第4話



 不吉の代名詞なんてレベルじゃねえな黒猫。


「そっか。それが遺言ってことでいいんだな?」


「なんで笑ってるのニャ? なんでソッと首に手を添えるのニャ?! なんで頭を掴むのニャ?!」


「いや、不快なことばっか言うもんだから…………くびり殺そうかなって」


「こわいニャ?! こんなにこわい宿主(やどぬし)は初めてニャ!」


「いやお前の方が怖いよ。意味分からない高額請求より怖いよ」


 死ぬことで受け継がれていく呪いを受けたとか、思わず信じそうになっちゃったじゃん。おじさんはね、よく分からないアドレスを踏んだ時は、とりあえず電源を切っちゃうタイプのおじさんなんだよ。


 ちょっと変わった宗教の勧誘だったってことにしよう。


「そっちには?! もうそれ以上そっちには首は回んないニャ?!」


「成せば成る」


「無理ニャ?!」


 グググと抵抗する黒猫を光の消えた瞳で見つめる。手には青筋が浮かぶ。


 いらねえんだよ。呪いとか、そういうの。


 昔は憧れたかもしれない、宿命やら運命やらだが、この年齢というだけで不可がつく。若い娘とのロマンスも、青臭い思想も、一歩離れて見ちゃう歳なのだ。


 そこそこダーティなことも考えれば、つい事後処理を思い浮かべちゃう年齢なのだ。後先を見ない真っ直ぐさとか無くなって久しい。……元からあったかも怪しい。


 路上で助けを求める人がいても、手を伸ばさず傍観しちゃうのがおじさんなんだよ。


「おおお落ち着くニャ!」


 お前もな。もうお休み。


「ニャニャニャンコを殺してもどうしようもないニャ! 『呪い』は宿主を変えないニャ! そもそも『呪い』で死んだりする訳じゃないニャ!」


 ピタリ。


 俺が動きを止めたことで手応えを感じたのか、黒猫が必死に言い募る。


「そ、そうニャ。むしろ『呪い』を受け継いだことには利点しかないニャ。今までの宿主は殆ど喜んでたニャ」


 女性にモテて宝くじも当たって人生が楽しくなりましたか? その人生が直ぐに終了してるんだが?


 話を聞いた限りでは、前任者は若い女の子だよね? 任期短いよね?


 未だに手を離さずに、黒猫に顎で続きを促す。


「この『呪い』は人から人に受け継がれていくニャ。受け継がれる時に溜めたパワーや能力も相手に受け継がれるのニャ!」


 パワーて。


「呪いで死んだりしないのか?」


「『呪い』で死ぬことはないニャ」


 コクコクと高速で頷く黒猫。


「待て待て、そもそもその呪いってなんだ。誰が掛けた? 利点しかないならなんで呪いって言うんだ?」


 もう諦めた。今日の一時間は呪い談義でいいです。


 俺が手を離すと、あからさまにホッと息を吐いた黒猫が滔々と語り始める。


「『呪い』を掛けたのは初代様ニャ。『呪い』って言い出したのも初代様ニャ。ニャンコは元々、初代様が使役する式だったニャ」


 おお。式って式神の略? 魔法少女言うから西洋風かと思えば、めっちゃ日本ですやん。


「初代様は陰陽道の天才だったニャ。他の陰陽師がなし得ない術の開発や運用も、初代様なら軽々と行えたニャ」


 まあ天才ならね。


「そのせいかボッチだったニャ」


 まあ天才だから。


「ニャンコから見ても、対話能力に非常に劣るとしか言えない初代様だったニャ。コミュ障ニャ。そんな初代様だからか、いつも言ってたことがあるニャ」


 天才の苦悩的な何かかな?


「めっちゃモテたいって」


 思春期か。


「初代様は考えたニャ。陰陽師は女の子にモテる職業ナンバーワンなのに、最高峰の陰陽師たる自分は何故モテないのか、どうしたらモテるのか」


 え、初代って男?


「そこで初代様は思いついたニャ。もっと力があるところを見せればいいと。研究ばっかりしていたせいか知名度がないのだと」


 安直だなあ。


「並の陰陽師が束になっても敵わないモノノケを、初代様は片手間で調伏出来る実力があったニャ。そこで更に女の子にモテる角度やら振る舞いやらを意識して圧倒的に調伏するようにしてみたニャ」


 泣ける。


「ますます引かれたニャ」


 号泣。


「碌に会話もしないのに隔絶した能力だけは持っている初代様に、周りの人達は恐れを懐いたニャ。ぶっちゃけニャンコ以外の式も初代様の考えてることは分からなかったニャ」


 おっと。危険な香りがしてきたな。


「それでも初代様は考え続けたニャ。ハーレムを作りたいと」


 モテるから進んだなあ。悪い方に。


「都が初代様の処分を考え、村でも初代様を腫れ物を扱うように接していたのに、初代様はどこふく風と気づかなかったニャ。コミュ障だからニャ。むしろこの頃は、扱っていた式一同に人化を覚えさせようとしてたニャ。雄は後回しだったニャ」


 もう殺られちゃえばいいよ。


「雌の式が初代様の血走った目を見て『人化を覚えたらヤバいんじゃない?』という考えを持ったせいか、人化の術の習得は難航したニャ。初代様は新しい術の開発や運用にモノノケの肉体を使ったモノノケ実験というのをやってたせいか尚更だったニャ。勘違いニャ。百ぱーせんとエロ目的だったというのにニャ〜」


 いや、勘違いしてないんじゃない?


「初代様は考えたニャ。モノノケに襲われているところを助ける作戦の何が悪かったのかと。普段は能力を見せない初代様が、幾人もの陰陽師が倒れる中、姫を守って大妖と呼ばれるモノノケを大立ち回りで調伏する……このシナリオの何が悪かったのかと」


 頭が悪かったんじゃないかなあ。


「初代様はたどり着いたニャ。曰く『モノノケが弱いのが悪い』と」


 早くなんとかしないと。ああコミュ障か。絶望だな。


「そこで初代様は自分にも手に負えないモノノケの人造に着手したニャ。……この頃の初代様はブツブツと呟いてたニャ。確か……『きゃーすてきー抱いてー、となる…………ブツブツ……フフフ………………いや、待てよ? このモノノケに全世界から美女を集めさせればいいんじゃないか? で、集まった美女とフフフフフ。そう、モノノケの命令だから、モノノケの命令だから仕方なく! だって俺も敵わないから! 頑張ったけど敵わないから!』だったかニャ?」


 都の判断は間違ってなかった。


「しかしここで悲劇が起きたニャ」


 悲劇に謝れ。


「モノノケが暴走したニャ。史上最強最悪のモノノケが人知れず誕生して直ぐに暴走してしまったニャ。これには初代様も驚きで呟きが漏れてたニャ。『おう、手に負えない。…………目標通りのモノノケを作れる自分の才能が怖い。俺すげー』だったかニャ?」


 同感だよ。恐ろしいわ。あー、でもオチがなんとなく見えてきたぞ。


「モノノケは暴れまわった後、外に出て行こうとしたニャ。そこで初代様は正気に戻ったニャ。基本的には良い人ニャ。外に出ることで被るであろう被害を見逃せなかったニャ。世の滅亡レベルだったニャ」


 おい良い人。


「仕えていた式一同が抑えに走ったニャ。ニャンコも加わろうとした時、初代様が言ったニャ。『待て待て待て待て、お前は参加するなシャッキ。お前には御役目を与える。多分だが、俺たちはあいつには勝てない。なんせ俺がそう作った』」


 馬鹿なの? 制御が出来ない時点で欠陥品だから。その場に居たら殺意を覚えそうな発言だな。


「『だから俺は可能性を未来に託すことにした。いいか、今から使う術にお前を組み込む。この術『呪い』は呪いの形式をとって人から人へと受け継がれてゆく。継がれるのは俺の能力、術、魂力だ。知識もつけたいところだが、何代にも渡る知識は人の脳や人格に酷く影響をもたらすだろうからな。そこでお前の御役目だが、受け継がれた『呪い』の説明をしてやってほしい。俺の実力であれば『呪い』は何世代にも渡るだろう。いつの日か必ずこのモノノケも倒せる日が来るはずだ。しかし実害はなくとも『呪い』は呪いだ。中には祓おうとする輩も現れるだろう。そこでこの『呪い』に呪いの効果はなく、逆に天才的で素晴らしく強力な能力を得ただけだと、やったね幸せだと伝えてほしい。そしていつの日か、必ず、絶対、モテモテになってほしい……そう、伝えてくれないか?』」


 モノノケどこいった。


「初代様の意志を組んだニャンコは、初代様の術式の一部になり、受け継がれていく『呪い』の伝達役になったニャ。でもなぜか二代目様以降の宿主は全員雌だったニャ」


 ああ、うん。


「初代様の能力は絶大ニャ。受け継がれ成長していくという特性もあったから、ニャンコもいつかはあのモノノケにも届くと思ってたニャ。モノノケの方は初代様が死力を尽くして封印したニャ。そこは初代様の封印、何百年かは持つニャ」


 どう見ても自業自得なんだが、ちょっと感心した。そこは留めたんだな。


「しかし問題が起きたニャ。事態を重く見た二代目様が、国に事情の説明とモノノケ調伏の為の陰陽師の招集を願い出たニャ」


 二代目様の好感度が高ぇ。


「ニャンコは焦ったニャ。封印はまだ保つからと説明したのに、二代目様は早期の解決を試みたニャ」


 まあ、そらそうだわ。そんな爆弾が近くにあると知って、枕を高くして寝られないもんな。


「意外にも調伏は成功したニャ。初代様の処分の為に集まっていた陰陽師をそのまま流用したのが勝因ニャ。今思えば、周りと協力したら初代様でも倒せた気がするニャ。でも初代様はコミュ障ニャ。考え方が己で完結してしまう癖がついてたニャ」


 まあ、協力できたかどうかが怪しいけどな。俺TUEEEEEしちゃうような初代だったんなら尚更。


 しかしそれならお役目って終わってるよな。なんで六十四代も続いてんだよ。


「二代目様は初代様から受け継いだ能力で、多くの人を救い、癒し、導いてきたニャ。その生涯は立派で高潔だったニャ。ニャンコも満足ニャ。そして、『呪い』は三代目様に受け継がれたニャ」


 …………。


「そこでニャンコも気づいたニャ。『呪い』は呪いニャ。初代様の実力なら何世代にも渡るニャ。そして呪いは人の執念や怨念が形作るものニャ。モノノケのいなくなった今、初代様の執念ってなんニャ?」


 おい、バカ待て。


「初代様は言ってたニャ」


 バカ待て止めろ。


「めっちゃモテたいと」


 ふざけんな!


「『女の子』にモテたいと」


 初代ェ……。


 チラリと再び確認した時計が、今日が終わったことを告げていた。


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