第15話 馬車

「じゃあ、俺は宿に戻ります。審査、気をつけて行ってきて下さい」

「何を言っている?」


 昼食をとった後、店の前で俺は二人に手を上げて別れを告げると、シャルムが眉を寄せた。


「ノトも行くんだぞ?」

「へっ? 俺もですか? 何で?」

「ったり前だろ。手前ぇは依頼を受けたじゃねぇか」


 リズがあきれたように言う。


「え? 俺が受けたのはドラゴン討伐に同行する依頼ですが? それも魔法陣を確認する役ですよね」

「だから、同行・・だろう? 当然審査にも同行してもらう」

「何でそうなるんですか! 俺、仕事が――」

「男に二言はねぇよな? つべこべ行ってねぇで行くんだよ!」


 ぐいぐいとリズに腕を引っ張られる。力強いな!


「ちょ、待って下さいよ、俺、マジで仕事しないとヤバいんですって!」

「手前ぇの事情なんざ知るか」

「そんな横暴な」


 どんなに拒否しても、二人は強引に俺を連れて行こうとする。


 仕舞いにはあの人のことを持ち出してきて、俺は折れた。


 シャルムの言う同行・・をどう解釈するかはあの人のその時の気分次第で、それによっては凄惨せいさんな制裁が待っているからだ。


 かといって、魔法陣の依頼の方をおろそかにすれば、それはそれで怖い。


 俺は頭を抱えつつも、仕方なく二人について行った。




 アルトの街から洞窟どうくつまでは馬車ですぐだ。


 協会で馬車を用意してくれていた。


 高級馬車を期待したのもつかの間、普通の乗合のりあい馬車を貸し切っただけの代物しろもので、残念ながら馬車を引くのは、四本足の片羽馬ギジだった。


 こっちには特審官様がいるのだから、速度が出てや揺れの少ない六本足の象羽馬ジーグが引く馬車にしてくれればよかったのに。


 この街に来るとき程の豪奢ごうしゃな馬車を寄越せとは言わないが、可能な限り寝心地がいい馬車がよかった。寝たい。とにかく寝たい。


 とはいえ、自腹切ってもっといい馬車にランクアップするなんてことができるはずもなく、二人の後に続いてほろの後ろから乗り込んだ。


 乗合馬車と言われれば真っ先に思いつくのが、荷車の内側の左右に長椅子を置いただけの乗り物だ。座面は上に開くようになっていて、そこには積み荷を入れて一緒に運ぶ。


 幌がなかったり、椅子がふかふかだったり、引いている動物が違ったりするが、まあ、大体どこで乗っても似たようなものだ。この馬車も、ごくごく普通の作りだった。


 左の座面には山盛りの荷物がひもくくられていたので、右側に座るしかなく、俺は長椅子の端に座った。リズ、シャルム、俺の順だ。


 俺たちの準備が整ったのを見て、御者がギジを走らせ始める。


 グラッと大きく馬車が揺れた。


「おあっ」


 長椅子の両端にある肘掛けにつかまることのできる俺とリズとは違い、支えるもののないシャルムが、座面で滑って俺にぶつかってくる。


 次の揺れではリズの方へ。


 見ていられなくなって、俺はシャルムの腰に腕を回した。


「おい、なんだ。離れろ!」

「こうしてないと体当たりしてくるでしょう」

「好きでやっているわけでは……! 離れろ!」

「嫌です」


 俺は静かに寝たいんだ。


 シャルムがぐいぐいとひじで押してくるが、これは譲れない。


 俺がぐっと腕に力をこめると、突然シャルムが動きを止めた。


 ああ、ダメだ。 


 急にまぶたが重くなってきた。


 シャルムの体温がぬくくて眠気を誘う。顔に当たるさらさらの髪も冷たくて気持ちがいい。


「くっつくな! 気色悪い」


 気色悪いとは失礼な。


 でもそういえば、俺も昔、あの人にそんなことを言ってたっけ。





「ノト。おい、ノト。起きろ」


 ガチンッと火花が散った。


「って!」


 飛び起きると、目の前にはシャルムとリズの顔。


 頭が痛い。まるで強烈な拳骨をくらったような痛みだ。


「あれ、ここはどこです?」


 そこは地面の上だった。


 草が生えていて、空は青くて、両側には木が並んでいる。森の中にいるようだ。


 その辺には色々なものが散らばっていた。布だとか、木片だとか、袋のようなものだとか。


 草は焼け焦げていたり、血のような赤い液体がついていたり、まるでここで戦闘でもあったような様相だだった。


 確か馬車で洞窟どうくつに向かっていたような。

 

「馬車は?」

「あんな騒ぎの中でもぐーすかぐーすか間抜けづらで寝こけてたお前のために説明すっとだなぁ、あたしたちは突然襲撃にあった。それをあたしとシャルで返り討ちにした。御者もギジで逃げた。ありゃグルだな。で、馬車はその有様だ」


 リズがくいっとあごで示した先を見ると、破壊された馬車の残骸ざんがいがあった。車輪は外れて転がっているし、荷台は半分なかった。


 とても動かすのは無理だ。どうせ引くギジもいないけれど。


「ええっと……つまり?」

「僕たちは森の中で置き去りにされた」

「襲撃される理由に心当たりは?」


 リズが押し黙った。


 代わりに答えたのはシャルムだ。


「なくはない」

「ただの強盗だろ」


 ふん、とリズは鼻を鳴らした。


 特審官は狙われやすいのだろうか? 金は持ってそうだけど。


「幸い、方向はわかってっからな。この道を進めば洞窟に着くだろ」


 リズが背後――俺の正面を親指で差した。


「戻った方がよくないですか?」

「半分は来てっから洞窟に向かった方が早ぇよ」

「どのくらい歩くんでしょう?」

「さあな。手前ぇんちからアルトくらいじゃねぇの」


 マジか。

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