第24話 襲撃再び

 荷物をまとめ上げ、部屋を出て隣の部屋の扉を叩くと、シャルムが目をこすりながら出てきた。


「なんだ?」

「準備できました」

「書類はそこに置いておいてくれ。あとで食べる。それと、杖の形は輪にできないだろうか」


 ダメだ。完全に寝ぼけてる。


「おー、終わったかぁ?」


 右からリズの声がかかった。廊下の先から歩いてくる。


「どこか行ってたんですか?」


 リズはヒップバッグもしておらず、抜身の剣一本といういでたちで、少し汗をかいていた。


「外で剣振ってた」


 リズが素振り。似合わない。


 けど、そりゃ訓練だってするよな。特級剣士なんだから。


 リズの髪が少し顔に張り付いていて、そこから流れた汗が、顔、首、鎖骨と伝って、胸の谷間に落ちていった。


「そういや、昨日頼まれてたやつ、部屋ん中に置いといた。あれで丁度指輪二つ分。……おーい、聞いてっか?」

「え!? ええ、もちろん確認しましたっ。ありがとうございました。あの、シャルムが、寝ぼけててっ」


 ああ、とリズが近づいてきた。また、つうっと汗が流れた。


「これはな、こうするんだよ」

「ちょっ」

「あがっ」


 リズの手刀がシャルムの脳天を直撃した。


「ぐ……っ。リズ、その起こし方はやめろといつも言ってるだろう……!」

「起きないのが悪い」

「くっ。……あ? ノト、ここで何をやっている? 朝食か?」

「ええ。そうです。あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないだろ。さっさと行くぞ」


 シャルムは頭を押さえながら、リズが来た方向へと歩いて行ってしまった。


「え、あの、荷物は?」

「あたしが持ってく」


 リズが部屋に入ったので、俺はシャルムを追いかけた。


 ローブを着ていないと、体の細さが際立つ。剣なんて振ったことないんだろうな。


 あーあ、シャツはみ出てるし。


 特審官って言っても、偉そうな口調で話していても、まだそういう歳なんだよなあ。俺もこの位のときに眠くてよくどやされたっけ。


「特別審査官どの」

「なんだ、改まって?」

「お召し物が」

「ああ、助かる」


 シャルムはなんでもないと言うように、シャツをズボンの中に押し込んだ。


 少しは慌てると思ったのに。


 こういうところは大人びてるんだよなぁ。




 遅めの朝食のあと、二手に分かれて俺は協会に寄り、二人の待つ馬車の乗り場に向かった。


 えーっと、チルデ方面は……ああ、これか。ウールート行き。


 ずらりと並ぶ、地図と文字で行き先を示している看板を頼りに、二人の待つテントを探り当てた。


 天幕をくぐると、シャルムが地面に敷かれた布の上に座っていて、リズがそのそばに立っていた。


「本当に乗合のりあい馬車で行くんですか?」

「貸切でも速度は変わらないからな」


 また片羽馬ギジの馬車らしい。


 特審官なら金持ってるだろ? 交通費も出るんだろ? 少しくらい贅沢したって……。


 しかし最初に宣言された通り、シャルムにその気はなさそうだった。


 定刻になり、ほろの無い馬車に乗り込んだのは、俺たち三人の他に、ごつい剣士のおっさんと、きれいな魔術師の奥さんと、街に買い物に来たというじいさんだった。


 俺はまたシャルムの腰を引き寄せて固定し、坂を転げ落ちるように眠りに落ちた。




 ガギャギャッ!


 金属の上を刃物が滑るような耳障みみざわりな音がして、俺は目を覚ました。


 目の前に剣が振り下ろされている。


 それは眠る前に仕掛けてある防犯の『障壁』によって防がれていた。


「っとぉ」


 眠気が一瞬で飛んだ。


 一瞬の間の後振り下ろされた二撃目は、自分で魔法陣を起動して防いだ。 


 足元に置いてあった剣を拾い、馬車から飛び降りる。


 同時に、シャルムをかかえたリズとシャルムも降りていた。


 二日連続で襲撃されるとかある?


「心当たりはありますか」

「……なくはない」

 

 昨日と同じ返事が返ってきた。今度はリズも否定しない。


 洞窟の魔法陣といい、これといい、審査官ってそんなに狙われやすいのか?


 寝込みを襲ってきたのは、客として乗り合わせた三人だった。そこに二人増えている。


 シャルムが大掛かりな魔術を唱え始めた。


 俺とリズには一人ずつ、シャルムには三人が狙いを定めた。俺たちは互いの相手の攻撃を受け流し、シャルムに迫る男たちを阻止しようと動く。


 シャルムの術の発動にはまだ時間がかかる。間に、合わないっ!


 と思ったら、シャルムが詠唱を途中で強引に打ち切って、難易度を落とした術に無理やりつなげた。


 上手い。詠唱の意味を理解していないとできない芸当だ。


 五人に炎球が飛んでいく。四人はそれを剣で弾き、魔術師の奥さんは障壁を生み出して防いだ。


 シャルムの相手に気を取られている隙に、先程あしらった相手が横から再び斬りかかってきた。剣をぶつけてそこを支点に体の向きを変え、腹に蹴りを入れる。よろめいた相手の腕に剣を振り下ろすが、服と皮膚を切っただけだった。


 以降も、シャルムに三人が相対しようとする動きが続いた。自然、俺とリズがシャルムを背にかばう形になる。


 魔術師は術の発動に時間がかかる。一方で、術次第では戦況を支配できる。だから魔術師をまず狙うのはセオリーだ。ましてやシャルムは銀髪なのだから放っておくはずはない。


 しかしそれにしては執拗しつように過ぎるというか、柔軟性に欠けるというか……。


 俺たちの後ろで、シャルムが次々に術を発動させていく。


 二人では全方位をカバーしきれない。その分シャルムが短い詠唱でしのぐことになり、なかなか大きな魔術が使えないでいた。


 誰かを護りなが戦うのは苦手だ。共闘するのも得意ではない。一対多が一番気楽で最も得意。ここしばらく一人で戦うことが多かったから、特にそう思う。


 大きく前に出たり下がったりすることができなくて、攻めきれない。自分に対する視線や攻撃には即座に反応できても、他人に対するものにはラグが生じる。そのわずかな差にイライラした。


 リズが剣を合わせているじいさんを追い詰めるように、しげみの中へと足を進めた。


 その足元で淡い光が生まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る