第14話 市場

 朝食のあと、昼食を一緒に取ることを約束して、二手に分かれた。


 シャルムとリズは協会へ向かい、俺は市場へと繰り出す。


 たった一晩の徹夜が何だと言うのだ。睡魔などに負けていられない。


 リンカさんの言っていた通り、臨時の市場は人でごった返していた。


 道具屋、薬屋、素材屋、食べ物屋、両替商、服屋、装飾品屋など、屋根のある屋台から地に布を敷いただけの店まで、何の規則性もなく並んでいる。ひっきりなしに客寄せの声がかかり、そこかしこで熾烈しれつな値段交渉が行われていた。


 今は街歩き用の気楽な服を着ている。背負い袋も剣も部屋に置いて来た。かなり身軽だ。


 当然貴重品は全部持っているから、スリには要注意。とはいえほとんどは指輪や首輪などの装飾品として身に着けているわけで、最悪財布を盗まれても大打撃ということにはならない。


 人混みの中をぬうように歩きながら、並べられている商品をチェックしていく。のどから手が出るほど欲しいのはアカダヨの実だが、露店で売っているわけはないから、手持ちの少ない影鳥カゲドリくちばし針烏ハリガラーの血を探す。


 情報通り、付近の森でとれるものは軒並み値が下がっていた。


 逆にそれを大量に買っている商人もいる。安価で仕入れ、運んでよその街で売る腹積もりなのだろう。


 お。


 これは斑点鷲ディーザシの爪じゃないか。


 装飾品を売っている屋台の軒先につるされているのを見つけて足を止めた。人差し指ほどの大きさのカギ爪に穴をあけて紐を通しただけの単純な作りで、現金の代わりに持ち歩くようなものではなく、お守りやアクセサリーとして使用するものだ。


 つまりは俺には全く縁のない種類の商品なわけだけど、素材として見れば話は別だ。加工されている分値段は高いが、ここらじゃ手に入りにくい。


「お姉さん、これちょうだい」


 三人は子どもを産んでいそうな、恰幅かっぷくのいいおばちゃんに声をかける。


「あらやだお姉さんだなんて。彼女へのプレゼントかい?」

「まあ、そんなとこ」

「じゃあ、これオマケしちゃう」


 袋を閉じておくのに使う、小さなディーザシの爪の紐止めをくれた。おそろいで身につけろという気遣いなのだろうけど、砕いてすり潰してインクの材料になる運命だ。ごめんよおばちゃん。


 おばちゃんに礼を言って人波に戻ろうとしたとき、向かいにある店に目が行った。


 あれはもしや……? 


 地面に敷かれた茶色の布の上にいくつものカゴが並んでいて、黄緑色の果実が盛ってある。果実の表面には、筆で縦に線を描いたような赤い模様がぐるりと一周。


 なんだ。勘違いか。


 いや、待てよ。あっちのは……。


 よくよく見ようと目をらしながら近づく。

 

 やっぱりそうだ。


 安い。気がついていないんだ。


 このまま黙って買えばぼろ儲け。


 バレっこないし、俺ならちゃんと処理もできる。


 でも、万が一バレたら……。


 ――よりにもよって審査官の目の前で。


 ――素材屋みたいに捕まっちゃうわよぉ。


 ――何かやましいことでも?


 シャルムの顔が浮かんだ。


 見つけただけで奇跡か。


 正攻法で行こう。


「なあ、ちょっと」

「なんだい、兄ちゃん」


 声をかけると、人のよさそうなおじさんが愛想よく答えた。


「これ、朱花果ハナダヨの実じゃないよ」

「おいおい、うちの品にケチつけようってのかい? いちゃもんつけても値引きはしないよ」

「いや、そうじゃなくて……」


 俺はぐっと声を落とした。


「これと、あれと、それ、ハナダヨじゃなくて、朱花果アカダヨの実だよ」

「あか……っ!?」


 おじさんは思わず叫んでしまった自分の口を両手で押さえた。


「ほら、縦の模様。よく見ると上が二股になってる。ハナダヨはこんな風に分かれたりしない」


 おじさんの顔がみるみる青くなっていった。


「ちがっ、知らなかった。違う……違うんだ……」

「大丈夫。わかってる。俺それ買うからさ、一緒に協会に行ってくれない?」




「いやあ、兄ちゃんのお蔭で命拾いした」


 俺は協会のロビーで右手をおじさんの両手に包まれていた。


 命とは大げさな。


「こっちも探し物が手に入ってよかったよ」


 軽く掲げた袋には、協会で果肉を処理してもらい、大きな種だけになったアカダヨの実が三つ入っている。


 果肉付きのアカダヨの実の売買は免許制だ。その強い中毒性ゆえに違反者への罰は厳しい。さすがに死刑とまではいかないが、普通の人生が送れなくなるほどには厳しい。


 ただ、まれにハナダヨの木になることもあるため、自ら協会に持っていけば罰せられることはなく、無料で処理してもらえる。


「しかも正規の値で買ってくれるなんて、本当にいいのか? 昼飯でもおごろうか?」

「いや、昼は約束があるから。気にしないでいいよ」

「そうか、なんか悪いなあ」


 おじさんはぺこぺこと何度も頭を下げて去って行った。


 俺がはめていた指輪は一つ、おじさんの物になった。


 引き換えに一番の心配事が片づいた。他の素材はなんとかなるだろう。


 さて。そろそろ昼だし、シャルムたちの話し合いが終わるまで、その辺ぶらぶらするか。


 外の方へと足を向けたとき、ちょうど二人が階段から降りてくるのが見えた。


「話し合い、終わったんですか」

「ああ」

「んなの話し合いなんかじゃねぇよ。好き勝手決めやがって」


 リズが苦い顔で吐き捨てた。


 なんか色々大変そうだな。

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