第7話 協会
最初に向かったのは協会だ。
待ち合わせのためではない。持ち物や家の片づけは終えたが、やることはまだあるのだ。
協会といっても、小さな町だから大層な建物ではなく、外見は通りに並ぶ他の店と大差はないし、テーブルと椅子を運べばすぐに酒場として営業できてしまえるほどありふれた内装をしている。
大きな街や、それこそ王都ともなれば、ドームをもつ石造りの荘厳な建物で、窓には色付きのガラスがはまっていたりするのだが、黒髪にとっては敷居が高い。用がなくても世間話で気楽に寄れるような、このくらいの雰囲気の方が気が楽でいい。
「あれれ、何その格好。また旅に出るの?」
カウンターに近づくと、馴染みの受付嬢、サーシャが真っ先に俺の服装に目をつけた。群青色の髪がきれいな、可愛い子だ。
「面倒な依頼が舞い込んで来たんだ」
「もしかして今来ている特別審査官様がらみ?」
「当たり。しばらく家をあけるから、これを引き取って欲しいんだ」
抱えていた袋をカウンターの上に載せる。
「相変わらず変な素材ばかり使ってるね。たくさんあるし、特殊なものが多いから、少し安くなっちゃうよ?」
「わかってる。あとこれも」
ごんと重たい音をたてたのは、金属の棒。
「これも? これはさすがに、盗まれることはないんじゃないかなあ」
サーシャは吹き出して、くすくすと笑った。
笑うとえくぼが出来て、より魅力的になる。
「うちで一番高いのがこれなんだよ。万一無くなったら大変だ」
「わかった。引き取るね。代金は装飾品でいいかな。現金もいる?」
「半分は装飾品と、このリストにあるものを。残りは預ける」
「ずっと思ってたんだけど、この魔力封入済みの魔石の欠片って何に使うの?」
「……砕いてインクに混ぜたりするんだ」
「随分高価なインクね。引き取り物の中に違法な素材は……なし、と。他にご用は?」
俺は鍵をカウンターに置いた。
「あとは、これを預かって欲しい」
「家の鍵? まさか、私への告白のつもりなの?」
「えっ!?」
「冗談よ。
またサーシャはくすくすと笑った。
「査定と支払いの準備をしておくから、しばらくしたらまた来て」
「よ、よろしく」
カウンターから離れると、カウンター横にある階段からリズが降りてくるのが見えた。
「お、ノト早ぇな」
今のやり取りを見られたのかもしれないと思い、少しバツが悪かった。
「まだ終わってません。いくつか用事を片付けないといけないんです。彼は?」
「シャルはジジイどもにとっ捕まった。めんどくせぇ話とおべっかばっかで退屈でよ。メシは支部長んとこで食うっつってたから、あたしらもどっかで食おうぜ」
「まだ終わってないんですって」
「ならさっさと用事とやらを済ませに行くぞ」
「え、リズもついて来るんですか?」
「何かやましいことでも?」
リズが特審官の口調を真似た。口元はニヤニヤしたままなのに、妙な迫力があった。
「……ありませんけど、護衛はいいんですか」
「いーんだよ、魔術師やら剣士やらが周り固めてんだから。おっし、じゃあさっさと片づけて、美味い酒が飲める店に行くぞ」
こんな真昼間から飲む気なのか。
次の目的地は、協会のある中心部とは少し外れたところにある素材屋だ。少々お高い代わりに、滅多に出回らない素材も探してきてくれる。
一番のお得意様は恐らく俺だが、取引相手が俺だけということはないようで、ときどき他の客も見かける。
「おっちゃん、例のヤツ、届いてる?」
「ああ、届いてるよ。……一緒にいるボインの姉ちゃんは誰だ?」
髭を生やしたいかつい顔の店主は、リズをジロジロと見ながら、後半声を落としてささやいた。
「まあ、ちょっとした知り合い」
リズは薄暗い店の中の商品を興味なさそうに眺めていた。魔術師ならば珍しさに目を止めるようなものも並んでいるのだが、剣士であるリズには面白くもなんともないのだろう。
と思ったら、上位の回復薬が並んでいる棚の前で足を止めていた。
「なあ、なんでこんなにバカ高ぇ薬が並んでんだ? 買う奴いんのかよ」
「森に狩りに出る連中がたまに買ってくんだ。姉ちゃんもトラティット狩りに来たクチか?」
「トラティット? ああ、森の奥で繁殖してるっつー、角持ちのバカでかい牛か。……調合はここで?」
「……」
「……」
「まさか!」
「だよなぁ!」
一瞬の沈黙ののち、店主がガハハッと笑い、リズもワハハッと笑った。
ギロリと店主ににらまれる。
厄介な奴を連れてくるな。用を済ませてさっさと出ていけ。と目が訴えていた。
「あはは……」
俺だってリズがそんなところを気にするなんて思わなかった。
さすが特審官の身内というかなんというか。
俺もボロを出さないように気をつけよう。
「ほれ」
代金と引き換えに、袋を受け取った。念のため中を確認するが、相変わらずここの商品は質がいい。
「しばらく留守にするから、いつものやつ、入荷止めといて」
「わーったよ。気いつけてな」
店主は早く出ていけとばかりに、手で追い払う仕草をした。
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