第47話
「すみません、ご予約されていない方は……」
「生憎と満室でございまして……」
「半月先まで埋まっちゃってますねー……」
どうなってるんだ、この街は。
色々と不安を覚えた民宿『堅木』。
しかしそこに行き着く前に、他にも宿泊出来そうなところがあったので寄り道をすることに。
温泉旅館、ビジネスホテル、キャンプ場……。
尽く断られるといった結果に終わってしまった宿泊施設の数々。
割となんとかなりそうだと覚えた安堵を返して欲しい。
おじさんというのは不安の塊なんだよ? 老後や事故の備えに保険に入るのなんて当たり前、至って健康だろうとテレビで医学関連の特番をやれば健康診断を受けに行くのなんて朝飯前、これからは体に気をつけようと仕事終わりにランニングを始めて深夜に自宅周辺を彷徨いていると通報される一歩手前、それがおじさんという生き物。
言ってくれ……『大丈夫です』と言ってくれよぉ。
明らかにダメそうなのに笑顔で『問題……ない、ですね』と請け負う医者みたくさぁ。
「大丈夫ニャ?」
「違う。そうじゃない。疑問形じゃなく。お前でもない」
安定から最も遠そうな存在だろうが。
色々と遠回りしたせいで未だドライブ中のおじさんと猫。
街をグルグルと回ったあげく、海岸沿いの道へと戻ってきてしまった。
……だって、カタギはちょっと……ねえ?
しかし他の選択肢も無くなり、日没がタイムリミットを告げるかのごとく迫る。
気付けば、お昼ご飯が夕ご飯に進化しかねない時刻。
「……でも、ここまで粘ったんだから……もしかしたらもうちょっと探せば……もう少し先まで行けば……」
「宿主は欲しい物を買い逃すタイプだニャ」
欲しい物ってのは手に入らないように出来てるから。
欲しくない物は幾らでも手に入るっていうのにねぇ。
喋る動物とかな。
「……仕方ない。行ってみるかぁ」
一度右折した道を直進して海岸線の未開地へ。
住宅が連なっているだけに、その民宿とやらが空振ったのなら泊まるところが無さそうな気配。
都心の方へと戻るのも二度手間。
だから二の足踏んでいたのだが。
「最悪、車中泊かなぁ〜」
「ニャンコは文句ないニャ」
不安と期待をごちゃまぜに、あって欲しいような欲しくないような気持ちで看板にあった目的地周辺へとやってきた。
ナビに出ない民宿とやらが本当にあるのか……。
めっきり人気も無くなって、車のすれ違いも厳しそうな通りへと入っていく。対向車が来たら諦めよう。遠場のホテルとかでいい。
「おーい。お前も探してくれー。なんか看板とか民宿っぽい建物とかを探すんだ」
「了解ニャ」
徐行しつつ脇見にならない程度に辺りを探る。
すると道の先を歩いているポニーテールの女の子を発見。
地元の中学生だろうか? 日焼けした肌にセーラー服。
なんの部活かは知らないが、大きめのボストンバックなんかを抱えているので、スポーツをやってそうな雰囲気。
残念。年齢が二回り高ければ民宿の場所を聞けたのに。
勿論、残念というのはおじさんのコミュニケーション能力のことである。
車に気付いて端に寄ってくれたので、更にスピードを落として徐行。歩行者がいると道幅が割とギリギリ。
向こうもそれを理解しているのか、余計な動きはすまいと足を止めてくれた。
ゆっくりとすれ違う。
その途中で。
スルスルと下げられた助手席側の窓から黒猫がヒョコっと顔を出す。
かち合う人と獣の瞳。
すると野獣がポニテ中学生に向かって、
「ここら辺にカタギっていう民宿があるらしいニャ。知らないニャ?」
なんて宣い始めまして。
ええ。
「待てえええええええ?!」
思わず急ブレーキ。
目を丸くしているポニテ中学生がよく見える位置で停止。こんにちはー。
違う。
「お、おま、なに? ええ?」
おじさんは全開で素顔を晒している。晒し者ですよ。ええ。ええ?! なにやってんの、この黒猫もどき?!
イカれたか?! いやそれは元からか。
恐る恐る少女に視線を合わせると、黒猫を見つめいた目がおじさんにも向けられる。
確認を取るように一瞬だけ。
そんな目で見られても、おじさんにはなんの事か分からない。
目と目が合ったのは一瞬で、再び視線を黒猫に戻し口を開くポニテ中学生。
「一応聞いとくけど、目的は宿泊よね?」
「そうニャ」
それ以外のなんだと思ったのか知りたいところだな。
「呪殺とかじゃなく?」
知りたくなかったな。
「違うニャ」
「まあ……だったらだったで、こんなところで堂々と道なんて聞かないか」
「そうニャ」
「いいよ、教えたげる。別に隠してる訳でもないしね。っていうか直ぐそこだし」
少女の説明にフムフムと頷く黒猫。
きっと理解はしてないんだろうなぁ。
盗み聞きの体でおじさんが理解。
問題無し。
違った。問題しかない。
黒猫と少女がお喋りという異常事態。
そこにブレンドされるおじさんとしては、聞いておかなければなるまい。
「あのさ……変に思わないの?」
昨今の中学生の精神性に疑問だ。
もしかしてマシンガン持って彷徨く輩がいたとしても写真とか撮っちゃう系なんだろうか?
「別に?」
激しくジェネレーションギャップ。
今が間違いなく未来だと断定である。
しかも続く言葉にハテナが増える。
「おじさん達もあれでしょ? 腕自慢、的な? まあ、ほんとかどうか知らないけど、今年が千年期だって言うしねぇ。あたし、友達が巫女として出るからさ、戦力になるなら誰でもウエルカムなんだよね。あの家自体は嫌いなんだけど。おじさんも目ぇ着けられないようにした方がいいよ。あいつら、ちょー粘着質だから」
この『分かってる感』に戸惑う。
ちなみにおじさんは分かっていない側である。
「じゃあ、そこ右だけど右折しにくいから真っ直ぐ抜けてから曲がった方がいいよ。ばいばい」
問い質そうにも、あっさりと手を振ってさっさと少し先の十字路の左へと消えていくポニテ。
引き止めるとか、おじさんには無理な技能である。
制服の国家権力に引き止められちゃうから。
「おいおい……引き止めるのは交渉役の仕事でしょうがよ?」
なんて黒猫に責任転嫁。
しかし黒猫は黙したまま、ボンヤリと宙に視線を漂わせている。
「……なんだよ? 怒ったのか?」
なら言えよ。謝るから。
「千年……ニャんだったかニャー? なんかあった気が……」
小首を傾げてブツブツと呟く黒猫。
先程の少女の言葉に琴線に振れる何かがあったのだろう。
「あの娘って、いわゆる『こちら側』ってやつでいいんだよね? 事情知ってる系なんだよね? おじさんは非に問われたりしないよね?」
それが分かってて声掛けたんだよね?
「ふニャ? ……ああ、大丈夫だニャ」
「そっか、良かった」
黒猫を火に問わなくてもいいそうだ。
「ちなみに、なんであの娘が大丈夫って判断したのか聞いてもいい?」
足をブレーキからアクセルに踏み変えながら、今後の判断材料を得るために黒猫へ問い掛ける。
もしかしたらあるのかもしれない。
あちらとこちらを分け隔てる何か。
それが分かれば、今後は色々と気をつけることが出来るだろう。
ゆっくりと発車し始めると同時に、黒猫の回答が重なる。
「あの娘にも何か憑いてたニャ」
……それはおじさんには判別出来ないなぁ。
見た目には普通と変わらない黒猫をチラリと見て、車を真っ直ぐに進ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます