第18話 洞窟
しかし、面倒ごとは避けたかったので、俺は首のチェーンを引っ張った。
「これでいいですか」
見せたのは、三本のアーチを持つ青い魔石。特級剣士の証だ。
無論、光らせることはできない。
だが、わざわざ魔力を込めろとは言われなかった。
「手前ぇは剣士じゃねぇだろ」
こそっとリズが聞いてくる。
俺は
魔術師と剣士はどちらかしか選べない。たとえ両方できたとしても、登録の際は一方を選択する。
剣士は剣を扱う者に限らない。弓でも鈍器でも
一方、魔術師の方はそうはいかなかった。魔術の厳格な審査がある。そしてそれ
これは協会の成り立ちからくるもので、今でこそ剣士も束ねているとはいえ、魔術師協会なのだから当然とも言えた。
俺はあくまでも魔術師として登録されているから、剣士の証を持つことはできない。
これは偽造だ。特級の証は何かと役に立つ。
光らせろと言われない限り、偽造とは絶対に気づかれない。
何せ、この魔石の内部に紋章を刻み込む魔法陣は、俺が描いているのだから。ある意味本物なのだ。
そして、今まで一度も光らせろと言われたことはない。
これが赤い魔石――特級魔術師の証なら、本人証明をしろと絶対に言われるだろう。黒髪が特級魔術師だなんて名乗ったら、怪しいどころか、正気を疑われる。
俺が剣士として登録しようとすれば、いいセンまではいくだろう。少なくとも中級にはなれる。
だが、本職が魔法陣師の剣士なんてマヌケじゃないか。
そんな内情を知ってか知らずか、リズは元より、
「誰か中にいるか?」
「いません」
だろうな。
依頼がなければ報酬は支払われない。ならば審査を待って、依頼が出てから入った方がいい。
武勇を立てたいという目的でもなければ、審査官よりも先に洞窟に入る意味はなかった。
入る許可が下りたところで、シャルムが補助の魔術を唱えた。
三人に防御や筋力上昇などをいくつも重ね、最後には
魔術の補助なんて久しぶりだ。
リズ、シャルム、俺の順で洞窟に足を踏み入れる。
暗視の術がかかっているから、
リズの的確な指示に従って、うようよいる獣を
隠れ、
タタナドンが目撃された地点の近くまで来たところで、シャルムが小声で隠密の術をかけ直した。
そこには何頭かのタタナドンがいた。
短い脚でのそのそと動いている。ぴたりと閉じた口からは、ちろちろと二又の舌が出入りしていた。
人より一回り大きいサイズに育ってしまってはいるものの、覚醒直後の興奮は収まっており、それほど強敵とは思えなかった。
一方、ヒカリアオゴケは予想以上に食い荒らされている。これから収穫だってのに。アルトの経済は打撃を受けるだろうな。
これなら洞窟への出入り制限を解除してもよさそうだと思い始めた頃、最深部の手前の大きな空間で、異常に大きな個体に遭遇した。
そこはヒカリアオゴケの被害もことさら大きく、互いの顔がほとんど見えないほど暗かった。
といっても、隠密の術があるのだから、近づきすぎたり、呪文を唱えたり、殺気をぶつけたりしなければ問題ない。
暗くて観察には時間が必要だったけれども、その大きなタタナドンには、角が長すぎるだとか、多いだとか、尻尾が二本あるだとか、そういう身体的特徴の異常は一切なかった。
他のタタナドンと同一種だ。さらに三倍大きいだけで。
同じ種とはいえ、これだけサイズが違えば手こずる。だからこの個体だけ選抜者で討伐し、あとは討伐依頼を出すのだろうなと思った。
異常個体であれば、下手をすれば国が動くことになるが、これくらいならこの街だけで対処できる。ちょうど今は流れ者も多くやって来ている。
このメンバーで今ここで倒してしまえばいいのでは、と思わなくもない。特級がこれだけいるんだから、別に依頼を出すまでもないんじゃないだろうか。
そんな身も蓋もないことを考えていると、岩の陰に隠れて様子を
「行くぞ」
行くってどこへ? 戻るんじゃなくて?
首を
「討伐に決まってんだろ。ここであたしたちが倒した方が早ぇじゃねぇか」
いや、それはそうなんだけど。俺も思ったけど。
でも審査官の仕事は審査であって討伐ではないわけで。
しかし当のシャルムが当然だという顔をしていた。
「勝てるんですか?」
「
まあ、そうだよな。この二人なら余裕だろう。シャルムはここまでの道のりで
奥に行く、とリズから合図があり、俺たちは静かに巨大なタタナドンに近づいていった。
その時――。
突然、タタナドンの下に淡い光が生まれた。
同時にパチンと何かが弾けるような音がした。
その瞬間、視界が漆黒に塗りつぶされた。
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