第16話 森

 女王陛下のご加護のある街の中やそれを結ぶ街道と違って、森の中には当たり前だが獣がいる。


 獣よけの植物が下げていたギジは、御者と共にいなくなってしまった。


 街から離れた森での討伐依頼なんて滅多に出ないし、獣よけも持たずに入るとしたら、よっぽどレアな素材を欲しがる奴だけだ。


「思ったより落ち着いてんな」

「女王陛下のご加護がなくても、特別審査官様と特級剣士様がいますからね。不安はありません」

「女王陛下のご加護がなくても……ねぇ。そうまで言われちゃやるしかねぇな。あたしたちが守ってやんよ」


 リズが剣をするりと抜き、さやを捨てた。刀身には血を拭き取ったあとが見てとれて、生々しい。


「リズ、来たぞ」

「わぁってるって」


 リズはヒップバッグを、シャルムは肩掛け鞄をどさりと落とす。


 視線の先では、草色の保護色をまとった狼、緑毛狼スラグの群れが森から道へと出てきたところだった。


 呪文を唱えていたシャルムが突然何の合図もなく炎球をぶっ放して、群れを蹴散らした。近づいてきたスラグを雷のムチでしびれさせ、それにリズがトドメを刺す。


 かと思えば、シャルムは接近したスラグの顔面に超近距離で炎槍えんそうをぶつけ、燃えながら倒れたところに下から土槍どそうを刺して追い打ち。


 リズは複数のスラグに囲まれても難なく剣を振り回し、牙や爪の攻撃をかわしながら次々にほふっていく。顔には笑みさえ浮かぶほどの余裕っぷりだ。


 複数のスラグがシャルムに一斉に飛びかかるも、シャルムの目の前で見えない壁にぶつかって防がれる。その直後には土槍がスラグを襲い、全身を貫いた。


 リズは護衛役であるし、一度手合わせのようなものをしているから、なんとなく実力はわかる。


 それよりシャルムだ。


 詠唱の速さがすさまじい。本当に唱えているのか疑わしいほど次々に魔術を繰り出しているが、口元が動いているので早口なだけだろう。


 審査官はその仕事柄、防御や隠密など、支援系の魔術に秀でている者が多い。


 が、やはり特別審査官ともなると、攻撃系の威力も馬鹿にならない。あのくらいの術なら小声でもいいというのは、さすが銀髪。


 うちに来た時も無駄にでっかいの唱えてたしな。


 二人ともとんでもなく強い。なるほど二人きりで審査に行けるわけだ。


 だが――。


 そんなことをしたら毛皮がボロボロに……! せめて水で……!


 爪を剣で受けるとか! 欠けちゃう!


 心臓にぶっ刺すのはやめてくれ!


 二人の戦い方は酷かった。


「あ、悪ぃ、そっち行ったわ」


 欠片も悪いと思っていないだろう声で、リズが言った。


 俺の横からスラグが飛び出してくる。


 余裕をもってサイドステップでかわし、こちらに向き直ろうとしたスラグの右目に、腰のナイフを投げた。


 キャンッと一声鳴いて反動で後ろに倒れたスラグに素早く駆け寄り、口を掴んで腹を向こう側に向け、別のナイフで首をかき切った。


 リズが口笛を鳴らした。


「やるじゃねぇか」


 よそ見しながら三体のスラグを相手取っているリズに言われたくない。


 あーあ。血でべたべただよ。


 濡れた手をスラグの毛で丁寧にぬぐった。ナイフも抜いて同様にふき取る。


「ノト、また行った!」

「ワザとやってますよね!?」

「バレたか」


 前方に回転しながら跳躍して、下を通り過ぎたスラグのすぐ背後に降り立った。


 スラグは前脚で急ブレーキをかけるが、勢いで後ろ脚が持ち上がりかけているので、尻尾を掴んで前転させる。


 顔を背中側から膝で地面に押し付けて向こうを向かせ、先程と同様に首に刃を入れた。


 たくさん傷をつけると商品価値が下がるのがわかっているため、俺の戦い方は基本的に一撃必殺だ。


 木を盾にし、飛び上がって枝をつかんで避け、足技を使って打撃を与える。傷をつけるときはできるだけ顔を狙う。致命傷はできればのどに。


 ただし、この戦い方は一対多には向かない。


 リズもシャルムもそれを見抜いたのか、俺の力量を計り損ねているのか、単に俺をさぼらせたくないだけなのか、上手い具合に一頭ずつ寄越してくれた。


 おおかみいのしし、六本足のうさぎ。どれも緑色か茶色の保護色をまとっている。この森の特徴なのか、動きが素早い。


「ノト、腰にぶら下げてる自慢のブツは使わねぇのか?」

「リズ!」


 ニヤニヤ笑いながらリズが叫べば、シャルムの叱責しっせきが飛んだ。


 言い方が下品すぎる。


「森の中じゃ、剣よりもリーチの短いナイフの方が使いやすいんです! 素早い相手にも! 両手が使えますしね!」


 と、そんな悠長なことを言っていられるのも、相手が弱いからこそ。


「でも、長耳熊グドゥ相手には通用しませんね」


 木の陰から、二本足で立ちあがる耳の長い巨大なクマが出てきた。大人の背でも肩まで届かないほどでかい。毛は不自然に赤く、この森で隠れる必要がない地位に君臨していることがうかがえる。


 いつもは馬車の道からは離れて暮らしているだろうに、騒ぎを聞きつけてやってきたのだろうか。


 周りの動物たちはみなあっと言う間に逃げていった。

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