第39話 準備

「ソフィ……だっけ?」


 俺は彼女を壁際に追い詰めた。


 顔の左横の壁に右手を押し付ける。


「ななななななんですの!?」

「急いでいるんだ。時間がない。お前の意志は関係ない。必要なのはお前の体だ」


 言って、大きく開いた胸元の、鎖骨さこつの間の下にトンッと指をのせた。


「俺の言うことは絶対。口答えせずに従うこと。まずはその服を脱げ。邪魔だ」

「な、何てことをおっしゃるの!?」


 ソフィは涙目でキッとにらみ、右手を振り上げた。俺はそれをパシッと左手で受け止めた。


「いいから早く脱げ。さっさと着替えてこい」

「き、着替え……?」

「当たり前だろ? そんなひらひらした服でできると思ってるのか? 邪魔にならず、汚れてもいい服を着てこい」

「……っ!」

「早くしろ」


 ソフィは見事な金髪をひるがえし、部屋を出てった。




「あの、これは、種は入れない方がよろしいのでは? 種が入ると魔力の伝達が……」

「言った通りに」

「ですが――」

「くどい」


「これをそのまま混ぜたら固まってしまいますわ。先に火にかけてから……」

「固まるまでの間に手でるんだ。その方がよく混ざる」

「素手で、ですの?」

「足でしたいのか?」

「そういう意味ではありません! 爪が……」

「切ればいいだろ。そこにナイフがある」

「そんな……!」


「あの、これはどうしたら……」

「……」

「魔法陣師さま。どうし……」

「……」

「……」

「あ? なんだ?」

「いえ、とても美しい魔法陣を描かれるのだなと思いまして」

「そりゃどうも。で、できたのか?」

「これがうまく砕けなくて……」

「ああ、それは、先にそっちの果汁を少し入れるといい」


「あの、お腹すきませんか? そろそろお夕食の時間が終わってしまいますわ」

「んー? 行ってくればー?」

「いえ、魔法陣師さまがお召し上がりにならないのであれば、わたくしも結構です」


「粘りが少ない。やり直し。水が少ないと逆に水分が出るからビビらずに分量通り入れろ。火も弱い」

「これ三度目ですのよ」

「だから?」


「あー、腹減った」

「もうこんな時間ですもの。わたくし、何かつまめるものをもらってきましょうか?」

「助かる」




「順調か?」

「ん? ああ。ぼちぼちだな」


 扉を開けて顔だけ出したパースに言葉を返す。


 やっべ体がバキバキだ。


 首を回したり、ストレッチをしたりして体をほぐした。


「もう遅いし、今日はこのへんにしておいたらどうだ?」

「寝たら終わらない」

「お前はよくてもソファーレン嬢はそうもいかないだろ」

「……そうだな。今日はもういいぞ」

「でもこれ、まだ終わっていませんし……」

「俺がやっとくから」

「そう、ですか。では、失礼します」


 ソフィは扉に手をかけた。


「で、彼女はどうだった」

「助かってるよ。教科書通りで柔軟性に欠けるし作業は遅いけど、飲み込みが早くて丁寧だ。成功率が低いから経費はバカにならないだろうけどな」

「へえ。ノトが褒めるなんて珍しいな」

「俺だって多少は丸く……」

「あの!」


 見ると、ソフィはまだ扉のところにいた。


「わたくし、まだできますわ。一日くらい眠らなくてもなんとかなります」

「俺は助かるけど……」


 ちらりとパースを見やる。


「さすがに淑女とノトを一晩中一緒にさせておくわけにはいかないな」

「魔法陣師さまはそんなお方ではありません。わたくしなら平気です」


 いや俺だって普通の男だから。いくらピュルに見えても中身はニルガだぞ。


 今は忙しすぎて全くその気は起こらんが。


「変な噂がたって親御さんに恨まれても面倒だからお前は一旦戻れ。ぐっすり寝て、明日早起きしてこい」

「……わかりました。おやすみなさいませ」


 今度こそ、ソフィは部屋を出ていった。


 パースはカチャリと鍵を閉めた。


 そして、にやりと笑う。


「ノト殿、ご所望の品、手にいれましたぞ」

「これはパース殿。さすがですな」

「なあに、私の手にかかればこのくらい」


 パースは懐から、血が染みついた一枚のボロ布と、油紙に包まれた青いきもを取り出した。


「さんきゅ」

「ドラゴンの血はわかるが、こんなもの、何に使うんだ? ……いや、やめておこう。これ以上聞くとやばそうだ」

「材料はやばいが、できるものはそんなにやばいものじゃない」

「いいや、これ以上危ない橋は渡りたくない」

「はいはい。冒険心の欠如は相変わらずだな」

「用心深いと言ってくれ」


 ソフィともう一日半作業に費やしたあと、三日目の夕方にシャルムとリズがバルディアに到着した。


「よぉノト。首尾はどうだ?」

「すみません、先に来てしまって」

「ひでぇ顔してたもんなぁ」


 よかった。怒ってない。


「魔法陣師さま、こちらの方々は?」

「特審官のシャルムと、その護衛で特級剣士のリズ」

「特別審査官さまと、特級剣士さま……」


 ソフィが目を丸くした。


「こっちはソフィ。魔法陣を描くのを手伝ってもらってたんだ」

「このような姿で失礼いたします。以後お見知りおきを」

「もう会わねぇと思うけど、まあ、よろしく」

「リズ! ……ノトが世話になったな」

「それはわたくしの方です。勉強させて頂きました」


 なんでシャルムが俺の保護者みたいになってるんだ。


「事情は聞いた。明朝早く出発するぞ」

「また濃いクマ作りやがって。今夜くらいはしっかり寝ろよ」

「夕飯は宿で食べる。片づけたら早く来い」

「はい。すぐに」


 二人は出ていった。


「魔法陣師さま、片付けはわたくしがやっておきますから、休んでください。一睡もしてらっしゃらないのでしょう?」

「助かる。手伝いも助かった。ソフィがいなかったら終わらなかった。素質あると思うぞ。学園に戻ったら勉強がんばれよ」

「はい。魔法陣師さまもお気をつけて」

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