第20話 起動

「ててて……」


 粉塵ふんじんの中、俺は冷たい床に座り込んでいた。強打した後頭部に手を当てる。


「なっ……!」


 シャルムが驚愕きょうがくの声を上げる。自分の魔術が不発に終わったことは理解しているようだ。


 まあ、そうなるよな。


 普通は補助魔術なしにあの勢いで岩壁に激突すれば、怪我どころでは済まない。


 なのに俺は頭がぐらぐらしているものの、こうして無事でいる。


「魔法陣か」


 タタナドンを相手どっているリズが低い声で言った。


「あー、バレちゃいましたね。まあ、どのみちコイツを倒すには使わないといけないかなって思ってましたけど」


 俺は壁に衝突する前に自分に『身体強化』をかけていた。


 本当は風で速度の緩和もしたかったが、そこまでは間に合わなかった。


 おかげで全身が打ち身状態だ。これが終わったらシャルムに回復してもらおう。


「だ、だが、ノトは魔力が……」

「ないですよ。欠片もね」


 わずかでもあってくれたなら、俺は今頃騎士をやっているはずで、魔法陣師になることはなかった。


「でも、魔法陣の起動はできるんです」


 肩をすくめてみせる。


 シャルムがぱくぱくと口を開け閉めしている一方、リズは合点がいったという顔をしていた。


 もうバレたのならこれ以上隠しておく意味はない。


「じゃ、ここからは本気で」


 そう言って、俺は左手に持つ円筒状の金属――起動装置のトリガーに親指をかけた。


 そして、それを弾く。


 キンッ。


 撃鉄によって中の魔石が割れ、細かい粒子と共に、封じ込められていた魔力がふわりと広がった。


 その魔力を胸ポケットに入れてある『跳躍』の魔法陣へと誘導する。


「よっ」


 軽い掛け声と共にタンッと地を蹴り、タタナドンの上方へと高く跳ぶ。


 さらに立て続けにトリガーを弾く。


 キンキンキンキンキンッ。


 俺の戦闘時の標準装備――複合魔法陣が起動する。


 体を淡い青色の光が覆い、『身体強化』『防御強化』『攻撃強化』『知覚強化』『広域障壁』『狭域障壁』など、各種補助魔法がかかっていく。


 最後にしゅるりと光が腕に巻き付いて、三本の腕輪を作った。


「せいっ」


 落下の勢いも乗せて、両手で握った剣を尻尾の付け根へと振り下ろした。


 ビキッと音がして鱗が割れ、刃が肉に食い込んだ。


 剣を握った手を支点に前転をするように体を振って肉を斬り裂く。尾が千切れかかった。


 一拍遅れてブシュッと噴き出した血を被らないよう、跳んで避ける。


 地に降り立ったところに、振り向いたタタナドンの噛みつき攻撃が襲う。俺はそれを『推進』でかわし、後ろ脚に斬りかかった。


 だが横ぎの一撃は鱗に弾かれてしまう。


 マジで硬いな。強化しても筋力だけじゃ足りないか。


 突き刺すしかない。


 ぶうん、と尾が大きく振られる。ビキビキと傷が深まるのは構わないようだった。


 それを跳んで避け、走り寄ってまだ繋がっていた肉の部分を斬り裂く。尻尾は完全に切断された。


 本体から離れて暴れ回った尾が偶然にも俺に向かって来た。トリガーを弾いてそれを『障壁』で防ぐ。


 続けて起動した『推進』の勢いで後ろ脚の踵かかとを狙う。脚を斬り飛ばさなくとも、 けんを切ってしまえば動けなくなる。


「おりゃあっ」


 突き刺した剣を横に払うと、タタナドンの体が横にかしいだ。だが、残り三本の脚でぐっとこらえられてしまう。


 しかしその隙は逃さない。俺が残ったもう一方の後ろ脚にも攻撃を加えると、タタナドンは地に伏した。


 俺の手首に巻き付いていた光の輪がしゅるりと一本消えて、残り二本になった。


 動けなくなったタタナドンの真上に跳び上がる。


 逆手さかてに持った剣を背中に突き刺す。剣先はずぶりと簡単に沈んだ。


 だがこれだけでは弱い。


 タタナドンの背を足場に、再び、さっきよりも更に高く跳ぶ。


 キンッ。


 舞う魔石の欠片とあふれる魔力。ポケットの魔法陣が起動するのを感じる。


 目の前に、こぶし大の風球が現れた。目で見てもわかる程ぎゅるぎゅると渦を巻いているそれは、しかし周囲の空気を巻き込むことはなく、そよ風ほどの風圧も感じていない。


「いっけぇっっ!」


 両手で握った剣を振りかぶり、ぱこぉん、と音が出そうなほど勢いよくタタナドンに向かって風球を打った。


 風球はさっき作ったタタナドンの背中の刺し傷にぶつかると、その傷をありの一穴として、ドリルのように背中を削り、肉をえぐった。


 そして魔法陣に記述された通りに弾け――背中に大穴を開けた。


「お、ちゃんと成功したな」


 タタナドンの背中の上にすたっと着地して傷口を確認した俺は、自分の描いた魔法陣の効果に満足した。


 当然、体の内部をミンチにされたタタナドンは絶命している。


 バチバチバチバチバチ……。


 気の抜けたような拍手が聞こえてきた。


 見ればリズがあきれたような顔で手を打ち鳴らしている。


「やるじゃねぇか」

「リズだって、魔術の補助なしで傷を負わせてたじゃないですか。シャルムの魔術が使えていたら、このくらいできたでしょう」


 シャルムが俺を指差しながら詰め寄ってきた。


「な、なんだ、今のは! 魔術を剣で打ち込むなど……!」

「魔術じゃなくて、魔法陣です」

「同じような物だろう!」


 全然違うんだけどな。まあいいか。


「というか、貴様、魔法陣は起動できないんじゃなかったのか!?」

「説明は後で。魔法陣確認しないといけないんで」


 俺はタタナドンの上から飛び降りて、淡く光っている床の部分へと走った。

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