第32話 移動
ヨウに
「少し前から、西の端のドラゴンが暴れ出したって話があってね、ドラゴン討伐の準備を始めてたの」
「ドラゴン!?」
「そう。でも、そんなに緊急ってわけでもなくて、しっかり準備しましょうって話だったのね。なのに突然、今朝、第一種警戒宣言が出たの」
「あの通達からは、ドラゴンが関係しているかはわからなかったけど」
「そのあとすぐに、シャルム・ローイック特別審査官一行はバルディアまで行きなさいってお達しが来たの。バルディアは西の端の街だもの。ドラゴンに決まってるでしょ」
「へえ、特審官が」
案の定、表向きはシャルムが行くことになっていた。特審官の方が支援を得やすいのだろう。
シャルムがいいように使われていてなんだか悪いような気もするけれど、名前が表に出ないのはありがたい。
これなら俺が一人で先行しても、シャルムたちへの支援がなくなることはないだろう。
特級だから街から出られないなんてマヌケなことにもならない。
いくら自己申告とはいえ、特審官として大々的に街に入ってきてしまったら、特級ではないと言い張るのは無理だ。
「でね、今、この街に、その特審官が来てるの!」
「マジ!?」
「髪が銀色で、キリっとした顔をしていて、喋り方や雰囲気もね、すごく頼もしかった。杖もかっこよくて、すごい魔術師って感じだったの!」
「へぇ……」
間違っちゃいないけど、それ、年齢だとか背の高さだとかの情報がスコンと抜けてるぞ。
ヨウは、ほぅとため息を
「この件について、協会はどういうつもりでいるんだ?」
「あんまり悲観的にはなってないかな。ドラゴン討伐は大変だけど、ちゃんと作戦を立てて人数をそろえれば、不可能ってわけじゃないもの。第一種警戒宣言が出たのは不思議なんだけど、情報が
「ふーん」
情報が王都に上がってから宣言が出るまでにはそれなりの時間がかかる。なのにこの距離のスーリまで噂が流れてきていない。
ということは、現場の判断で
「ありがとう。大体の状況はわかった」
「ね、明日もいるんでしょ? 息子に会わせたいんだけど」
「ごめん、早く出るんだ。またの機会に」
「もう! 次何年後に会えるかわからないのに!」
「次はお祝い持ってくる」
「絶対だからね!」
協会の外にはまだ人がたくさんいた。出てきた俺を見て、新情報がないかと期待した目を向けられたが、落胆した様子を見せてやり過ごした。
情報収集も終わったし、そろそろ行くか。
夜でも開門してくれないことはないが、この非常事態に外に出ると言えば目立って仕方がない。特級ならば出るのはおかしいし、特級じゃないのに出るというのもおかしい。
だから、こっそりと抜け出す。
西側の街壁まで歩き、魔法陣を起動した。建物の陰で起動時の光が淡く広がった。
高く『跳躍』して壁を乗り越えた。
月光に照らされて壁に大きく影が映っただろうが、見張りがいるわけでなし、誰にも見られてはいないだろう。
門から出たわけじゃないから、目の前に街道はない。ここからは、昼間よりも狂暴な獣が
もうすぐ前に黒々とした影が見える。
改めて魔法陣を起動し、補助魔法をかけていく。複合魔法陣だ。
発する光に警戒したのか、黒い影はうずくまったまま動かない。
最後に腕に三つの青いリングが出現し、準備は整った。
同時に、影はこちらに飛びかかってきた。
遅いっ!
素早く剣を抜いて前へ出て、すれ違いざまに相手の勢いを利用して切りつける――なんてことはせず、すれ違ってそのまま駆け去った。
こっちは急いでいるんだ。いちいち構ってられるか。
時々『跳躍』して位置を確認しながら、幅の広い川を別の魔法陣で飛び越え、群れで向かってくる動物には風の刃をお見舞いし、時には土壁で妨害し、駆け抜けた。
腕のリングが残り一本になり、そろそろそれも消えそうになった頃、お目当ての森にたどり着いた。
今日はここで野宿だ。
『隠密』をかけて静かに分け入り、浅いところで寝床を作った。
十分に距離をとった周囲を魔法陣で固める。
近づく生き物を迎撃する魔法陣だ。
相手が人間でも発動してしまうが、夜中に森をうろちょろしているのが悪い。俺の知ったこっちゃない。
今日はひどい目にあった。
明日はいい日でありますように。
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