第6話



「んニャ? ご飯の時間かニャ?」


 いいえ、裁きのお時間です。


 香ばしい匂いに釣られた黒猫の注意は焼き鳥へ。そこをすかさず捕らえる。


 殺ったどー。


 間違ってはいない。直ぐにそうなる。


「な、なんニャ? ニャンコ何もしてないニャ、ムジツだニャ」


 まだ何も言ってないのにこの態度。黒だな。お前黒猫だな?


 顎の無精髭をジョリジョリと撫でつつ黒猫を薄目で見下ろす。首根っこをつままれた黒猫は冷や汗をかいている。


「うーむ、怪しい……」


「……宿主には負けるニャ……」


 失礼な猫だね?


 このポーズは高度な心理戦を呈したものだ。


 このような猫に取り調べの際に用いる高等テクニックなぞを説いても、正に小判を与えるようなもので意味など理解しないだろう。もちろん畜生を論破するなり言いくるめるなりは容易いが、向こうからの自白を引き出すのが大事。


 こちとら霊長類なのだ。畜生の言動を操るなど造作もない。


「焼き鳥食べないのかニャ? 冷えるとおいしくないニャ」


「ふむ、それもそうだ」


 レンジでチンも悪くはないが、折角の焼きたてなのだから。早い内に食べよう。


 黒猫をテーブルに下ろすと、小型のツードア冷蔵庫を開ける。


 中には炭酸飲料オンリー。


 透明さが売りな筈なのに、最近は着色されて色んな味が出ている炭酸飲料を取り出すと、そういえば黒猫は? と振り返る。


「炭酸飲料しかないけど、お前って何飲むの? 牛乳?」


「なんでも飲めるニャ」


「ふーん」


 それなら構うまいと、もう一本取り出す。


 不思議な猫だもの。喋っている時点でもうお腹いっぱいレベルなのに、今更炭酸飲むとか言われてもハイそうですかってなもんよ。


 とりあえずパックを開いて焼き鳥を黒猫に六本、取り分けてやる。


「串外すか?」


「お構い無くニャ」


 黒猫は、両肢で器用にペットボトルの蓋を外し、これまた器用にペットボトルを抱えると傾けて中身を飲んだ。焼鳥にはそのままかぶり付いて食べるのに。人間っぽい猫っぽい。


 ペットボトルの蓋には爪で引っ掛けて回したのであろう傷がついている。


 一連の流れを思わず見届けてしまった。喋っていることより奇妙さが目立つ。動画撮りたくもなるわな。


 これに自分も参加してハツを一本。コリコリと歯応えを楽しみつつ炭酸飲料で流す。


 ゴクゴクゴクゴク。


「…………ふぅー」


 えーと、なんだっけな。そうだ、次はネギマを食べよう。


「それで何かあったのかニャ?」


「……………………ん?」


 なにが?


 焼き鳥を一本食べ終えた黒猫が顔を上げて聞いてくる。


「なんか怒ってた気がするニャ。ご飯くれるためだけに呼んだのニャ?」


 はて……。ああ、そうだった。腹に物が入ったせいか幾分か冷静になれた。やっぱり食事って大事だ。


「いや、なんか変な生き物が他人の肩に乗ってるのが見えてさ。何あれ? ああいうのが見えるのが『呪い』の力なの?」


「どんなのニャ?」


「どんなって……ああ、なんか既視感あるなって思ったら、ゴブリンっぽかったな。ちっちゃいゴブリン」


「ゴブリンってなんニャ?」


 ゴブリン知らない? 魔法少女とか言うくせに。知識偏ってんね。


 少し細かくご説明。その時の状況やらゴブリンを付けて歩いていた学生やらをだ。


 焼き鳥を消費しながらダラダラと話す。久方ぶりに感じる団らんな空気。但し話している内容はゴブリン。


 粗方聞き終えた黒猫がモグモグゴクンと口に入っている鶏肉を飲み込む。


「それは餓鬼だニャ」


「まあ、ガキって言ったらガキかな? 高校生ぐらい。成人男性じゃなかったな」


 でも昔は十五歳で成人になるんじゃなかったっけ? 元服つって。


「違うニャ。子供って言ってるわけじゃないニャ。餓鬼は小鬼のことニャ」


 ああ、餓鬼ね餓鬼。なんか仏教かなんかでそういうのあったな。


「それって危ないの?」


 そう、重要なのはここだ。そして見えているから危ないのか、見えない方が危ないのかで『呪い』に対する印象も変わるぞ。


「何をして危ないなのか難しいニャ。基本的に餓鬼とか雑魚ニャ。ただ、害があるかないかで言えば、モノノケとか殆ど人間には害があるニャ」


「覚悟しろ」


「ニャンコは大丈夫ニャンコは味方ニャンコに害はないニャ?!」


 ちちい。


「それでその餓鬼ってのは、どう危ないんだ?」


「……宿主程じゃないニャ。どうと言われても……餓鬼は、人間を食べようとするぐらいで、力も強くないし――――」


「ちょっと待て」


 なに食事を続けてんだよ。とりあえず鶏肉を口から離せ。


「え、人間食べるの?」


「食べるニャ。むしろあいつらいつも腹ペコだから、なんでも食べるニャ」


 ……ええ、じゃあ何? もしかしてあの四人組ヤバいの? 食べられちゃうの?


「うわー、なに? 助けに行くべき? いや警察? いやいやイタい人扱いしかされないって。…………えー、マジかよ……」


「ど、どうしたニャ?」


「いや、だって放っといたらそいつら食われるんだろ?」


「大丈夫ニャ。実体化するには瘴気が必要ニャ。瘴気の発生は霊安局が感知できるニャ。危なそうだったら役人が片付けてくれるニャ。ユーダンシャだからってゴートーをやっつける義務なんてないニャ」


 ……そっかー。


 詰めていた息を吐き出すと手に持っていたままだった焼き鳥に噛み付いた。


 どうも見えているのが良くないみたいだ。なまじ見えてしまうから責任感に襲われてしまう。


「これって見えなく出来たりしない? パッシブなの?」


 元から見えなくとも不都合などなかったのだから、見えなく出来るのだったらそうしたい。


「ぱっしぶニャ? よく分からないけど、その能力は『見鬼』って言うニャ。見えなくなりたいのニャ? 危ないニャ」


 まあ、そう言われればそうだな。見えないだけで、いなくなるわけじゃないし。見えてたら、ああいうのに近付かないように出来るしな。


「折角『見鬼』が使えるんだから、見えなくするなんて勿体ないニャ」


「……んん? 使えるって、そういう呪いなんじゃないの? 能力と術と魂力を受け継ぐとかなんとか」


「そうニャ。でも受け継いだ能力と術は、何故か全部使えるわけじゃないニャ。だから『呪い』がどういう判断で受け継ぐ人を決めてるのか、ニャンコにも分からないニャ」


 おおい、マジか。じゃあ全く能力と術を使えずに呪われる可能性もあるんじゃね? 呪われ損じゃねえか。害はないらしいが。


 足りないのかチラチラと残りを狙う黒猫に、もう四本取り分けてやる。外さなくてもいいと言っていたが、鶏肉を串から外してやった。


 自分の分の串を咥えて、そんな作業をしていたら、ピンときた。


 前任者が死んだ理由。


「…………なあ、俺の前任者、六十三代目もさ。もしかして『見鬼』が使えたんじゃねえの?」


「そうニャ。あれ? どうして当代が知ってるニャ? 知識と記憶は受け継がない筈なのニャ」


 ……あー、だってなあ。そりゃねえ。


「他の能力や術は、碌に使えなかったんじゃない?」


「凄いニャ。当たりニャ。あと六十三代目様が得意だったのは魂力を薄く伸ばして広めることだったニャ。探知って言ってたニャ。でも使えるんなら『千里眼』や『百目』の方が便利ニャ。六十三代目様は使えなかったニャ」


 うわー、それ余計に要らねえ。


 前任者ってのも俺と同じように餓鬼とか見えたんだろうな。そして魂力とかいう訳の分からないものも直ぐに利用するぐらいアグレッシブな人で、おじさんなら躊躇するような一歩も若さで越えちゃったりしたんだろうな。


 日本人らしい道徳心で、若者らしい正義感を発揮してしまったのではないだろうか?


 なにせこちとら見えるわけだから。責任、感じちゃうよね。


 魔法少女を自称しちゃうような夢見がちなタイプなら特に。


「なんだよ。マジで呪いなんだけど」


「そうニャ。マジで『呪い』ニャ」


 もし分かってて『呪い』って呼んだのなら、初代ってのは本当にどうしようもねえ奴だな!










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