第22話 平穏

 宿に戻り、せっせと報告書を書いていると、協会に報告に行っていたシャルムとリズが戻ってきた。仕事を中断し、三人で、宿屋の女将おかみさんのおすすめという店に行ってみた。


「手柄を横取りしたようで気持ちが悪い」


 シャルムがむすっとしていた。縞角トカゲタタナドンを討伐したのは俺だけど、シャルムとリズの二人で倒したことにしてもらったのだ。


 魔力のない魔法陣師か目立ったところでいい事はない。


 解析の結果次第では何が出て来るかもわからないので、魔法陣のことも取りあえずせることにした。必要があれば、上を通して伝わるだろう。


 次の街へは、明後日出発するらしい。


「ノト、明日の予定は決まってるのか?」

「俺ですか? 午前中は宿で魔法陣を描きますよ。午後は協会で器具を借りて精製と調合、終わったら宿に戻ってまた魔法陣を描きます。死ぬほどヤバいんで」


 今日一日、何も進んでいない。


 どうせ行ったのなら、森でも洞窟でも素材を集められたらよかったのだが、結局ほとんど取ってこれなかった。タタナドンの胃を取りっぱぐれたのも悔やまれる。


 旅に出て二日目にしてすでにギリギリ。大丈夫か、俺?


「僕たちは、街の見回りに行く」

「わざわざ?」

「魔術関連の違法な取引の取り締まりは、女王陛下からうけたまわった責務の一つだ」

「それは知っていますが……」


 いくら協会が女王陛下から取り締まり権限をたまわっていたとしても、何も特審官が行くことはないんじゃないか。常駐の審査官はどうした。


「昼間に臨時市で、アカダヨの実を売りかけた馬鹿な店があったんだと。で、取り締まりを強化するってよ」

「……へえ」

 

 なるほどそういうことか。


 危なかったな、おっちゃん。


「そうだ。もし市場で見つけたら買っておいて欲しいものがあるんです。ちょっと待ってくださいね。今書きますから」

「構わんが、相場はわからんぞ」

「目安の金額も書きますから、それを参考にしてください」

「おまっ、これ本気か!? これ一つで魔石が何個買えると思ってんだよ」


 リズがリストを横からのぞき込んで目をむいた。


「とりあえず指輪を二つ預けます。もっと手に入ったら、後で清算しましょう」

「ノト、あたしたちがこれ持ち逃げしたらどうすんだ? 不用心が過ぎねぇか?」

「特審官がそれしたら笑えますね」

「しない」

「じゃあお願いします。数が少なくてもいいです。多少高くてもいいです。見つかったら、ぜひ!」

「わかった」

「ありがとうございます!」


 馬鹿じゃねぇのという顔でリズがこちらを見ていたが、そんなの気にしない。


 一度ほぼ全財産を預けている。それに比べればこのくらい大した額じゃない。


「あ、まだ料理足りてないですよね? 俺、追加頼んできます」

「あたし、サボルダの串焼きとハナダヨのキモモのソースあえ!」

「シャルムは?」

「なんでもいい」

「では、トラティットの塩焼きにしましょう」


 カウンターまで追加の料理を頼みに行く。


 テーブルの位置を伝えて戻ろうとしたら、ソースあえはすぐにできるから待てと呼び止められた。


 客づかいの荒い店だ。だが嫌いじゃない。


 できたてのソースあえを受け取り、ほくほく顔でテーブルに戻ってみると、リズの姿がなかった。


「あれ、リズは?」

「あっちだ」


 シャルムがフォークで指し示した。ずっと育ちの良さがにじみ出る所作で食事をしていたので、突然の行儀の悪い仕草に驚いた。


 が、その理由はすぐにわかる。


 視線の先には、身なりの良いイケメンと楽しそうに店を出るリズの姿が。


「あれは助けに……行くべきで?」

「放っとけ。いつもの事だ。今日はノトがいるから、店から直接行くんだろ」

「行くって、どこへ?」

「それを僕に聞くのか?」


 ぷいっとシャルムが横を向いた。


「あー……察しました」


 こんな時間から男女が行くところと言えば、まあ、そういうところだよな。


 今日は俺かがいるから直接ってことは、普段は宿にシャルムを送ってから行くんだろうか。そして同室、着替えを見られてもいい関係……。


 完っ全に子ども扱いじゃねぇか。


 同じ男として同情を禁じ得ない。


「あ、ほら、来ましたよ、料理!」

「……」


 重くなった空気を払おうと、努めて明るい声を出してみたが、見事に失敗した。




 翌朝、いつの間にかリズは宿に戻ってきていて、徹夜明けの俺を朝食に誘いに来た。何事もなかったような態度だったので、こちらも何事もなかったかのように振舞った。


 むしろシャルムとの方が気まずかった。


 その後は、予定通り二人を見送って、午前は部屋でずっと魔法陣を描いていた。


 出前の昼食を食べた後、あまり宿に置いておくのも物騒だし、かといって持ち歩くのも面倒だし、また予定外のことが起こるとも限らないので、出来た分だけでも先に送ってしまおうと、描き終えた魔法陣と報告書を持ち出して、協会で出した。


 そのまま器具を借りる申請をし、旧型のそれらを懐かしみながら調合を済ませると、急いで宿に戻り、作ったばかりのインクを使って描く作業に戻った。




「うーんぁあぁー終わったあぁー……」


 キリのいい所で作業を止めてみれば、もう窓の外は真っ暗だった。しかしいつの間にか灯りはついていて、いつの間にか部屋に食事が用意してあった。


『早く食ってさっさと寝ろ』

『寝坊すんじゃねぇぞ』


 お手本のようなきれいな字と、やや崩れた字で書かれたメッセージを見て、顔がほころんだ。ありがたい。


 でもまだ寝れないんですよ。


 三日連続で徹夜ですよ。


 もう嫌です。

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