第13話 花びら

「おいノト、メシ行くぞ。いつまでも寝てんじゃねぇよ。早く起きろ」


 がんがんがんがん扉が叩かれている。


 壊れそうな勢いだ。


「はーい、起きてますよー」

「なんだ、その顔。眠れなかったのか? あれか、枕が変わると寝れねぇ軟弱野郎か」

「いやぁ、夜通し仕事してまして」


 入り口の縁に腕を引っ掛けて体重を預けているリズ。その胸に自然と目が行ってしまう。背後にいるシャルムがしきりに目をこすっているのも意味深に見えてくる。


 めくるめく妄想が止まらなくて眠れなかったなんて言えない。


 諦めて仕事をしていた。


「仕事って魔法陣のか?」

「はい。見ますか?」


 二人を部屋に招き入れ、小さな丸テーブルに描き上げたばかりの魔法陣を置く。テーブルからはみ出しかけている大きさで、三重の円と二重の正方形が組み合わさった陣だ。


「起動お願いします」


 シャルムがこっくりこっくりと舟をいでいるので、リズに頼んだ。


「ん」


 リズはためらいもなく、とん、と指先を陣の中心に突き立てた。


 すると魔法陣にしゅっと光が走り、続いてぶわっと風が吹き上がる。


「わっ」

「なんだ!?」


 リズは顔を両腕でかばった。シャルムも驚いて同じ動作をしている。


 しかしすぐに風はおさまり、頭上から、ひらりひらりと数枚の大きな桃色の花びらが落ちてきた。


「良かった。うまくいきましたね。これならなんとかなりそうです」


 ふわりと花びらが一枚、リズの手のひらに舞い降る。と同時に、空中に溶けるようにして消えた。


「消えちまった」

「光の粒を集めて花びらの形に見せてるんです。どっかの金持ちが結婚式の演出に使いたいそうで」

「魔法陣を、結婚式で使うだと!?」


 ぎょっとした顔でシャルムが身を乗り出してきた。完全に目が覚めたようだ。


「そうなんです。花びらの召喚をしようと思ったら、何人かで唱和しないといけませんよね。今みたいに光で表現するにしても大変です」

「そうだな。最低三人は要る」

「魔法陣は、理論的には何でもできるんです」

「魔法陣なら、前もって準備しておけば、あとは起動するだけ。専門の魔術師も要りませんし、失敗の心配もない。お手軽で確実ですよ。今や魔法陣は物々しい儀式にだけ使うものではないんです」


 なんだか胡散臭うさんくさい商人みたいになった。


 材料と手間賃を合わせると、目玉が飛び出るほど高いのが玉にきず


 それを言わない所が尚更|胡散《うさん》臭い。


「魔法陣はこんなこともできんだな」

「理論的には何でもできます」

「いくらなんでも死人をよみがえらせることはできねぇだろ」

「できますよ」


 リズとシャルムはぎょっとした。


「ただし、描き方がわかれば――の話です。死者の蘇生はまだどう描けばいいか分かっていません。遺跡に残っている魔法陣を解析したりして、研究が進められてはいますが、実現は難しいでしょうね」

「だから、理論的・・・に、なのか」

「はい」


 二人は釈然としない顔をしていたが、そういう物だと飲み込んでもらうしかない。


「これ、まだ使えるのか?」


 シャルムが消えずに残った魔法陣をじっと見つめている。


「あと二回くらいならいけますが、それ以上は寿命が尽きて消えると思います。あ、でも――」


 シャルムが魔法陣をつついた。


 途端、ものすごい暴風と大量の花びらが吹き出した。


「ちょ、シャル、何やったんだよ!」

「な、何もしてない!」


 嵐はすぐにおさまったが、俺たちの髪はぐちゃぐちゃで、ベッドのシーツは半分めくれあがり、部屋中が花びらだらけになり――そして消えた。


 魔法陣もテーブルの上から綺麗に消えていた。


 まだ機構を描き写してはいなかったが、頭には入っている。


「シャルムの魔力だと多すぎるかもって言おうとしたんですが」

「僕はそんなにそそいでない」

「そこは確認用ということで、回収と再利用の機構が組み込んであって……えー、つまりは、少ない魔力でも足りるようにしてあるんです」

「少ない魔力で……?」

「要はシャルはすげぇってことだろ? 終わったんなら早く飯食いに行こうぜ。腹減った」


 髪を整えたリズが、これ以上は興味ないとばかりに部屋を出て行った。


 シャルムはリズの後に続こうとはせずに、俺の顔をじっと見つめた。


 魔法陣を前にした魔術師の反応は大きく二つに分かれる。役に立たないと馬鹿にするか、有効性に気づいて危険視するか。


 シャルムは間違いなく後者だろう。


 徹夜のハイテンションのまま見せてしまったが、失敗だったかもしれない。

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