第40話 出陣

 宿は協会が確保していたので、これまでよりも格段に豪華だった。


 もしかしたらスーリでもいい部屋だったのかもしれない。明かりもつけずにすぐに飛び出してしまったから、全然見てなかった。


 一通り打ち合わせを済ませたあと、シャルムが思いつめたような顔をして口を開いた。


「さらに村が一つ落ちたそうだ」

「……っ!」

「今はじっとしているようだが、またすぐに動き出すだろう。次は恐らくバルディアの目の前のミリム町だ。もう時間がない」

「それじゃ、俺たちが情報を持ち帰ったって、意味ないじゃないですか!」

「いや、討伐隊がすぐ後ろまで来ている。僕たちが戻った頃には合流するだろう。そこで作戦を立ててすぐに出発すれば、バルディアだけは守れるかもしれない」

「バルディアだけはって、そんな。ミリム町の人と、バルディアの人たちだけでも避難させましょうよ」

「ダメだ」


 リズが唇を強く強く噛んだ。噛み切ったところから、血がにじみ出ている。


「ミリムの町で多少持ちこたえてくれねぇと討伐隊が間に合わねぇ。バルディアまで来ちまったら、みんな逃げ出して情報統制なんざ意味をなさなくなる。だがそれでも少しは時間稼ぎはできる。その先は逃げ出した街や村があるばかり。王都まであっという間だ。だから、何が何でもバルディアここで止めなきゃならねぇんだ」

「だから、住民を犠牲にするって言うんですか」

「そうだ」

「そんなの……女王陛下がお許しになるわけが……」

「パースジェラルド殿から聞いただろう。これは陛下の勅令ちょくれいだ。陛下は、多くの国民を守るために、苦渋の決断をされたのだ」

「でも……!」


 ガンッとリズがテーブルにこぶしを打ちつけた。


「あたしらだって心から納得できてるわけじゃねぇよ! だからって、他にやりようがあるか!? 他に方法があるっつぅなら言えよ!」

「それは……」

「ならつべこべ言わずに明日のことだけ考えろ! あたしはもう寝るっ!」


 リズは扉をバンッと乱暴に閉めて出て行った。


「今度は一人で行くなよ? 失敗すれば少なくともバルディアは全滅する。最悪ターナリックの滅亡だ」

「わかってます。わかってますよ。パースにも言われました。だけど……!」

「……なんで陛下がノトを選んだのか、よく考えるんだな」


 そう言って、シャルムも部屋を出て行った。


 なんで選ばれたかなんて。


 魔法陣の解析ができてそこそこ戦闘力のある俺が、他の人材よりもたまたまバルディアの近くにいただけだ。


 絶対に眠れないと思っていたのにいつの間にか眠っていて、気がついたら夜明けだった。


 無為むいに過ごしたこの夜、一体何人が命を落としたのだろう。


 今日、何人が犠牲になるのだろう。


 ベッドの上で手を組んで強く握りしめる。悔しい。俺にもっと力があったなら。




 ドアが叩かれる。


「ノト、起きたか?」

「はい。すぐ行きます」


 嘆く《なげく》のはここまでだ。


 俺が終わらせてやる。


 軽く朝食を食べて、協会に向かった。


 最後の打ち合わせだ。


「パース、本当に魔法陣でわかっていることはないのか?」


 話し合いのあと、部屋を出る前に、パースに声をかけた。


「ない。魔法陣の存在を口にした兵士は、言い切る前に死んだ」

「魔法陣絡みだとしても、俺に読めるかはわからないぞ」

「ノトが見て欠片かけらもわからないようじゃ、誰にだって解読できないさ」

「なんで俺なんだよ。俺なんか、魔力のないできそこないなのに……」

「それを言ったら、ずっとドラゴンの近くにいたのに、誰かが来るのを待ってるしかできなかったオレはどうなるんだよ」


 パースが顔をゆがめた。


「……悪い。パースには、俺が戻ったあと存分に働いてもらう」

「ノトが出発してからも、討伐隊の受け入れ準備で大忙しだっての」

「頼んだ」

「それはオレのセリフだ。頼んだぞ、ノト」


 協会の前では、パースが用意した三台の馬車が待っていた。


 うち二台には、ミリムでの支援やバルディアとの伝達要員が乗り込んでいる。


 俺たちが失敗すれば逃げる間もなく彼らは食われて死ぬ。


 だというのに、志願したというのだ。女王陛下と大切な人のために。


 馬車に揺られながら、なんでこんなことになっているのだろうとぼんやり考えた。


 シャルムもリズも押し黙ったままだ。


 俺も、二人に話しかけられないでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る