第18話 乳母と乳姉妹と乳兄弟と(2)

【バッファロービル五階 ユリアナ・オルクベキ所蔵宝物庫】


クロウ「此処? 此処にか?!」

 人間形態のクロウは、ユーシアが此の階をサリナ軍曹の臨時病室として使用するつもりなので、慌てる。

ユーシア「話はユリアナ様に通した。掃除と寝具の持ち込みが終わり次第、サリナさんとタウを、ここに引っ越しさせて、休ませる。今は二人とも寝ているから、実際の移動は、もう少し先」

エリアス「退院の手続きもありますので、入居予定は明日になります」

クロウ「待てい、ユーシア。我々は自我を持つ宝物だ。いきなりプライベートを乱されると、困るので時間的な余裕をもう少し…」

ユーシア「寝ていろよ、宝物らしく。タウは聖剣に興味がないだろうから、放っておいてくれるぞ」

クロウ「その言葉、我々への宣戦布告と受け取った。一同、この蹂躙に対して…おい、起きろ! 寝込みを襲われておるのだぞ?!」

 返事は、ない。

 他の宝物達は、これから新生児が寝泊まりすると聞いた瞬間、封印用ケージで寝入る判断を下す。

 暇を持て余している宝物たちにとって、暇潰しは室内でも封印用ケージ内でも変わりはない。

ユーシア「掃除は、大丈夫そうだな」

エリアス「良好です。新生児が入居しても、問題のない汚染度です」

クロウ「毎日、我が掃除しているからな」

ユーシア「問題は空調だな。汗っかきの宝物とか、冷えるのが駄目な宝物は、いる?」

クロウ「イヤミか? 全員、戦争や終末を経験した豪の者だぞ」

ユーシア「気遣いの足りなさに怒っている様だから、慮った」

 全く済まないという気持ちを微塵も見せずに、ユーシアは気を遣ったアリバイだけ残そうとする。

クロウ「ユーシア。君は基本的に、人をイライラさせる天分に満ちている」

ユーシア「自覚しているよ。取引する?」

クロウ「…合体についてか?」

ユーシア「試しに一時間、身体を貸してアキュハヴァーラを散策してもいい」

クロウ「……三日」

 クロウは迅速に妥協して、獲物との合体条件を談合する。

 というより、この条件が出されるまで、ごねる気でいた。

ユーシア「一時間」

クロウ「一時間で遊べると思うてか、この娯楽街で? 小学生の基準で考えるな。娯楽は一生を費やしても味わいきれない、膨大な人類史の結晶ぞ」

ユーシア「ふむ。九十分」

クロウ「せめて三時間と言ってくれまいか?」

ユーシア「では二時間で決定」

クロウ「勝手に決定という勿れ」

ユーシア「二時間でいいかな?」

 クロウは更に交渉しようとしたが、

クロウ「よかろう。最初は二時間で良い」

 最初は二時間で妥協した。

 一度合体さえすれば、捨てるには惜しい宝物であるという自負が、クロウにはある。

クロウ「で、何時からだい、美少年忍者」

 クロウは声音を甘くしながら、ユーシアの首筋に指を這わせようとするが、ユーシアは気にもせずに予定を練る。

ユーシア「今日は時間を取れないし…土曜日の午前中。土曜の十一時から十三時まで」

エリアス「確認。空いております」

クロウ「よろしい。爆発しそうで困っている母子を匿おう」

ユーシア「大袈裟に言うな」

 ユーシアは、母子用の寝具を影から引き出し、設置を開始する。

ユーシア「ちょっと、室内の発火点が、増すだけだ」

エリアス「火災発生の確率が35%上がりますが、室内の消火設備で対応可能です」

 曰くありげな古代文書が、ヒトデの様に動いて封印用ケージを開けると、消火器を抱えて中に戻る。

ユーシア「あの宝物だけ、別に移そうか?」

クロウ「あやつは怖がりなだけだ。サリナに燃やせたら、むしろ褒めてやる」

エリアス「『マルドュク・コリル写本』異世界や死滅世界も含めた、全ての魔法が引用可能な魔導書です(イリアス商会当社比)。代償として、使用者の使用量に応じて、死後に編纂してしまう宝物です。ザイゼン母子に危険が及ぶ可能性も有りますが?」

 ユーシアは、『マルドュク・コリル写本』の封印用ゲージの前に立つと、扉の隙間から警告する。

ユーシア「分かっているだろうが、俺は君がザイゼン母子に近寄ろうとしただけで処分するし、ザイゼン母子が近寄って来たのに拒まなければ、処分する。それに相当する紛らわしい行為をしても、処分する。挑発しても処分するし、逆恨みしても処分する」

 宝物を真顔で脅迫し始めたので、クロウとエリアスがユーシアを封印用ケージから引き離そうとする。

クロウ「やめなさい! その魔導書の人格は、ゴスロリ美少女だから! 心を折りにいかなくてもいいから! 優しくしてあげて!」

ユーシア「ボスロリ美少女?」

クロウ「ゴスロリだ、ゴスロリ。ほら、『ローゼンメイデン』とかに出てきそうな、あんな感じの」

ユーシア「ああ、何となく分かった。リップも偶に着ていたし」

クロウ「分かっていてやったろう、おぬし」

ユーシア「かもなー」

クロウ「(放送禁止用語連発)」

 ユーシアの、危険と見做した者への態度の悪さに、クロウはリミッターが外れる程に呆れる。

クロウ「二度と、やるな!」

エリアス「ユーシア。お願いだから、リップ以外の女の子にも、甘く親切に接しましょうよ」

ユーシア「それとこれとは、別だと思うなあ」

 エリアスがジト目で頬を人差し指で連打するので、ユーシアは脅迫をやめて、最後に優しい口調で念押しだけをする。

ユーシア「処分するという言葉の意味は、最も悪い意味を採用した方が良いよ」

 口調以外は、何も優しくない、通告だった。

 余計に、怖い。

コリル「念押ししなくても、寝ているわよ!」

 『マルドュク・コリル写本』は、発言する為に人間形態のゴスロリ美少女スタイルに変身して返事をすると、元に戻らずに不貞寝しながら喚く。

コリル「この形態なら、魔導書として機能しないから、母子は安全よ! これで気が済んだ?! それとも周囲の床にクレイモア地雷でも埋めとく? 好きにすればいいのよ、この(問題が極めて多い罵倒言葉が含まれるので自主的自粛)忍者小僧!!」

 腹いせに、抱き抱えた消火器に人格を付与して、名前を付けて奴隷にする。

コリル「さあ、立ちなさい、秒速丸。この部屋で火事が起きたら、コリルだけを守って死ぬのよ!」

秒速丸「がってん!」

 秒速丸は立ち上がると、コリルを見限って定位置に戻り、普通の消火器として生きる道を選ぶ。

秒速丸「僕はここから、いつまでも母さんを見守っているよ(きらーん)」

コリル「裏切り者め、豚として生涯を終えろ。言っとくが、お前らのほとんどは、使用されずに廃棄だから! 使用されずに廃棄だから!」

秒速丸「それこそ、本望です」

コリル「うがあああああああああ」

 コリルは呻きながら、自分だけピザの宅配を頼んで、不貞寝を続ける。


 放っておいても良さそうなので、ユーシアはクロウとの話に戻る。

ユーシア「明日の昼前には引っ越して来るから、他に問題が有れば、言ってくれ。俺が対処する」

クロウ「この件は、他に回さなくていいのか? てっきり、フラウに丸投げすると思うた」

ユーシア「乳母孝行していないから、この機会にしておく」

クロウ「ふうん、身内には親密だな」

ユーシア「含みのある言い方だな」

クロウ「アキュハヴァーラの犯罪現場をチラ見しては通報し、摘み食いしては通報し、刃傷沙汰なら勇んで介入。ちと、匙加減に、危うさを感じてな」

ユーシア「通りすがりに、出来る事をしただけだ。自覚していない落ち度でも有った?」

 ポンポンと会話を交わしてきたが、一番の懸念事項なので、クロウは視線を強める。

クロウ「各事象への過不足ではない。君は今、アキュハヴァーラ全体を護るかのような動きをしている。その行状は、制御能わぬ程の、高名をもたらすであろう。その先を、憂いてしまうのだ、歳を経た宝物は」

ユーシア「高名?」

エリアス「既にネットでは、『アキュハヴァーラのイージス忍者』として、トレンドに上がっています」

 ユーシアは、エリアスに該当するトレンド記事を見せてもらいながら、今日半日の自分の行動を、客観的に分析してみる。

ユーシア「…俺を都合の良いヒーローと勘違いしている?」

 まるでアキュハヴァーラでなら犯罪に巻き込まれても、ユーシアが都合よく現れて助けてくれるという風説が、拡がっている。

ユーシア「アホか。そんな訳ないだろ」

クロウ「君は雇用主に良い顔をしながら恋人を守っているだけだろうが、庶民から見たら、ヒーローだ。それも、速くて上手くて超便利なヒーローだ。君の想像以上に頼りにされるだろう」

ユーシア「成る程。ユリアナ様の下心は、理解した」

 ユーシアの碧眼が、不穏に揺らぐ。

ユーシア「世間様の関心を集めさせ、ヒーローとして俺の人生を消費させ、面倒な事件に巻き込まれ易いような人生へと、突き落とす腹だな」

 それ以上に『激務で殉職してくれないかな』という呆れた存念なのだが、ユーシアは今日半日で充分に神経を苛立たせる。

クロウ「ん? 待て待て。ユリアナ様は、別に君を社会的に消費したい訳ではないぞ? あまり悪く受け取るなよ?」

ユーシア「もっと悪い。俺とリップの時間を、大幅に削ろうと、俺の仕事内容を誘導した」

 ユリアナに八つ当たりしようとするユーシアの心理に、クロウは責任を感じて解そうとする。

 悪化すると最悪、ユリアナの寿命が不自然に短縮されてしまう。

 そうなると、クロウは再保管先の確保に苦労する羽目になる。

クロウ「早まるな、ユーシア。君の事件を察知する能力が秀逸な故に、娯楽街で過敏に事件に遭遇したのだ。本日の多忙は、ユリアナ様とは関係ないぞ。君がアンテナを広げ過ぎただけだ」

 言われてユーシアは、深呼吸をしながら何度もその意見を考え直し、受け入れた。

ユーシア「確かに、事件の察知能力が、鋭敏だっただけだな。うん、ユリアナ様のせいでは、ない」

エリアス「・・・」

 ユーシアの事件察知能力まで見越してアキュハヴァーラ全体を守れとけしかけたという真実に考え至らず、ユーシアは「上司を恨まずに済ませたい」心理に流される。

 ユーシアだって、就職して二日目で上司の処分は考えたくない。

ユーシア「そうだね。上司の所為にするのは、いけないな(と、思っておこう)」

クロウ「それで良い美少年忍者。あ、ほら、時間だ。歓迎会を楽しむといい。気晴らしは大切にな(そしてこの件は忘れてしまえ)」

エリアス「十分前です。行きましょう(そしてこの件は失念してください)」

ユーシア「幹事がレリーだから、何かをしくじっているだろうけど…まあ、いいや」


 時間に厳しい美少年忍者とエリアス・アークが他階層へ移動してから、クロウはため息を吐く。

クロウ「ユリアナ様より我の方が、きっと酷い事をするよ」

 コリルが、クロウの後頭部に、指先から魔法弾を二十発放つ。

 本来なら一発でビルの一階層を吹き飛ばせる威力だが、クロウに触れる寸前に、摺り下ろされたチーズの破片のように、溶かされてクロウに吸収される。

コリル「誰も幸せに出来ないくせに、子供に取り憑こうとしないでよ!」

 クロウは何の弁解もせずに、コリルの罵声を身に染みさせながら、封印用ゲージに戻る。

クロウ「少し寝るよ。ずっと起きたままで、気が狂っているかもしれないから」

 そこで人間形態を解くと、クロウは本来の姿に戻る。

 それは丈夫で美しい鞘と、八本の折れた聖剣だった。

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