第26話 護衛役

 女王陛下のご加護がある街道を歩いて――というか走った――から、獣に襲われることもなく、途中で通りかかった馬車に乗せてもらって、夕方前に無事にアルトに戻ってきた。


 夕飯を食べて、昨夜と同じ宿を取った。


 ベッドに倒れこんで天井を見つめる。


 散々な目にあった。全然眠れなかったし、貴重な範囲攻撃の『昏倒こんとう』の魔法陣は使わされるし、なのに何の成果も得られなかった。


 一体何なんだよあいつらは。


 目的や主犯を聞き出させなかったのが悔しい。口を割らせるのは得意なのに。


「ノト、今いいか?」


 ノックの音とともに、廊下からシャルムの声がした。


「はいっ、どうぞ」


 腹筋を使って起きあがり、入ってきたシャルムを迎える。


「リズは?」

湯浴ゆあみをしに行った。ノト、頼みがあるんだ」

「どうしたんです? そんな深刻な顔をして」

「僕に、魔法陣を描いてくれないか?」

「シャルムには魔術があるじゃないですか」


 シャルムは目を伏せた。


「それじゃあ、足りないんだ。リズをまもりきれない。魔術は時間がかかりすぎる。即時発動する術が欲しい」

「魔石を使えばいいのでは? シャルムなら、自分で封入することもできるでしょう?」

「魔石も使うことにする。今まで魔石は弱い者が使うと思っていた。家で、そう教えられてきた」


 魔術師の名門、ローイック家。魔力の多い血筋で、要職に就く者も多い。それなりのプライドがあるのだろう。


「リズはシャルムの護衛役なんですよね? リズの負担を減らしたいなら、自身を守る方法を考えた方がいいと思いますよ」

「違うんだ……」


 ギリッと歯を噛みしめる。


「リズが僕の護衛役なんじゃない。僕が、リズの護衛役なんだ」


「ええと、それはどういう……?」

「そのままだ。護られるべきはリズなんだ。僕が特審官として前へ出て、リズはあくまでも護衛役だと公言することで、リズへの脅威を減らしている」

「リズが特審官ということですか?」


 妙に魔法陣に詳しいのはそのせいか?


「いや、特審官が僕なのは本当だ。リズは僕の仕事についてきている」

「でもリズはシャルムのことを本気で護ろうとしてますよね」

「それはリズが優しいだけだ。この前の洞窟の件や、今日のノトの魔法陣で痛感した。このままじゃリズは護れない。今までは単に運が良かっただけだ。だから、僕にも魔法陣を描いてくれ」

「依頼なら、受けますけど……お代は頂きますよ?」

「もちろんだ。必要な物があったら言って欲しい。それと……」


 シャルムは俺の手を両手で包み込んだ。真剣な眼差しで目をのぞき込んでくる。


「リズを護ってやってくれ。僕のことはいいから」




「ノト、今いいか?」


 シャルムが出て行ってしばらくした後、今度はリズがやってきた。


 俺は、今日はもう仕事なんてしなくていいやと投げやりになっていて、再びベッドに転がっていた。


「どうぞー」


 入ってきたリズは濡れた髪をいつものようにひとくくりにしていて、石鹸せっけんのいい匂いがした。ショートパンツにシャツを羽織っただけの緩い格好で、武器を一切持っていない。


 無防備がすぎる。


 湯浴ゆあみ後の女性と部屋で二人きり。これはマズいのではないか? 主に俺が。


 いやいやないな。俺が万一とち狂っても、返り討ちに合うだけだろう。


 でも……リズが迫ってきたら?


 俺は拒めるだろうか。


「頼みがあるんだ」

「な、何です!?」


 声が裏返った。


 意識しすぎだ。


「あたしに、魔法陣を描いて欲しいんだ」

「デスヨネー」


 つーか、拒む必要なんてないよな。


 その前にただの妄想だったけど。


「あん?」

「なんでもないです。それさっき、シャルムにも言われました」

「あいつ、嫌そうにしてただろ」

「いえ、真剣な顔でした。……その、シャルムがリズの護衛だとも言ってました」

「あんのバカ。余計なことを」

「ということは、本当なんですね」

「まぁな」


 リズがベッドの上、俺の横に腰掛けた。気まずくなって、俺は丸テーブルの椅子に移った。


 リズは不思議そうにしていたが、それ以上は突っ込んでこない。またいじられるかと思ったのでほっとした。


「どこぞの名家のご令嬢だとか?」

「……そんなところだ」


 冗談のつもりで言ったのに、リズはあっさりと肯定した。哀しそうな顔をしているのはなぜだろう。


「ご令嬢とは。似合わないですねえ」

「るっせぇ」

「家名を聞いても?」

「それは言えねぇよ。知られてねぇから意味がある」


 リズは後ろに手をついて、天井を見上げた。足がぶらぶらと揺れている。


「うちは超厳しくてな、なにからなにまでガッチガチに決められてた。やれダンスのレッスンだ、歴史の勉強だ、マナーのお稽古けいこだっつってな。それが嫌んなって逃げ出した。護身術の教師を騙くらかして剣術を教えさせて、わざと粗野な口調や仕草の練習をしてな」

「リズらしいですね。おしとやかにダンスしているところなんて想像できません」

「家出するとき、あたしについてきてくれたのがシャルだ。会長に相談したら生きのいいのがいるっつって」

「そのこと、師匠が知ってるんですか……!」

「面白がってたな」

「あの人らしい……」


 俺は苦笑した。面白ければ無理でもなんでも通してしまうのがあの人だ。


「シャルは会長に心酔してんだよ。だから指名されて即答したんだと。さすがに二年近く一緒にいる今は、あたしのこと好いてくれてっから一緒にいんだと思いてぇけどな」

「二年前から!?」


 どんだけ天才少年だよ。


「余談だが、今回会長に指名されたノトのこと超意識しててな、あの白いローブも、なめられねぇようにってわざわざ着てったんだぜ」


 くくく、とリズが思い出し笑いをする。


 だからあんなに攻撃的だったわけか。とんだとばっちりだ。


「シャルは知らねぇけど、難しい仕事は回ってこねぇようになってんだ。会長が根回ししてな。今回のタタナドンと襲撃は不測の事態ってやつ。つっても、シャルの実力はホンモノだぜ? 特別審査官っつうのは、コネや根回しでなんとかなるもんじゃねぇからな」

「そんなにペラペラと俺に喋っていいんですか」

「あのオバサンの推薦なら間違いねぇよ。あたしは最初っからノトのことは疑っちゃいねぇんだ。魔法陣は想定外だったけどな」


 オバサン……。


 なんて恐ろしいことを口にするんだ。


 あの人絶対気づくから。次会った時に言われるから。てかとんでもない制裁が待ってるから。


 俺は知らねーぞ。


「で?」


 リズは両膝に肘を乗せ、ぐっと前屈みになった。


「描いてくれんだよな?」


 それ以上屈むとシャツの襟元から見えそうだから勘弁してくれ。その短いホットパンツで男みたいに足を開くのもよろしくないと思いますよ、俺は。


「そりゃ依頼なら描きますけど」

「さんきゅ。じゃ、頼むわ」


 さっと立ち上がって、リズは背を向けた。


 助かった。色々と。


「それと、なんかあったらシャルを護ってやってくれ。あたしを護ろうとして自分の事をおろそかにするだろうから」


 ドアの手前で振り向いてそれだけ言うと、リズは香りを残して出て行った。


 二人に互いを護れと言われてしまった。


 俺は戦闘職ではないんだけど。


 それに、魔法陣の注文は受けたものの、二人の希望を聞いていない。どんなのが欲しいのかわからなければ、描きようがないじゃないか。


 まあいいや。明日に聞こう。


 今日はもうたくさん話を聞きすぎてお腹いっぱいだ。

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