第25話 狙い

「なっ!?」


 地面から伸びたツタが、リズの足を絡めとる。


 転倒しそうになったその体は、しかし追い詰めていたはずのじいさんに支えられる。


 リズの首元にはナイフを突きつけられていた。悔しさに顔が歪んでいる。


 俺は魔法陣が使われたことに少なからず衝撃を受けていた。


 研究チームのあいつらを除いて、戦闘で誰かが魔法陣を使う所を見たのは初めてだった。


「両手を上げろ。妙な真似をしたらこいつを殺す。シャルム・ローイック、用があるのはお前だ。杖を置いてこっちへ来い」


 ナイフを持ったじいさんが口を開いた。


 やはり特審官シャルムを狙ったものだったか。


「リズの安全の保障は?」

「用があるのはお前だけだ。お前が大人しく捕まるなら危害は加えない。女王陛下に誓う」

「女王陛下にだと? どの口でそれを言う」


 鼻で笑うような言葉を吐きながらも、シャルムは言われたとおりに杖を手放し、一歩前へ出た。


「駄目だ。シャル、来るな」

「僕がリズを見捨てることはあり得ない。それはリズもわかっているだろう?」

「……それでも、駄目だ」

「いいから早く来い」


 ぷつっとリズの首にナイフの切っ先が刺さり、血の玉ができた。


 シャルムがさらに一歩出た。


「あのー。一つ質問してもいいですか?」

「なんだ、お前」

「どうして特審官を狙うんですか?」


 金か。実績か。それとも個人的な怨恨えんこんか。


「魔法陣が描ける優秀な魔術師だからだ」

「っ」


 俺たち三人が三人とも息を飲んだ。


 シャルムが魔法陣師だと勘違いしているのか。そりゃ「優秀な魔術師」が俺だと思う訳がないよな。


「そうですか。それだけ聞ければ十分です」


 俺はトリガーを弾いた。


 瞬間、俺を中心にして、ぶわりと魔法陣が広がった。


 紫色の光で表されたそれは、膝あたりの高さで水平に空中に浮かび、リズとシャルム、そして襲撃者たちをその中に含む。


「お前が魔――」

「死んでください」


 じいさんの言葉をさえぎった直後、魔法陣は一瞬で頭上まで上昇した。


 とぷんと円に飲まれた俺以外の七人が、地面に崩れ落ちた。


「ノト……」


 最後、シャルムの絶望したような視線が俺を射抜いた。




「シャルム、起きて下さい」

「ん……」

「シャルム」

「っ! リズっ!」


 体を強く揺すると、シャルムが飛び起きた。そのまま前につんのめりながら、倒れているリズの元に駆け寄る。


「リズ! リズっ!!」


 必死の形相でシャルムはリズを揺さぶった。


「大丈夫ですよ」

「ノト! 貴様ぁっっ!!」

「気絶しているだけですから」

「気絶……?」


 シャルムの腕の中で、リズが身じろぎをした。


「シャル?」

「リズ……」

「おいおい、なんでツラだ。泣くなよ」

「う、泣いてなんか……っ」


 リズが片腕で体を支え、シャルムの顔に手を添えた。


 シャルムはたまりかねてリズの胸に顔をうずめた。その頭を、リズは優しくなでてやる。弟をなだめる姉のような、子どもを慈しむ母親のような、愛情に満ちた表情をしていた。


 俺の言葉を信じてしまったシャルムとは違い、リズは嘘だと見抜いていたようだ。


「それで、収穫は?」


 リズが周りを見回して言った。


 襲撃者たちは倒れたままだ。


「それが、全員毒で自害していました。『回復』と『毒消し』は使ったんですか、即効性がありすぎて無理でした」


 俺を狙った理由を聞きたかったが、それは叶わなかった。


「プロか」

「でしょうね」


 一応、持ち物も探ってみたが、口を割らされるのを恐れて自害するような連中が、ヒントとなるような物を持っているはずはなかった。


「昨日の襲撃も、ノトを狙っていたものだということだな」


 シャルムが涙の溜まった目でにらみつけてきた。嘘をついたことを相当恨んでいるらしい。


「俺だとしたら、あの時は洞窟に行かせたくなかったのかもしれません」

「あの四角い魔法陣を見られたくなかったっつーことか?」

「はい。あくまでも可能性ですけど。で、特審官――まあ本当は俺なんですけど――が解読したのを知って、スカウトすることにしたんじゃないですかね」

「スカウトなんつー穏便なやり方じゃなかっただろ」


 無理やり昏倒こんとうさせてクラクラしていた頭がようやく正常にもどったのか、リズが立ち上がった。


「あーあ、こりゃまたアルトに戻るっきゃねーな」


 馬車の惨状を見てぽつりとつぶやく。


 今度は御者は逃げずに馬車のかげで震えていたし、ギジも繋がれたままだったが、客席の部分は大破していた。


ぶいますよ」

「ノトの背中は揺れるから嫌だ」


 うんざりだという顔をしたシャルムに言うと、さらにげんなりした顔が返ってきた。


「じゃあ、シャルムもギジに乗せてもらったらいいですよ」

「そうだな!」


 シャルムの顔が明るくなった。


 いや、ギジも揺れると思いますけどね。

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