第49話 絶望

 リズの近くに寄ろうとするが、前脚と頭が邪魔をして容易には近づけない。


 シャルムが半狂乱になって走ってくるのを止めるために、逆に離れることになった。


 ドラゴンの指の間からのぞくリズの顔は苦痛に歪んではいるが、息はしているようだ。しかしそれも長くはないだろう。


 シャルムを抱えていったんドラゴンから離れる。


「シャルムッ!!」


 わめいて暴れるシャルムを一喝いっかつ


「そんなんじゃ魔術も唱えられないでしょう!? リズを助けられるのはあなたしかいないんですよ! 特別審査官が聞いて呆れます。わめくことしかできないなら邪魔ですから下がっていてください!」


 そのままそこにシャルムを置いて、舞い戻る。


 ドラゴンは動けないリズに顔を近づけてふんふんと匂いをかいでいる。


 そして口がかぱりと大きく開いた。


「させるかっ!」


 その下に入り込み、あごを空に向けて蹴り飛ばす。


 靴のない片足では踏ん張りがきかなかったが、牙をリズから離すことはできた。


 そのまま『岩塊』で下顎したあごに追い討ちをかける。


 大きくったドラゴンは、たまらず踏みつけた脚を浮かせた。


 脚を横から蹴りつけて、さらにバランスを崩させる。十分に開いた空間から、リズを抱えて飛び出した。


 ドラゴンは慌てたように追いすがってきて、炎の塊とドラゴンのあごが同時に迫ってきた。


 すべてを避けきることはできず、『障壁』を起動させようとしたとき、ドラゴンの顔に水でできた槍が何本も突き刺さった。


 見れば、泣きながらではあるものの、シャルムがしっかりと立って呪文を唱えていた。次々と魔術がドラゴンを襲う。


 シャルムのかたわらにリズをそっと横たえ、『回復』の魔法陣を起動してリズに持たせた。


 シャルムは魔石をリズの上に置き、痛そうな顔をしながらも、攻撃を止めることはなかった。

 

 勢いに押されて下がるドラゴンに、俺も攻撃を仕掛ける。


 俺が攻めている間はシャルムが長い呪文を唱えて大技を放ち、俺が守りに入っている間は短い詠唱で間髪入れずに鋭い攻撃を入れてくる。


 強靭きょうじんうろこを傷つけるのは容易ではなく、斬撃から、『推進』や『跳躍』によって威力を増した打撃に切り替えたが、鱗が割れていくのみで、ドラゴンにどれだけのダメージを与えられているのかわからない。


 腹の魔法陣は、表面に傷をつけても無駄だった。どうやっているのかは知らないが、魔法陣本体は内部に刻まれているのだろう。


 ダメだ。


 このままではじり貧だ。


 魔法陣の枚数も残り少ない。


 離脱するにしても、もうギリギリだ。


 ギリッと奥歯を噛み締めたとき、魔法陣が再び光を発し始めた。


 一度目と同様に、みるみるうちに傷が癒えていく。


「また回復だと!?」

「んだよ。まだ終わってねぇのか?」


 シャルムの叫びに応じるように、リズが魔法陣を起動させながら体を起こした。


「だいじょう――」

「――ぶなわけねぇだろ」


 剣を杖にして、よろよろと立ち上がる。


 リズは満身創痍まんしんそうい。俺の魔法陣はぎりぎり。シャルムの魔力もおそらく限界。


 対してドラゴンはピンピンしている。


 回復中は動けないのか、ドラゴンはその場でじっとしている。


 逃げるなら今しかない。


 しかし二人を連れていく余裕はない。


 し、おとりがいなければ逃げ切れない。


 潮時だ――。


 考える時間があったのがよくなかった。


 迷うことなく決断するはずの場面。


 チリリッと首筋がうずいたときには飛び出していた。


 ドラゴンの見開いた目の先。


 出現した一本の炎の槍と、シャルムとの間に。


 伸ばした左腕からはリングが消えていた。


 トリガーを弾く。


 キィンと音が――しない。


 撃鉄は魔石があったはずの空間を叩いた。


 魔石切れ。


 右手を腰に回しても間に合わない。


 シャルムの息を飲む音が聞こえた気がした。


 障壁が出現するも、槍に突き破られる。


 魔石の残数を忘れるなんて、初歩的なミスを。


 複合魔法陣の効果が切れたのなら丸裸も同然だ。


 俺はまだ死ねないのに。


 師匠――。



 ドンッと強い衝撃がした




「ぐぅうあああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

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