第52話 魔法

 できた――。


 ほっと息をつく。


「準備が終わりました。障壁を張ったらこちらに来てください」


 途中で声を出してしまったシャルムの詠唱は失敗していて、シャルムが最初から魔術を唱え始める。


 障壁を張り終えたシャルムは真っ青な顔をして、剣に貫かれたリズを見ている。くちびるがわなわなと震えていた。


「両手が血で汚れているなら、それを落としてください。できればきれいに舐めとった方がいいです」


 シャルムは一度ローブで手をこすると、泥だらけのその手に、躊躇ちゅうちょなく舌をわせた。


 ペッとつばを吐き、ぐいっと口元を拭うと濡れた手をこちらに向けた。


「これで死ぬかもしれません。それでもやりますか?」

「構わない」

「ちなみに、魔力補給剤は持っていますか?」

「いや」


 だろうな。


 銀髪に補給剤が必要だとは思えない。


「魔力を込めないように注意して、剣を抜くと同時にそこに手を添えて下さい」


 俺はリズから剣を引き抜いた。


 だがそこに傷はない。シャルムが驚いた顔をしながらも手を添える。


「魔力を込めて下さい」

「ぐぅっ」


 途端、ずんっと何かに上から押さえつけられるように、シャルムの体が硬直した。


 すぐにリズの傷口から白い煙が出始める。他の位置からも細く上っていく。


「魔力を生命力に変換しています。枯渇したら生命力を引き出すようになっていますから、とにかく魔力を絞り出して下さい」


 何も言えなくなったシャルムを尻目に、俺は剣を掲げた。


 もう一度くらいはもつだろう。


 ドラゴンは離れて体当たりをしたりと攻撃を繰り返しているが、障壁はまだもちそうだ。もってくれないと困る。


 血が固まりつつある左手の傷をナイフで開き、その血で再び刀身に文字をえがいていく。


 今度は早い。えがき慣れているから。今まで何度もえがいてきた。


 魔法陣でいてストックしおければいいのだが、俺はまだその術式を作れないでいる。


 えがき終えた剣を、リズに魔力を与えているシャルムの両手に乗せた。


 シャルムは突然目の前に出てきた剣に驚いて顔をあげようとしたが、体にかかる圧がそれを許さなかった。


 リズの鎖骨のれや細かな擦り傷なんかはもうきれいに治っていて、右脇腹の傷も少しずつ癒えている。


 剣は――剣にえがかれた文字は――シャルムからあふれた魔力を吸って、世界・・実行・・を告げる。


 えがかれた文字に従って、刀身が黒い光を帯び始めたのを見て、剣を引き戻した。


 リズにしたときのように、それを地面へと思い切り突き刺す。


 地面に魔法陣が広がった。


 次の瞬間、それは剣へと一気に収束する。


 刀身の光は黒炎とも見紛みまがうほどに大きく揺らめいたあと、よくよく見ればふちが黒いかもしれない、というくらいに落ち着いた。


 右手の破砕器で魔法陣を起動していく。『障壁』から『防御強化』や『感知』まで、持っている分を一通り。


 すっからかんになろうが構いやしない。


 魔石の補充は要らないな。使いきるほどの魔法陣はもう残っていない。


「途中で投げ出したりしないで下さいね」

「そんな、こと、する、ものか……」


 歯を食いしばってシャルムが答えた。まだ魔力は尽きていないようだ。


 銀髪の魔力は底無しと言われるのも納得だ。


 右手には剣を、左手には満タンの破砕器を握り、ドーム型の『障壁』から右に飛び出した。


 剣が通り抜けた際に、パリンと『障壁』が壊れる。


 すかさず魔法陣を起動して『障壁』を数枚張り直す。


 ドラゴンは俺をターゲットと定め、体の向きを変えた。


 ――反撃開始だ。

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