第36話 時間稼ぎ

 バルディアの雰囲気は、俺が飛び出して来たスーリとは全然違った。


 スーリは情報がなくてざわついていた。バルディアも情報がないのは同じようだけれど、空気が張り詰めていて、道でも酒場でもみな険しい顔をしていた。


 協会の周りも、スーリのように人が集まっていることはなく、せわしなく出入りしている人ばかりだった。


 入口の前には憲兵が立っていて、物々しい空気をかもし出している。


「すまんが、関係者以外立ち入り禁止だ」

「呼ばれて来たんですが」

「では、それを証明するものを」


 証明?


 なんで?


 情報統制か。


 証明するものと言われても、勅令ちょくれいはシャルムが持っているし、対外的には俺はシャルムの同行者ということになっていて、しかも同行者の名前は明らかにされていない。


 例え協会側が俺が勅命をたまわったことを知っていたとして、身分の証明ができない。


 もしかして、一人で来ても意味なかった?


「証明できないなら入れるわけにはいかない」

「いや、でも……」


 その時、中にいた一人の魔術師が、こちらに気がついた。


「ノト! 早かったな!」

「パース!? どうしてここに?」


「どうしてって、そりゃあ、魔法陣が関係してるんだから、研究班が来るのは当たり前だろ」

「パースジェラルド殿のお知り合いで?」

「こいつは関係者だから、入れてやって」

「そういうことなら。どうぞ」


 かつて魔法陣研究班で一緒だったパースジェラルド。


 紫紺の長髪を頭の後ろでくくった優男だが、なかなかどうして魔法陣に対する造詣ぞうけいが深い。実践派の俺と違って、文献に当たるのを得意としている。


「俺が来ること知ってたんだな」

「そりゃあ、局長に言われて来てるから」

「師匠が……そりゃ断れないな」

「断るなんてとんでもない。こんな現象は初めてだから楽しみだ。ノトは相変わらず局長が苦手なんだな。――上行こう」


 パースについて階段を上がっていく。


「さんざん振り回されてきたからな」

「とか言って、本当は好きなんだろ?」

「そりゃあ、まあ、好きか嫌いかって言われたら好きだけど……本人には言うなよ!? こっぱずかしいから」

「言ってあげればいいのに。せめて感謝の言葉くらい」

「そう簡単に言えるかよ」

「あとで後悔しても遅いんだぞ」

「……わかってる」


 パースが、一番奥の部屋の扉の前で止まった。


「覚悟はいい?」

「覚悟?」


 パースが扉を開ける。


 そこは、大きな会議室で、壁一面に紙が貼られ、情報が書き込まれていた。


 中央のテーブルには地図が置いてあり、六人の男女がそれを囲んで喧々諤々けんけんがくがくたる様子だった。


 正面の壁には時系列で出来事が書かれていた。


「なん、だ、これ……」


 ロンダ村――壊滅。


 ズール村――壊滅。


 ラース村――壊滅。


 ワルキュア町――壊滅。


「壊滅って、なんだよ」

「そのままの意味だよ。ドラゴンによって、壊滅した」

「女王陛下のご加護は!?」

「ドラゴンは女王陛下のご加護の及ばない相手だ。魔物は国の境界で、獣は街の境界と街道には入れないが、その逆は可能だから、国内にいるドラゴンが街に入ることはできてしまう。今まではじっとしていてくれただけ。知ってるだろ?」

「それは、そうだけど……壊滅って……。そうだ、住民は!?」


 パースは何も言わずに目を伏せた。


「っ! ……他の、村の人を、避難させないと」

「だめだ」


 よろよろと出て行こうとした俺の肩を、パースがつかんで引き止めた。


「だめって、なんで」

「女王陛下の勅令だ。ここから西の村や町の住民は、避難させない」

「な、んで……? 女王陛下がそんな、勅令を、出すわけがないだろっ!?」


 パースは目をそらした。


「時間稼ぎなんだ」

「は?」

「ドラゴンはこちらに近づいてきている。村を襲っている間、ドラゴンは足を止める。その後もしばらく動かない。住民を避難させると、素通りしてしまうんだよ」

「それって……!」

「ああ。食べてるんだ。住民を」

「……っ!」


 ガッ!


 俺は思わずパースを殴っていた。


「ちょっとそこのあんた、手伝わないなら出てって! 邪魔よ! パースも油売ってないで早くこっちにきて!」


 六人のうちの一人、協会の制服を着ている女が、こちらをにらんだ。


「お前ら、住民を見捨てて平気なのかよ!?」

「平気なわけないでしょっ!? だから早くなんとかしないといけないのっ! 邪魔するなら出てってよっ!」

「だめだ」


 パースが左ほほを押さえながら立ち上がった。


「こいつがいなければドラゴンは止められない。あの魔法陣をなんとかしないと、この国は滅亡する」

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