第19話 戦闘開始

 暗視が解けた、と理解した時には、すでにシャルムが 明かりの魔術を唱えていた。


 相変わらず速い。


「――」


 小声でシャルムが発動のトリガーであることわりの言葉を発する。


 だが、明かりが打ち上がることはなかった。


 不発!?


 そんなことある? 特級魔術師だぞ? ミスるなんてそんな。


 それもこんな単純な魔術で。


 驚く俺の横で、焦ったような口調でシャルムが再び呪文を唱える。


 しかしそれも不発に終わる。


 まさか――。


 すぐに理由に思い当たる。


 不発に終わった二回。両方ともタタナドンの下の床が光った。


 十中八九、魔法陣だ。


 暗闇に慣れてきた目には、驚愕きょうがくしているシャルムがはっきりと見えた。自分の両手を見ながら茫然ぼうぜんとしている。

 

「な……んで、魔術が……」

「シャルムのせいじゃないですよ。ここでは魔術は使えないと思って下さい。ていうかもう使わないで下さい」

「そんな、バカなこと……」

「俺の家にあったのと同じようなものです」

「あ……ああ、そうか。王宮にもある……」

「そうそう、それです」


 王宮の謁見えっけんなどは、万が一にも女王陛下の御身おんみが害されないよう、魔術が使えないようになっている。


 まあ、それをいたのは俺なわけだけど。


「こりゃ一度撤退すんのが良さそうだな」

「いえ、このまま行きます」

「シャルの魔術が使えねぇんだぞ」

「魔法陣を確認したいです。消える前に」


 あの魔法陣は俺のオリジナルだ。インクの調合レシピは公開していない。魔法陣は見た目だけ真似して発動するようなものじゃない。


 誰がどうやって描いたのか。


 どんな魔法陣を描いたのか。


 魔法陣師として、確かめないわけにはいかない。


 俺はぺろっと唇をなめて、剣を抜いた。


「行きます」

「ちょ、待て――って、おい!」


 リズの制止の声を無視して、俺はタタナドンへと走った。

 

 タタナドンが向かってくる俺を知覚する。


 そして素早く後ろを向いた。


 うおっとぉ!


 考えるよりも早く、俺は後ろに飛んだ。


 その目の前を、ぶぅん、と風切り音を鳴らして何かが通り過ぎる。そして横の壁に激しく衝突した。ピシッと壁にヒビが入った。


 地面がわずかに揺れ、ぱらぱらと岩の欠片かけらが落ちてくる。


 それは、タタナドンの尾だった。


 これはまた……。


 大きさが規格外とは言えども、タタナドンごときが出せるとは思えない怪力だった。


 そもそもタタナドンの尻尾は、振り回すよりも巻き付く方が得意だ。


 予想以上だな。


 俺は、尻尾を振り抜いて後ろを向いたままのタタナドンへと向かう。


 後ろ脚へと斬りつけた剣は、しかしガギャッと嫌な音を立ててうろこに弾かれた。


 硬っ!


 隣で別の足をリズが攻撃していた。


 だが、それも弾かれる。


 バックステップで下がった。


「割と本気で振ったつもりなんですけど」

「タタナドンとは思えねぇ硬さだな。やっぱ異常個体だったのか?」


 俺に並んだリズがつぶくように言う。


「いえ、違います。あの魔法陣で強化されてるんでしょう。たぶん元は普通の大きさのタタナドンだったと思いますよ。ヒカリアオゴケを食べたから大きくなったんじゃなくて、大きくなったから食べ尽くしてしまった、というのが真実のようです」

「強化?」

「そうです。補助魔術と一緒です」

「なら、なおさら戻った方がよくねぇか」


 俺は意識をタタナドンに向けながら、リズをまじまじと見た。


「んだよ」

「意外です。リズはもっとガンガンいくタイプなのかと」

「シャルを危ない目にわせたくねぇんだよ」


 それもそうか。護衛だもんな。

 

「なら、シャルムの所にいていいですよ。俺だけでやるんで」

「急いでんだろ」

「まあ、そうですね」

「手伝ってやるよ。他の個体は寄りつかねぇみてぇだし」


 ちらっとこの空間の入り口を見る。


「助かります」


 くるり、とリズが剣を回した。


 そして、タッと駆け出した。それを追って、俺も向かう。


 走り抜けざまに繰り出したリズの二撃目は見事タタナドンの肉に達したが、俺の刃はまた弾かれた。


 マジで硬いな。


 続けてリズが何度も脚を攻撃する。足を折らないと、筋力強化の補助魔法なしではこの巨大なタタナドンの本体に届かない。


 俺も負けじと攻撃する。


 が、やはり鱗にはばまれる。


 実力の差か、剣の材質の差か。


 両方だろうな。


 どうしようか、と考えていると、タタナドンの反撃がきた。


 頭のつのをこちらに向け、巨体に似合わぬ素早さで突進してくる。


 俺はひらりとかわした。


 が、直後に尻尾の追撃がくる。


 咄嗟とっさにそれを剣で受け止める。


 重い――。


 岩壁を容易に破壊するだけの威力いりょくだ。当然踏ん張りなどくはずもなく、俺は吹っ飛んだ。


「ノトっ!」

「――!」


 リズが俺の名前を呼ぶ声と、シャルムの身体強化魔術の理の言葉が聞こえてきた。


 魔術は使うなって言ったのに――。


 俺の体が壁面に激突し、衝撃で岩の欠片が舞った。

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