第21話 四角
タタナドンが移動してくれていたお陰で、でかい
まだほんのりと光を放つ魔法陣を見下ろす。運良くまだ消えていなかった。
へえ。こうきたか。
それは俺のオリジナルとは全く違う形をしていた。
「四角い……」
俺を追ってきたシャルムが、ぽつりと
そう、シャルムの言葉通り、その魔法陣は正方形でできていた。
通常、魔法陣は円形をしている。
なぜなら、その円周で魔力を何度も回して再利用するから。
俺はそこにさらに魔力増幅の機構を入れて、魔石の少量の魔力でも起動できるようにしてある。
だが、正方形では魔力の節約ができない。
しかし、膨大な魔力の供給があれば、節約する必要はない。
例えば――
「これは本当に魔法陣なのか? 四角い魔法陣など、聞いたこともない」
「ある」
重々しく答えたのは、俺ではなく、リズだった。
驚いてリズを見る。
「だよな?」
「はい。四角い魔法陣もあります。三角や長方形も。主流ではないというだけで、遺跡でも見つかっています。円にはない利点もあって――」
「講義はいい。こいつから何が分かんだ?」
「読解は専門じゃないので読み取れないところはありますが、概ね予想通りです。周囲の魔力を吸って、それを元にタタナドンを強化していました」
「けど、魔法陣はその上で魔力を使って起動するもんだし、対象も上にあるもんに限るだろ」
「僕は魔法陣の上には乗っていない」
シャルムは魔法陣から離れていたし、タタナドンもたまたま陣の上にいただけだ。移動してしまえば失敗に終わるような魔法陣を描く意味はない。
「起動はそうなんですが、起動してしまえば、効力の範囲を広げることはできますよ。あらかじめ起動しておいて、魔力が供給されるたびに強化を重ねがけするようになっています。この魔法陣はその範囲を広げるのに記述のほとんどを費やしていて、強化よりも優先していますね。この大きさで描くにはそうするしかなかったんでしょう」
魔法陣の効果は、その大きさも関係してくる。
大きい方がより多くの魔力を吸収でき、インクをたくさん使えば効果を高めることもできるし、単純に描き込み量を増やせる。
「対象は――」
これは言っていいのだろうか、と一瞬
だが、
「――マーカーがついているんだと思います」
「マーカー?」
「対象を指定するような
「魔法陣にはそういう物もあるのか」
シャルムが感心したように言った。その横でリズは腕を組んで難しい顔をしている。
リズがマイナーな魔法陣のことを知っているのは意外だったが、マーカーの存在までは知らなかったようだ。
「で、犯人の目星はあんのか。魔法陣があんだから、人為的なもんだろう」
「わかりません」
「珍しい形なのにか? 魔法陣師自体が少ねぇんだ。見当くらいつくんじゃねぇの」
探るような視線が向けられる。
「唯一思い浮かぶのは、協会の魔法陣の研究チームです。あいつらなら描けると思いますよ。でも理由がないですよね。こんな所でタタナドンを強化してどうするんです?」
「手前ぇも描けるよな?」
リズの眼光が鋭い。
「……そうですね、描けます。インクを調合するのに時間がかかりそうですが、何度か試せばできたと思います」
わざわざ四角で描く必要もないが、描けと言われれば描けるだろう。
それも、こんな雑な描き方ではなくて、もっと省略して効率よく描く。
あまりにも下手くそな記述だ。外国語を習いたての奴が教科書通りの文法を使っているような。回りくどく、省略もスラングも全く使っていない。
この
リズが鋭い視線をこちらに向けてきた。
「俺を疑っているんですか?」
「いいや」
「僕もノトは疑っていない」
「どうしてですか? 魔法陣師なんてそうそういないですよ。しかも隣町。仕掛け放題です」
「その理由がない」
「そんなのわからないじゃないですか。愉快犯なのかも」
シャルムが首を振った。
「そういう事を自分から言い出すところからして犯人ではない」
「わざとかもしれないですよ」
「手前ぇが怪しいのは確かだ」
「でしょう?」
どう考えても第一容疑者は俺だった。俺にはアリバイがない。
ここ数日は家に閉じこもって仕事をしていた。出歩いていないのだから犯行は不可能だが、だからこそ証人がいない。
「けどな、あのババアがそんな怪しいヤツを推すわけがねぇんだ」
ババア、という言葉に、俺はびくりと体を震わせた。
きょろきょろと周りを見回す。居るはずがない。ないけど――。
「そうだ。それだけの信用のある人物でなければ、会長が僕たちと同行させないだろう」
言ってしまった……。リズの言ったのと同一人物であると。
あの人はどこかで聞いている。絶対に察知してる。後でひどい目にあっても知らないからな。
「他にわかることはねぇのか?」
リズはそれ以上犯人捜しをつもりはないらしい。
「これ以上は俺ではなんとも。形だけではなくて、描き方にも特徴があるので、研究チームなら、どの遺跡を参考にしたものだとかはわかるかもしれないですね。レポートは俺が出しておきます」
俺は
そして、描き終えた頃に、魔法陣は寿命が尽きて消えた。
ギリギリセーフだった。
「んじゃ、アルトに戻るぞ」
「また歩くのか……」
シャルムが嫌な顔をした。だから最初に一度戻ろうって言ったのに。
「
「来るときもシャルの補助魔術あっただろ」
「
「ふぅん。そういうもんか」
シャルムの魔術に慣れているリズにはわからないのだろう。それだって、長くシャルムと組んでいるからこそだと思うのだけど。
「なら、魔法陣使えば良かったじゃねぇか」
「一応、魔法陣が使えることは隠しているんですよね。俺は描くのが仕事であって、戦う方は専門外っていうか」
「……あれだけ戦っておいてよく言う」
ぽりぽりと顔をかくと、シャルムが倒れているタタナドンの方を見てため息をついた。
そして、はっとシャルムが目を見開いた。
「そうだ! なぜ魔力がないくせに魔法陣が使えるんだ! 今度こそ納得のいく説明をしろ!」
「これですよ」
俺は腰の後ろにしまっていた起動装置をシャルムに渡した。
「魔力封入済みの魔石の
「空中に散った魔力を使っているということか?」
「そうですね」
「そんなことができるわけがない」
懐疑的な目が向けられる。
「と言っても、現に俺はできていますし。
「そんなこと……」
「だからノトにはできてんだろ。っつーか、魔法陣の起動法なんざ今はどうでもいいじゃねぇか」
興味なさそうにリズが言った。
「いやしかし、これが本当なら、アレだって――」
いつまでも気にしているシャルムの言葉を
「シャルム、補助魔術かけられますか?
「あ? ああ、使ってもいいのなら」
「大丈夫です。魔法陣はもうないので」
「そうか」
シャルムが隠密など各種補助魔術を使い、俺たちはそれ以上獣に襲われることもなく、洞窟を抜けることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます