第46話 犠牲

 森を抜けたところでは、二人と憲兵たちがエルマキアに乗って待っていた。人数が増えているのは、周囲を警戒していた憲兵たちが戻ってきたからだろう。


 シャルムはリズの前ではなく、憲兵の前に座っている。


 俺用の馬車も準備してあった。


「俺は走ります。その方が速い」


 憲兵たちは困惑していたが、シャルムはうなずいて、「行くぞ」と言った。


 リズが迷いなくエルマキアを走らせたので、ほかの憲兵達も続いて行く。


 俺はその後ろで推進を二枚起動した。


 疾走するエルマキアと同じ速度で走る俺を見て、憲兵達は驚いていたが、特審官がいるからと各々おのおの納得したらしく、疑問を口にする者はいなかった。


「くそ、飛んで来やがった!」


 リズが後ろを振り返って言った。


 全員の速度が上がるが、翼には敵わない。


「どうする? 逃げきれねぇぞ。逃げれたとしても、この先はミリムだ。このままじゃ連れてっちまう」

「なんとかミリムまでたどり着くしかないです。そこまで行けば……」

「ミリムに着いたらなんだってんだ。……おまっ、まさかミリムを犠牲に!?」

「はい」

「ついさっきまで反対してただろうが! 何言ってんだよ!?」

「先にこれしかないと言ったのはリズですよ!? 俺にもわかりました。これしか方法がありません……」

「なんでそんな弱気なんだ! 確かにあのドラゴンは強敵だが、あたしらだけでも、どうにかできねぇわけじゃなかっただろ!? ノトも善戦してたじゃねぇか」


 時間を稼ぐので精いっぱいだった。


 魔法陣が無限にあればなんとかなるかもしれないが、そんな都合のいいことはない。


「無理ですよあれは――」

「僕もノトの意見に賛成だ。ここは逃げるところだ」

「シャルムまでどうしたんだよ! そもそも逃げ切れないって言ってんだろ!」


 ドラゴンはすぐ後ろまで迫ってきていて、もはやいつ誰が襲われてもおかしくなかった。


「心配するな。おれたちが絶対に逃がす」

「なにを――」


 シャルムと一緒に騎乗している憲兵が力強く言うと、前を走っていた憲兵が振り返って頷いた。


 そして、列を抜け出すと、速度を落としていく。


「おい、やめろ――」


 するりと剣を抜いた彼を、ドラゴンが襲った。


 繰り出されたかぎ爪を、憲兵はかわし、防ぎ、魔石で攻撃さえしたが、それでもドラゴンの重量を使った攻撃をしのぎ切ることはできなかった。


「――!」


 離れてもうずっと小さくなってしまっていたが、遠視と感覚強化をかけている俺には、憲兵が落下するところがしっかりと見えたし、断末魔の悲鳴さえ聞こえた。


 歯を食いしばってそれに耐える。


 ドラゴンはその場に降り立ちしばらく留まっていたが、やがて翼を広げた。


「また来たぞ!」


 広げた距離を、あっという間につめられる。


 そしてまた一人、憲兵が離れていく。


 シャルムが憲兵に補助魔術をかけた。


 憲兵はシャルムにしぐさで礼を伝え、そしてみるみる遠ざかっていった。


 一人、一人と欠けていく。


 リズはその度に顔色を失っていった。


「もうすぐだ」


 憲兵の一人が、静かに告げた。


 俺でさえ遠くに染みのようにしか見えなかったミリムだが、ぐんぐん近づいてくる。


 憲兵は、シャルムを乗せている男と魔術師を入れて、四人まで減っていた。


 魔術師と剣士が頷き合って二人同時に離れていく。


「もうたくさんだ」


 リズがぽつりと呟いた。


「リズ?」


 泣き笑いのように顔をゆがめて、すっとリズは下がり、最後尾につけた。


「リズ! やめろ! ダメだ!」

「特審官、暴れないでください!」

「リズ! リズ!」


 俺は速度を落としてリズの横に並んだ。


「どうしたんですか」

「お前は、あいつらを見て、何も思わないのか!?」

「何も思わないわけじゃないです。でも、必要な犠牲です」

「やっぱりあたしには見過ごせねぇ。こんなことで死なせるわけにはいかねぇんだ。このまま行けばミリムにいるやつらも犠牲になる。ドラゴンが来るなんざ全く知らされてねぇのに、あたしらの都合で見殺しにするのか? それじゃ、あたしがここにいる意味がねぇ!」


 急に何を言うんだ。


 さっきまでは賛成の立場だったはずなのに。


「俺たちの都合なわけじゃないです。国の――」

「ノト、シャルムを頼む。魔法陣のことをパースジェラルドに伝えろ。ミリムに着いたら、住民に逃げるように言ってくれ。あたしはここで時間を稼ぐ」

「ダメです。考え直してください」

「悪ぃな」


 リズは、ぐっと速度を落とした。


「ノト! リズを止めろ!」

「特審官、危ないですから!」

「リズ! ダメだ! 行くな!!」


 シャルムはエルマキアから乗り出し、今にも落ちそうだ。


 その襟首えりくびを憲兵がつかみ、なんとか落下を食い止めている状態だった。


 俺たちの速度がどんどん落ちていく。


「シャルム、危ないですから!」

「リズ! リズ! 行くな!!」


 ついにシャルムは憲兵の手を離れた。


 それを俺が危うくキャッチする。


 シャルムは俺を見ることなく、後方を見ながら腕の中で暴れ続けた。俺の後頭部をひじで押しやり、肩越しに腕から抜け出そうとする。


 ここまでか。


「パースに、パースジェラルドに、『タールの文献』と伝えてください! あと『赤色』とも! 彼ならそれでわかってくれます!」

「しかし……!」

「頼みますね」


 俺は本格的に速度を落とし、Uターンした。

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