第34話 重ねがけ

 万全の状態じゃないのに無茶をしすぎた。


 ちゃんと魔法陣を使っていれば、へびかじられたくらいで怪我をしなくて済んだのに。


 動物に襲われると逆に時間を食ってしまうかもしれない。でも、街道を走ると誰かに見られる可能性が高くなる。人通りは減っているだろうが、警戒宣言のせいで通るのは実力者ばかりになるだろう。見られるのは勘弁だ。


 やはり女王陛下のご加護を離れるしかない。


 手持ちの魔法陣じゃ対象設定が甘すぎて速い相手には攻撃が上手くあたらない。


 つったら防御を上げるしかないよなあ。


 苦手なんだよな、防御。普段はけりゃいいと思ってるから。


 ……そうか。


 避けりゃいいんじゃん。


 キンキンキンキンキンッ。


 『推進』の五枚がけ。これでどうだ。


「おし」

 ぐっと踏み込んで――


「行くぞぉぁああああああああぁぁぁっっ!?」


 腰から行くくせがついていたからか、上半身が持っていかれることはなかったが、ものすごい勢いで前方に吹っ飛んだ。


 ちょ、足、足がつかない。


 足が。


 まるで腰に括り付けた縄で引っ張られているみたいだ。


 風圧で、息ができない。


 目が乾いて涙が止まらない。


 やばい。


 えーっと、こういう時は、ど、どうしたらいいんだ?


 手持ちの陣で使えるのは……。


 『隠密』……じゃないな。


 『魔力感知』? 違う違う。


 『土壁』、なわけない。


 だめだっ。


 考えがまとまらない。


 あ、足がつきそうだ。


 このままブレーキを……。


 待て。


 この勢いでブレーキなんてかけたら、間違いなく転倒する。


 下手したら足もげるんじゃないか?


 ブレーキがかけられないなら。


 前に進むしかない。


 タタッとステップを踏んで地を蹴った。


 って、さらに勢いをつけてどうするっ!!


 誰か。


「誰か止めてくれええぇぇぇっっっ!!」





「どうわぁぁぁっこんちくしょぉぉっ! と、止ま……! ぶへっ。ぐえっ。ぶほっ」


 何度目かの『跳躍』をへて、徐々に勢いを殺していき、行けると思ってブレーキをかけたら、まだ早かった。


 右斜め前に転倒し、受け身を取ったものの、そのままごろごろと転がった。


 転がり続けた。


「ってぇ」


 ようやく止まった時には、土煙がもうもうと上がっていた。


 やっべ。死ぬかと思った。


 インクのびん、割れたかも。


 五枚がけは多かったな。


 三枚にしとくんだった。


 袋を開けて、中の瓶を確認する。


 よかった。割れてない。


 今度はそっと行こう。


 そおっとそおっと……。


「ぶっひゃあああぁぁぁっっ!!」


 ぜぃ。はぁ。ぜぃ。ぜぃ。はぁ。


「さ、三回目の正直……」


 そうっとそうっと……。


「ふぎゃああぁぁぁぁぁっっ!」





 つ、着いた……。


 着いてしまった。


 魔法陣の効果が切れたとき、俺は満身創痍そういだった。


 途中で腕の骨を二回折って治療した。インクの瓶と採集用の瓶を一つずつ割った。


 目の前にはバルディアの街門。時刻は夕方。


 夕日が目にしみる。


「兄ちゃん、大丈夫か?」


 街門前で派手にすっ転んだ俺を見て、門番をしていた憲兵が近寄ってきた。


「み、水を……」

「いやぁ、突然吹っ飛んでくるからよ。びっくりしたわ」

「魔術に失敗しちゃって」

「魔石は難しいよな。オレも昔はやったわ」


 黒髪だから、自前の魔術じゃなくて魔石だと思われた。




「お世話になりました」

「おう、今度は気をつけろよ」


 憲兵に担ぎ込まれ、水を貰い、何とか復活した俺は、魔術で吹っ飛んだことにして、憲兵の前を去った。


 体中が土まみれでざらざらする。


 しかしまあ、とにかく着いた。なんとか着いた。


 二日かかるところを一日で来た。


 協会に行かなくては。

 

 でもその前に、なんか食べよう。

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