第33話 ヘビ

 朝。木漏れ日が顔にかかって起きた。


 タープから出て大きく伸びをする。


 無事に生きてるということは、魔法陣はちゃんと機能したのだろう。


 背負い袋から保存食を取り出して、もそもそと食べた。


 一日ぶりの飯なのに、ちっとも美味くない。あのトラティットでも、干物にしてしまうと、そこらの肉と大して変わらない味になってしまう。


 宿で調達した水で無理矢理飲み下した。


 周りにほどこした魔法陣を確認しに行くと、獣の残骸が無残に散らばっていた。魔法陣にやられたあと、他の獣に食われたのだろう。


 見た感じ夜行性の獣ばかりで、小物が多い。大きくて凶暴な獣は、通常森の中央に縄張りをもつからだ。


 素材の回収は時間がないのでぐっとこらえ、木にナイフで貼り付けた魔法陣をはがした。


 一周して全てはがし終えると、火打ち石を使って灰にした。


 いくら急いでいても、見られることはまずないとわかっていても、これだけはおろそかにできない。


 無用な罠をそのまま残して行くのも気が引ける。


 次は補充だ。


 魔法陣が起動できなかったら一大事だから、きちんと補充しておく。面倒だが、これも疎かにはできない。


 補充が終わったら、『身体強化』『推進』などの補助の魔法陣を使っていく。昼間だから複合魔法陣を使うまでもないだろう。


 よし、行くか。


 忘れ物がないか確認して、地を蹴った。


 魔法陣の効果で体が軽い。


 しかし足はしっかりと地を踏みしめ、反作用で推進力を生む。一歩で移動できる距離が長い。


 かつては、上半身がついていかず、勢いを殺して減速や急停止するのも難しく、方向を変えるにもおぼつかなくてかなり苦労したものだが、今はもう完全に自分のものにしている。


 しかし魔術で筋力をあげて速度をあげるような動きとは全く違うので、見る人が見れば違和感に気づかれてしまう。例えばリズやシャルムのような人だ。


 隠さなくなくてよくなったのは楽だけれど、呪文を陣で代用しているわけではないということに、本当の意味で気がつくのは、いつだろうか。


 背丈よりも高い草の中を突き進む。腕で目をかばいながらの猛ダッシュだ。


 夜よりは多くないとはいえ、獣はそれなりにいる。


 と思ったのだが、その草むらにいたのは、大きな群れが一つだけだった。


 感知能力の底上げで相手の場所はわかるが、『隠密』を使っていないのでこちらの位置もバレバレだろう。


 無視してやりすごそうとしたとき、それらが動き出した。


 小さい生き物が多数、俺を上回るほどの速度で追いすがってくる。


「げぇっ」


 斜め後ろをチラ見して、背中を冷や汗が伝った。


 うじゃうじゃと集まっていたのは、緑色の細い蛇だった。名前は忘れた。


 毒はないが、皮膚ひふの下に卵を生んだり、口から入って内臓を食い破ろうとする、ちょっとお近づきになりたくない生き物だ。


 魔法陣で焼き払ったり、土で押し潰そうとするも、速度があってうまく当たらない。蹴散らされながらも、蛇たちは怯むことなく追いかけてきた。


 俺が草をかきわけているのに対し、向こうは草の間をするするとってくる。同じ速度にしても、その分だけ俺が不利だ。


 これはまずいような気がする。


 なんたって数が多すぎる。


 街道に逃げ込んだ方がよさそうだ。


 幸いここは街道がこちらに向かって大きく張り出している辺りだ。


 街道の方向へと向きを変えたとき、わずかな減速によって、一匹の蛇が足を伝って体をい登り、首筋にかみついた。


「ってぇ!」


 手で引っ張っると、ぶちっと嫌な音がして、蛇の胴体がちぎれた。残った頭もひっぺがした。


 防御あってこんなに痛いのかよ。きば鋭すぎね?


「ああ、くそっ」


 草むらを抜けた。


 しかし蛇はそのままついてくる。


 見えた。街道だ。


 両脇に一定間隔で杭が打たれているだけの、土がむき出しになった通り道。


 だがそこには、女王陛下のご加護がある。


 蛇は一匹、一匹と飛び付いてくるが、大半はそのまま地におち、数匹が体に巻き付いた。


 痛ってぇな畜生!


 痛みにひるんで足が遅くなった。『物理防御』かせめて『障壁』も使っときゃよかった。


 好機とばかりに群がってくる蛇ども。


 間に合えっ!


 転がるようにして、街道に入った。


 倒れこんだまま手で蛇を払うと、今度はぽろぽろと落ちて、大半は動かなくなった。動ける蛇も、のろのろよたよたと街道を出ようとしている。


 そこに剣を振り下ろし、とどめをさした。


 ああ。


 今日もいきなりひどい目にあった。

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