第44話 強化

 俺の叫びで、リズが大きく後ろに下がった。手には魔法陣を構え、いつでも起動できるようにしている。


 シャルムは下がりながら、呪文を唱え始めた。おそらくこちらも障壁だ。


 ドラゴンは真上を向いたまま停止していた。


 俺は回復の魔石を拾い上げ、左わき腹に当てながら、よろよろと立ち上がった。


「急いで! もう読めました! 退きます!」

「あたしたちがアルトで見たのと同じか」

「そうです!」

「だが、僕は魔術を使えているぞ?」

「魔力の供給源が違うんです。少なくとも周囲から吸い取ってるわけじゃないです。魔石か、あるいは――」

「わかった。とりあえず戻ろう」

「シャルム、リズとシャルムの分の補助をお願いします」


 シャルムは小さくうなずいて呪文を唱え始めた。


「先に行ってください!」

「お前はどうすんだよ!?」

「すぐに追いかけます」

「傷は!」

「もう痛みはありません。大丈夫です。二人を逃がすための捨て石になる気はありませんから」


 逡巡しゅんじゅんしているリズの横で、シャルムはもう一度頷き、走り出した。走りながら唱えるのは大変だろうが、頑張ってもらうしかない。


 真上を向いていたドラゴンの頭が、ゆっくりと下りてきて、閉じられた目が開――。


 やばっ!


 目が開ききる直前、俺は横に飛んだ。


 ゴウゥォ!


 いままでいた場所に、大きな火柱が上がっていた。


 熱風で火傷やけどしそうな勢いだ。


「あっ」


 ぶねぇっっ!!


 直撃するところだった。


 強力な『感覚強化』をかけていなければ、避けるとかの前に、息を吸い込んだ音を聞き逃していただろう。


 鳴き声を上げずに魔術を放ってくるのは、のどを鳴らす程度で十分ってことなのか。


 次の兆候を見逃すまいと、ドラゴンを見る。


 木々の間でじっとしたまま動かない。


 水の性質をもつドラゴンが、火の魔術を使えている理由。


 頭の片隅にあった記憶が蘇ってくる。


 あの技術を使っているとしたら、魔力の供給源は、この国にはいないはずの――。

 

 チリッと首元に嫌な痛みが走った。


「くっ」


 後ろに大きく跳ぶ。


 木々を越える高さまで。


 途端に下で爆発が起き、爆風で大きくあおられた。


 体勢を整えて、木の枝の上に降り立った次の瞬間には、目の前に炎の球があった。


 咄嗟とっさに顔を両腕でかばう。


 炎の球は『狭域持続障壁』を二枚破壊して、消え去った。


 勢いに押されて枝から落下するが、着地地点には当然攻撃が来ている。


 足元で爆発が起き、体はまた宙を舞う。三枚目の『狭域持続障壁』が砕かれた。


 くそっ。


 追加の『狭域持続障壁』を二枚起動させた。


 魔法陣の枚数には限りがある。使い切ってしまえば終わりだ。


 左腕のリングが一本消えた。あと六本。まだまだ余裕だ。


 リズとシャルムは十分離れただろうか。


 そろそろ俺も行かないと。


 再び木の枝に降り立ち、攻撃が来る前に飛び降りた。


 まずは『推進』だ。


 キンッ。


 二枚目の『推進』で、体が一気に加速する。もう一枚、行けるか。


 キンッ。


 後ろで火柱が上がった。


 目の前から火球が飛んでくる。


 キンキンキンキンッ。


 障壁で防ぎ、生じた熱風を潜り抜ける。


 これだけ近づけば行けるだろ。好都合なことに、炎の攻撃で邪魔な木は燃え尽き、ドラゴンまで一直線に開けている。


 急停止して、素早くトリガーを三回弾く。


 キンキンキンッ。


 魔法陣が起動し、目の前の空間が大きく膨れた。


 木々を押し出し、ゆらゆらと揺らめいている。


 巨大な空気の塊が現れて、それがきゅううぅぅっと一気に圧縮されていく。


 トリガーを腰に仕舞い、両手で剣を握る。


 五、四、三、


「いっけぇえぇぇぇっっっ!」


 二、


 俺は、圧縮された空気の塊を、剣で打ち抜いた。


 一、


 食らえっ!


 ひゅぅんっと音を立てて飛んだそれは、ドラゴンにぶち当たる直前、魔法陣に記述された通りのタイミングで、解き放たれた。

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