒い物体へと向く。


「そういうものに、わたしはなりたひ……」


 召喚したままの黒猫と同衾。まさかの初めては人外でした。


 なんて訳もなく。


 黒猫用に作った座布団と毛布の寝床はお気に召さなかったらしい。寒いもんな。


 色々と話して分かった。黒猫はペットとしてすこぶる優秀。


 まず排泄しない。ペットを飼うことを忌避する人の五割の理由が消失だ。躾の面で、もっとも困るトイレ事情がないというのだから便利。食べた物ってどこにいくんだろうね。


 次に毛が落ちない。抜こうと思えば抜けるのだが、抜け毛の類いはないらしい。つまり生き物じゃないという理解でいいかい?


 そして喋れる。人間の言うことを理解するペットは存在するが、それにペラペラと答えを返してくれるペットは皆無だろう。声帯が不思議過ぎる。


 お留守番役にピッタリなので、試しに召喚したままにしてみた。食事も、あってもなくても死なないとのことなので、放置したまま旅行しても干からびることもないという。泥棒避けに便利。


 優秀過ぎるな黒猫。これで愛玩動物だって言うんだから、一家に一匹は欲しいよね。


 その長すぎる尻尾も収納出来るとのことで、今は見た目もただの黒猫だ。


 しかし排泄がないのは黒猫だけであって自分ではないという。これが人の限界か。


 二度寝に終止符を打ったのは生理現象だ。寒くなると近いのは歳のせいじゃない、と思いたい。


「うー、さむさむ」


 トイレに行くついでにエアコンのスイッチを入れる。居間も暖かくなるようにと直通の引き戸を開けて暖気態勢。


 帰り際、テレビのリモコンをゲットした。居間のテレビが寝室から見れるという、計算された配置に脱帽。我ながら恐ろしい。


 ポチっと電源を入れて布団に潜り込む。部屋が暖かくなるまで時間が掛かる。撮り溜めている映画でも見ようか。


『昨夜未明に見つかった死体は、損傷が激しく、何かに齧られたような跡があることから、野生動物――――』


 流れてきたニュースにピクリと反応してしまう。先が気になってボタンが押せない。齧られた死体の身元は? 被害者の写真は? いつもなら見向きもしないニュースにやきもき。 


 フラッシュバックするのは焼き鳥屋前でのあれこれ。


 ……もしかして、もしかするのか?


 じっとりとテレビ画面を見つめていると、ニュースキャスターが、所持品から身元が云々と知りたかった情報を告げてくる。


 画面が写真に切り替わり、氏名と年齢が晒される。


 映し出されたのは、三十代の男女。よく聞いてみれば近場でもない。


 やってくれる。


「えー……、マジ無駄にドキドキしたんだけど」


 枕に顔を押し付けて息を吐く。


 いらない。本当にこの呪いはいらない。


 ちょっと前の自分なら気にも止めなかったニュースだ。あのまま再生ボタンを押して適当な映画でも見ていたことだろう。気になったからと被害者を確認して、それがあまつさえ焼き鳥屋でこちらを馬鹿にしてくれた高校生だったと知ったからどうだというのだろう?


 可哀想とも思わずチャンネルを変えていたに違いない。


 どんなに言ってもチラリと見かけただけの他人なのだから。むしろ『ざまあみろ』と暗い喜びを見いだしていたかもしれない。


 そんな小物なんだよ。


 だというのに、原因を見つけられるというだけで『もしかしたら助けられたのかも……』なんて責任を感じてしまうような……。


 そんな小物なんだよ。


「……これは持たない。なるほどなぁ。前任の奴も、もしかしてこういうこと考えたのかもなぁ」


 俺とかプライベートで友達皆無なのにこれだもん。もし学生で友達が被害に遭いそうものなら、ヒロイック精神で手を伸ばしちゃうのかもなぁ。


 だって一日中モノノケが目に入るわけじゃない? ちょっとした待ち時間で見つけられるぐらいなのだから。今までなんの変哲もなく受け入れられていたことが『もしかしたら違う原因があるのでは?』とか考えちゃったりなんかしちゃったら。


「悪い方向に選民思想が働きそう……」


「何がニャ?」


 独り言がうるさかったのか、それとも布団の開け閉めにより入ってきた冷気で目が覚めたのか、黒猫が布団から顔を突き出してきた。


 布団から顔を出している人間と猫。文字通り、面突き合わせての話し合いだ。


「なあ、この『呪い』ってやつ。やっぱり外せないのかな? ほら、お祓いがどうのって言ってなかったか?」


 祓う奴が現れるかもしれないとか言ってなかったか?


 それが俺さ。


 今だ夢心地が抜けないのか、黒猫が目をショボショボとさせたまま答えてくる。


「う~ん、できるかできないかで言えばできるニャ。でもお薦めはしないニャ」


「なんで?」


 出来るんならやろうよ。諦めんなよ。声出していこうぜ。


「『呪い』は呪いニャ。つまり祓えるニャ。でもそれには呪いにかかっている魂力より強い魂力が必要ニャ。初代様の魂力だけでもそうとうなものニャ。それが代を重ねることにより、どんどんと強くなってるニャ。これはニャンコも計算外ニャ。初代様の考えでも何代かという予想だったニャ。どうも強くなる魂力につれて呪いも強くなってるようニャ」


 質わりぃな初代。半端ねぇな初代。


「呪いを祓おうとして失敗すれば、反動があるニャ。まず間違いなく祓おうとした術者は死ぬニャ。そんなお祓いは誰もやってくれないニャ」


 なんかポンポン死ぬって単語が出てくるんですけど? サラリーマンにはハード過ぎませんか?


「初代様の『呪い』は有名ニャ。害なく能力と術を身に付けられる上に魂力まで増えるからニャ。なのに祓えば死ぬニャ。もはや手を出さないような不文律ができてるニャ」


 マジか。そこまで有名なのに宿主は割りとあっさり死ぬよね。呪われてんじゃねえの?


「……でも、そんな伝説っぽいの打ち立てたら、挑戦しようとする奴もいるんじゃ……?」


 ほら、よくある奴だよ。抜けない剣なら抜いてみたい、押しちゃダメなボタンなら押しとこう、的な。


 人の話を聞かない系が、


「いたニャ」


 いるんかい。


 聞いてはみたものの、本当にいるとは思わかなかった。凄いな。ベットするのが自分の命なだけに。


「二十八代目様の時に『どこまでいっても呪いは呪い、御仏に仕える身としては見逃せない』とか言う坊さんがいたニャ。未だ伝え聞く祓い屋の制止を振り切って、弟子と合わせて四十七名で『呪い』に挑んだニャ」


 オチは読めた。


「みんな死んだニャ」


 こえーよ呪い。めちゃくちゃ害があるじゃねぇか!


 ……はあ。マジかー。じゃあ目を逸らして生きていくしかないのかなぁ? 別にモノノケが起こす事件が俺のせいって訳じゃないし。でもなー……。


 枕に顔を埋めて右左。


 本来なら頭空っぽにしてリラックス出来る筈の時間なのに……。ニュース一つでこの落ちよう。


 最悪だ。


 息を吐き出すついでとばかり、余計な言葉まで共に出た。


「自衛出来る能力や術って……ある?」


 黒猫がチロリと片目を開いた。


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