第17話 入り口

 シャルムがおもむろに水球をぶつけた。しかしグドゥは平気そうな顔をしている。


「無駄です。あいつの毛皮は分厚くて、魔術での攻撃は無力化します」

「ありゃ、こっちからも来やがった」


 リズの方にもう一頭グドゥがのっそりと現れた。


 つがいだとしたら厄介だ。


 俺はナイフをしまって剣を抜き、さやを捨てた。


 シャルムが物理障壁をかけてくれるが、そんなもの不要だ。攻撃は避ければいいのだから。


 後ろ脚で立ったまま、グドゥがぶんと風切り音をさせて右前脚を横なぎに振ってくる。その一撃を沈んで避け、立ち上がる勢いで腕の外側を斬りつける。


 グドゥはなんでもないような顔で今度は左前脚を振ってきた。


 それをバックステップでかわし、即座に踏み込んでまた外側を斬った。そのまま横に回り込んでわき腹を刺す。


 怒りの声を上げるグドゥ。


 前脚をついて四つんばいになった。


 よし。これなら頭に届く。


 今度は牙で攻撃しようとしてくる。噛まれたら骨ごと持っていかれるほど強力なあごだが、そんなヘマはしない。


 顔を斜めに傾けて前のめりに噛みつこうとしてきたので、低く飛び上がって水平方向に半回転し、首元の長い毛をつかんでグドゥの背中にしがみついた。


 痛てて。腹打った。


 グドゥは振り落そうと必死にもがくが、俺は両脚で体を締め付けて馬乗りになり、脳天に力いっぱい剣を突き刺した。さほど抵抗を感じることなく、ずぶりとあごまで貫通した。


 ググゥッと最期の声を上げて、グドゥはぐらりと倒れ――。


「うわっ」


 ――俺は背から転げ落ちた。


「怪我は?」

「大丈夫です」

「リズも終わったようだ」


 見れば、リズは立ち上がったままのグドゥの心臓を一突きし、剣を引き抜いている所だった。


「いい剣じゃねぇか。グドゥの骨を貫くとは」

「その辺で売ってる普通の剣ですよ。シャルムが補助をかけてくれたんです」


 背にしがみついたとき、刀身が淡く光ったのが見えたのだ。


 グドゥが他の動物を蹴散らしてくれたお蔭で、一息つく余裕ができた。


 今のうちに投げたナイフを拾ったり、その辺に放っぽったさやを取ってくる。


 グドゥの心臓も手に入れた。いいインクの材料になる。


 息も整ったところで、シャルムが口を開いた。


「ノト、僕をぶえ」


 赤い顔をそらして両腕を俺に差し出してくる。


「どうしてですか?」

「もう足が動かない」


 よく見ればシャルムの両ひざがぷるぷると震えていた。


 体力なさそうだもんな。


「魔力の方は?」

「問題ない」

「そんなんで、審査できるんですか?」

「そのための体力を温存する」

「俺が動けないと、襲撃に対処できないですけど」

「グドゥのお陰でしばらく獣はこないだろう」


 なるほど。


 俺はシャルムを負ぶった。


 ほんと軽いなこの人。





 シャルムが予想した通り、それからは獣に遭遇そうぐうすることなく、俺たちは洞窟にたどり着いた。


 シャルムの補助魔術があったことで、ただ歩いてくるよりもずっと速かった。


 俺としてはもっと死体から素材を回収したかったのに、森を出るのが優先だったため、ほとんどを身を切る思いで捨て置いてきた。ああもったいない。


 洞窟の入り口の前には協会直営の店があり、洞窟に入る前の最後の準備と出た後の回復や戦利品の売却が――ぼったくり価格で――できるようになっているのだが、出入り制限がある今は閉店していた。


 審査は、行って、観察して、帰ってくるだけだ。


 協会から討伐とうばつの依頼を出すために、獣のランクを審査するのが審査官の仕事だ。


 シャルムが、入り口を見張っている協会職員に、審査のために入りたいむねを告げた。


「念のため、特級魔術師のあかしを見せて頂けますか」


 どうやら、特審官が来ることは伝わっていないらしい。


 言われてシャルムは首にかけたチェーンを手繰たぐり寄せ、赤い魔石を取り出す。


 ちょうど親指と人差し指で作った輪くらいの大きさをしていて、平べったい。周囲を金属が取り巻き、チェーンを通す金具に繋がっていた。


 内部には、デフォルメされた女性の横顔と、その上にかかる三本のアーチが埋め込まれている。


 王家の紋章と、協会の印を内包する赤い魔石は、魔術師の証だ。アーチ一本が初級、二本が中級、三本が特級。これが青い魔石だと剣士を示す。


 シャルムは魔石に魔力を込めて光らせた。


 登録した人間の魔力にしか反応しないから、持ち主が確かにシャルムだということを示している。


「他の方々は?」

「あたしも特級だ」


 リズはポケットから魔石を出した。


 全員の視線が俺に集まった。


 俺は無印の魔術師だ。初級ですらない。魔力がないから魔石の登録ができないのだ。一応協会には魔術師として登録されているが、魔術師の証は持っていない。


「特級が二人もいるんですから、俺の等級なんて関係なくないですか?」

「特級が一人でもいれば許可できますが、全員を確認して記録する決まりになっていますので」


 この言葉に従う義務はない。


 出入り制限などというものは、協会が勝手にやっていることなのだから。別に国が立ち入りを制限しているわけではないのだ。


 等級だって協会が認めているというだけで、それに縛られない人もたくさんいる。協会を通さない依頼はたくさんあるし、戦利品を協会ではなく、直接店で売ることもできる。


 依頼のランク付けも所詮目安でしかなく、自分の等級以上の依頼に挑戦しようが勝手で、全て自己責任だ。討伐の場合は、その証明さえできれば、登録者であろうとなかろうと報酬は支払われる。


 シャルムには悪いが、そもそも審査によって付けられたランクが間違っていることだってある。初心者の前に突然伝説級の敵が出てきたって文句は言えないのだから、従う理由もない。


 協会へ登録すれば協会のサービスを受けることができる。その代わり、協会は登録者の動向を把握できる。それだけの関係だ。外部のサービスで事足りているのであれば、登録する必要はないし、一応登録だけしてあるという人も多い。


 我ら国民が真に従うべきは、我らが敬愛する女王陛下のみ、ってね。

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