第43話 起動

 防御に構えた左腕ごとボキボキリと嫌な音がして、その痛みが訪れる前にすぐそばの木に当たって、力んで詰めていた息が肺から押し出された。


「ぅうあああぁぁぁっ!」


 ドサリと地に落ちたあとに、一気に痛みが襲ってきて、悲鳴を上げる。左腕が変な方向に曲がっていた。肋骨が肺にささったのか、息をするだけで痛いし、空気が上手く吸えない。


 痛い。痛い。


 木が僅かにしなったことが幸いし、右側の肋骨ろっこつは折れていなかったが、左だけで頭がしびれそうなほど痛い。


 油断した。まさか何枚か張っておいた『障壁』をぶち抜いてくるとは思わなかった。補助魔法もかかっているのに何だこの攻撃は。


 いつもなら吹っ飛ぶくらいで済んだのに。


 痛い痛い痛い。


 身じろぎするだけで痛くてどうにかなりそうだったが、うつ伏せになった体の下にあった右腕を何とか引っ張りだした。


 痛い痛い。


 まず回復。この痛みを何とかしないと。


 動けないどころか気絶しそうだ。


 痛い痛い痛い痛い。


 パチンとトリガーを弾く。


 魔石が砕かれてキィンと高い音が鳴る。


 しかし何も起きない。


 くそっ。


 集中だ集中。


 一瞬だけ。起動する一瞬だけ。


 拡散していく意識を、無理やりかき集めて、再び弾く。


 ふわっと空気が柔らかくなり、痛んでいるところがじんわり温かくなった。


 うまく起動できたようだ。


 ああしかし痛い。痛い。


 傷口をぐさぐさと刺されるような鋭い痛みが、傷口を拳でぐいっと押されるような痛みに変わっただけで、痛いものは痛い。


 叫びたいところをぐっとこらえる。喚き散らせば楽になりそうな気になるが、絶対その方が痛い。


 もう一枚。もう一枚重ね掛け。


 痛い痛い痛い痛い痛い。


 すると、ふしゅぅぅと生暖かく生臭い風が髪を揺らした。


 痛みに耐えようと歯を食いしばってぎゅううぅぅっと堅く閉ざしていた目を、薄く開ける。


 目の前には鋭いかぎ爪。


 黒くて光沢があり、少し傷がついている。


 その根元から向こうは細かい鱗が広がっていた。半透明の青白い色で魔石のような質感だ。


 再び、ふしゅうぅと髪に風が当たった。


 目だけを上に上げれば、大きな歯が並んだ口があった。


 細く鋭い歯が隙間なくみっしりと生えている。


 痛みはまだ引かない。


 逃げるのは無理だ。


 がばっとドラゴンが口を開けた。


 パチンと弾いて、タイミングよく、『障壁』を展開。


 顔を近づけたドラゴンはゴンッと障壁に頭をぶつけた。


 なんだこれとばかりにゴンゴンと頭をぶつけるドラゴン。


 その時、顔の横に、ころんと石が飛んできた。全体が青くて、中心が光っている。


 そこからじんわりと力が注ぎ込まれてくるような感覚がした。


 回復魔術が封入された魔石だ。


 ドラゴンが気をそらし、魔石が飛んできた方を見た。


「んあぁぁぁぁっっ!」


 リズが雄叫びを上げながら突進してきて、その顔を狙って剣を振った。


 しかし、ひょいっと避けられてしまう。


 前脚の鋭い一撃がリズを襲った。


 リズはそれをバックステップでかわす。


 何かがわき腹に触れた。


 温かいものが流れてくる。


「大丈夫か?」


 シャルムだった。


 体の中でごりごり何かが動いているような感触がする。


「はい。痛みはだいぶ薄れてきました」

「そうか」

「すみません。ヘマしました」

「黙ってろ。回復中はできるだけ動かない方がいい」


 地面から、ずしんどしんと振動が伝わってくる。


 リズがドラゴンを引きつけてくれている。


「あの、僕は大丈夫ですから、リズを……」

「よし」


 シャルムは、呪文を唱え始めた。


 その気配を感じ取ったのか、ドラゴンがこっちを向いた。


 後ろからリズが脚に切りつけているが、鱗に守られているからか、気にもとめていない。


 シャルムの頭上に向かって右前脚が伸びる。


 俺が障壁を起動しようとしたとき、シャルムが魔法陣で障壁を出現させた。


 口はまだ呪文を唱え続けている。


 障壁が消えた直後、シャルムの魔術が発動した。


 ドラゴンの上に火が現れ、雨のように降り注いでいく。


 火に当たった鱗には、ぴしりと音を立ててヒビが入った。


 ドラゴンは鬱陶うっとうしそうに首を振っていたが、リズがひび割れた部分を狙うと、ぐさっと刃が突き通った。


 ギャオォォッッ!


 大した傷ではないが、相当痛かったのだろう。リズを狙ってでたらめに前脚を振るう。


 リズはそのことごとくをかわしていた。


 シャルムは次の詠唱に入っている。


 早く早く早く。


 傷がふさぎきるのが待てずに立ち上がる。


 その時――。


 ドラゴンの頭上に赤い光が生まれた。


 中に浮かぶ四角い輪郭りんかくをもったそれは、アルトの洞窟で見た物に酷似していて。


 俺は痛みも忘れて叫んだ。


「逃げろぉぉぉっっっ!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る