第51話 文字
シャルムの眠りの術によって、リズはあっという間に意識をなくした。眠るまいと傷口を自分で
シャルムは次いで障壁魔術を唱えていく。
ドラゴンは……まだ動かない。もし動いてきても、残った『障壁』を全部吐き出せば、シャルムが張り直すくらいの間はもつだろう。
呪文を聞きながら、俺はリズの胸元の紐をナイフでぷちぷちと切っていった。
背中から回って胸を押さえていた革の帯がはらりと落ちて、胸が
ぎょっとシャルムが言葉を詰まらせたが、声は飲み込んだため、幸いなことに詠唱が無効になることはなかった。
横になっているのに、ふくらみが流れることなくきれいな形を保っていられるのは、大きさと胸筋の強さによるものなのだろうか。
だめだ。魅入っている場合ではない。
ベルトを外し、ボタンも外していく。ウェストの部分を腰まで下げ、白い下着も下げて、下腹部を露出させた。
もともと露出していた部分は薄汚れているが、隠れていた部分は
手のひらで心臓の位置を探す。
なめらかで吸いつくような肌に鳥肌が立ちそうになるが、なるべく考えないように。
ああくそ。なんで人間の心臓はこんなところにあるんだ。
不謹慎だとは思っても、ふにょりとした膨らみの柔らかさが本能を刺激して、命を懸けた戦闘中ということもあり、体の中の血が騒いで仕方がない。
とくりとくりと弱いながらも規則的な鼓動を見つけて、安心とは違う意味でほっとしてしまった。
ナイフで自分の左の
不意にバシィッと音がして、シャルムの防壁が壊れた。バッと顔を上げれば、ドラゴンが目の前にいて、前脚を振るっていた。
くそっ。リズに気をとられすぎた。
すかさず魔法陣を起動させるシャルム。
それもすぐに壊されてしまうが、俺も起動する。
しかしドラゴンはそれをことごとく打ち破ってくる。
やはり回復のたびに少しずつ強くなっていっている。マジで厄介な陣を作ってくれたものだ。
シャルムはすでに回復魔術に移行しているから、魔術で障壁を張ることはできない。
仕方ない。使うか。
俺は立ち上がり、軽く目を閉じて集中する。
キンキンキンッ
足元にぶわりと広がる魔法陣。
驚いたシャルムは魔法陣を踏むまいとその場で足踏みをした。
「『障壁』です。これでしばらく持ちます」
ドラゴンが前脚をぶつけてきたり、牙でガジガジと噛もうとしてくるが、緑色の魔法陣はドーム状の障壁を発生させ、侵入を拒む。
叩きつけられた炎にもびくともしなかった。
切り札の一つだ。そう簡単には壊されない。
俺はリズに向き直り、右の人差し指でリズの傷口から
右手の人差し指に血をたっぷりとつけ、リズの心臓の真上に指を置いた。
息を止めないように注意して、そこに
直線。カーブ。止め。はらい。
一つ一つに意味があり、強弱さえも意識しなければならない。
それは魔法陣なんかよりもずっと厳しい正確性が求められる。
多少のクセは許容されるようだが、俺にはその判断はできない。だから手本を忠実に再現する。
本来は流れるように一気に
――よし。
なんとか描き終えた。
ここは対象を指定するの一文字だけだ。
問題はここから。
横に置いておいた剣を拾い、ついた血をぬぐう。
また手の平から血を取り、刀身に指を滑らせていく。
一文字
よし。
最後まで描ききったとき、汗がぽたりとあごから落ちた。
顔の汗を
タイミングよく――なのか水を差さないように待っていたのか、シャルムが回復魔術をリズにかけた。この短い時間でできうる最大の魔術だ。
ふらりとシャルムが足をよろめかせた。魔力の減少が体に現れ始めている。
しかし
俺の『障壁』の効果が切れる前には張り直せるだろう。
大きく深呼吸。吸ったまま息を止め、長く吐き出す。そしてもう一度深呼吸。
立ち上がり、剣を
シャルムは、ガンガンッと障壁を壊そうと躍起になっているドラゴンをじっと見据えているが、その瞳は不安で揺れていた。
だめだ。
集中。集中――。
今、
あとは
大丈夫。ちゃんと描いた。いける。
すっと小さく息を吸い、俺は印をつけたリズの心臓へと、思い切り剣を突き刺した。
ずぶり、と剣先がリズの体に埋まり、地面にまで到達する。
びくんっとリズが跳ねた。
ひゅっ、とシャルムが喉を鳴らした。
「ノト!?」
途端、剣を中心として、ぶわりと魔法陣が広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます