第28話 アキュハヴァーラのイージス忍者(7)

【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店横 喫茶店『バンバラバンバンバン』東側客席】


 五分前。


 ユリアナから警報シグナルを受け取ったユーシアは、秒で銀行の中に入ってしまった。

 リップに一言も言わずに。

「うわあ、本当に非常事態なのだね」

 妙に感心してしまい、エイリンが未だ席に座って菓子パンを食べたままなのに、気付くのが遅れる。

「エイリン。エイリンも、行くべき用事だと思うけど?」

「待って、待って、食べてから!」

「食べながらでも、行くべきであります」

 イリヤが、初動の遅いエイリンに、厳しめに促す。

 食いながら、エイリンは席を立つ。

 銀行の正面玄関に着く頃には食べ終わったが、銀行のセキュリティシステムが働いてシャッターが閉まり、入れずに引き返して来た。

「無理矢理、力で抉じ開けたら、怒られるかな?」

「怒られるであります。とっても、怒られるであります。止めるであります」

 イリヤに大真面目に断固としてキッパリと断言され、エイリンは凹む。

「じゃあ、直接屋上に、行ってくる」

 エイリンはそう言い置くと、銀行の外壁を一気に駆け上がろうと、ダッシュする。

 極めて楽々と、エイリンは銀行の外壁を駆け上がっていく。二階から三階へと駆け上がった所で、エイリンは背後からピンクのリボンに絡め取られて、路上に引き戻される。

 怪力を発揮して引っ張り返してもよかったが、相手がピンクのロリータファッションに身を包んだ、同年代の美少女だったので、控えた。

「何ですか? 急いでいるから、手短に」

「手短に」

 美少女のロリータファッションが、瞬時に桃色の格闘服に変化する。

「気短に」

 リボンで絡まれたままのエイリンの頭部に、桃色の格闘服美少女が、正拳突きを叩き込む。

「潰せると良かったのになあ」

 頭を叩き割るつもりで放った正拳突きを頭部の横に受けながら、ちょっと顔を顰めた程度で、エイリンは軽くリボンを怪力で引き千切る。

「今のは、殺すつもりでしたね?」

 エイリンは彼女を、ようやく敵と認識した。

 お互いの距離が、自然と三歩以上離れる。

 『桃色戦鬼』クウサは、衣装と体格を戻さずに、エイリンに相対を決める。

 戦闘力はまだ測りかねているが、度を越したフェミニスト教育を受けているとは見抜いたので、今回の戦闘は『格闘服美少女』で通す事にした。

 そして、手加減をせずに、鋼鉄の鍵爪を付けた手刀で、エイリンの頭部を狙う。

 エイリンは頭突きで、鋼鉄の鍵爪を逆に破壊する。

 結構お気に入りだった鋼鉄の鍵爪をアッサリと壊されて、クウサは時間稼ぎに質問する。

「…君は、何を食べて育ったのかな?」

 クウサの問いに、エイリンは「美乳の母乳」と言いかけて、それじゃあユーシアと同じだと気付いて他のセリフを選ぶ。

「おっぱい」

 クウサのアッパーパンチが、エイリンの顎を打ち抜いて、五メートル程ふっ飛ばした。

 セクハラ発言には、鉄拳で制裁をする、クウサだった。

「今のは殺し合いとは別の、教育的指導だから」

「はい」

 エイリンは直ぐ起き上がると、無傷で済みそうにないので、戦いに集中する。

「では、変身します」

 エイリンは宣言してから、中古の武鎧『武蔵』の変身ベルトを取り出す。

 ユーシアのように秀逸な回避力や、イリヤのような一流の剣捌きを持たないエイリンが、最前線で戦うために選んだ、変身ベルトである。

「変しっ…」

 腰に変身ベルトを巻くと同時に、クウサが速攻で攻めて来る。

 変身ポーズを取ろうとしたので対応が遅れ、エイリンは回避に失敗し、変身ベルトを蹴り壊された。

「今のは教育的指導とは別の、ただの普通の殺し合い」

 エイリンは、壊れた変身ベルトを手にしたまま、泣き始める。

「ローンで買ったのに…」

 エイリンが泣き始めたので、クウサは相手が子供だと思い出す。

「あのな、少年。敵の目の前で変身しても無事でいられるのは、テレビの中のヒーローだけだから」

「ローンで買ったのに!」

 エイリンの身体が、一回り膨れる。

 頭髪が伸び、紅白の体毛が、エイリンの全身を覆い始める。

 爪が天然の虎爪と化し、顔は猛る虎の形相に。

 赤と白の体毛を持つ虎獣人化したエイリンが、クウサに対して喉を鳴らす。

「君は、何を食べて育ったのかな、本当に」

 クウサは、クロイスみたいに平気で前言撤回したくなってきた。



 リップとイリヤは、店で大人しく、ユーシアを待っていた。

 エイリンの初陣も、暖かく見守る。

 虎獣人化しないと戦いにならないだろうとは想定していたので、動じずに見守る。

 見守っていると。互角のど突き合いになっている。

 エイリンの攻撃は悉く躱されてはいるが、クウサも有効打を与えられずに、お互いのスタミナだけを消耗し合っている。

「エイリン君、満足そうでありますな」

「まだまだ。この程度で満足しちゃイカんがな」

 リップとイリヤは、お茶を続けながら高みの見物である。

 屋上からラスター号が離陸したので、リップはユーシアがユリアナを守り抜いたと、知った。

 その五秒後に、館内から連続して凄まじい爆発が響き、屋上が一部、吹き飛んだ。

 リップとイリヤの視線が、屋上に向く。

 周囲に駆け付けてきた警官たちの視線も、屋上に向いた。


 この一週間で最もよく見た黒装束の武鎧が、ズタボロに大破して、屋上から上空へと舞い上がるのが、見えた。

 いつもなら、吹き飛ばされても猫のように小癪に着地する美少年忍者が、力なく落ちるのを、見た。

 リップの耳に、受け身が取れないユーシアの身体が、屋上に叩き付けられる音が、聞こえた。

「イリヤ」

 リップに声を掛けられると同時に、イリヤは席を立って、大太刀『結城』を抜刀する。

 武鎧を装着する準備である。

 ユーシアを助けに行く準備だが、イリヤはリップの言葉を待つ。

「市街地での、『結城』の装着を認めます」

 リップの携帯端末に、ユーシアの最新データが、瀕死と表示される。

 リップは携帯端末を睨みつけると、テーブルから一歩離れる。

 そして、イリヤだけを見据える。

 イリヤの立場上。リップが命令しない限り、側を離れる事が出来ない。

「ユーシアを助ける為に、全ての破壊と殺戮を、承認します」

 リップは、イリヤに、頭を、深々と、下げる。

「ユーシアを助けてください」

 下げた頭から、涙が滴って、路面に落ちるのが、見えた。


「『結城』装着!」


 武鎧を装着する言葉を発しながら、イリヤは全力で疾走する。

 大太刀『結城』の鞘が花弁のように大きく広がり、全開で疾走をする主人の身体を隙間なく覆い尽くす。

 鞘だった金属帯が、暖かく爽快な青色系の武鎧へと変化し終え、イリヤの疾走を加速させる。


 クウサは、新手が銀行に向かうのを見て、エイリンを放ってイリヤの足を止めようとする。

 桃色のリボン八条と爆弾ボールが、武鎧を纏った青騎士イリヤの進行方向に放たれる。

 青い鷹を模した意匠の兜の下から、短くも激しい気合の声を発しながら、イリヤは抜き身の大太刀を振るう。

 イリヤの斬撃は、八条のリボンを全て切断し、爆弾ボールを斬り払い、爆発した爆弾ボールの爆風そのものをも斬り払って四散させた。

 クウサの攻撃は、イリヤの疾走を微塵も止められなかった。

 イリヤは銀行の玄関を閉ざすシャッターも、同様に斬り払って押し通る。

 そのシャッターの強度を知る警官たちが、イリヤの斬撃の威力に、どよめく。

 クウサは、強敵が仲間の所に到達してしまったので、殿役を果たせなかった事を悔やむ。

「すまない、クロイス。あんたと同レベルの奴だ。止められなかった」

 警官たちに十重二十重にされながら、クウサは一応、仲間に謝罪した。


 その横を、リップが通り過ぎる。

 イリヤの斬り開いた突破口から、イリヤを盾にして銀行内に歩を進める。


 武鎧『結城』を装備したイリヤの斬り込みを見て挫けてはいても、駆けつけた警官たちに囲まれて投降時を探ってはいても、クウサは一切、この戦域で注意力を下げていない。

 そのクウサの横を、クウサに何の反応も取らせず通り過ぎた美少女に、クウサは怖じた。

 クウサの鍛えて練り上げてきた全ての戦闘感覚が、緑宝石の長髪を靡かせた美少女への手出しを、控えさせた。

(あれが、プリドラゴン三世の二八女…)

 怖じた事に衝撃を受け、エイリンの拳が胃袋を強打する一撃を、避けられなかった。

 ダウンしかけたクウサに、警官たちが捕縛しようと群がる。

 その段階で『桃色戦鬼』クウサは、本来の大きさに戻る。



 全高十四メートルの『桃色戦鬼』が、アキュハヴァーラに出現した。



 エイリンが、その足下から、さっき腹パンを決めた相手を見上げる。

「黒?! パーソナルカラーが桃色なのに、黒!?」

 『桃色戦鬼』クウサは、エイリンを踏み潰そうと、足を振り下ろす。

「教育的指導かつ、死刑」

「ラッキースケベは、無罪!」

 エイリンは両手で『踏み潰し攻撃』に持ち堪え、踏ん張って押し返そうと怪力を全開にする。

 周囲の警官達はエイリンの怪力に感心しつつ、『桃色戦鬼』クウサの顔や防御の薄そうな箇所に拳銃で発砲を始める。

 効いていないので、ライ・ディアス警部(武鎧『黒羊』装備済み)は発砲を止めさせる。

「射撃は止めとけ! 巨人用の武鎧を装着済みだ。流れ弾の方が怖い」

 ライ・ディアス警部は、足の指に狙いを絞って攻撃しようとするが、クウサはリボンを回して騎士クラスの警官を近付けさせない。

 エイリンは、押し止めているクウサの足を念入りに凝視する。

 脚部を覆う桃色のタイツは、確かに銃弾でも全く破れていない。

「タイツ型の武鎧…」

 何かに感動して、エイリンの動きが止まった瞬間に。

 クウサが踏み潰しを諦め、トゥーキックでエイリンを蹴り飛ばす。

 アキュハヴァーラの街中を、エイリンは90メートル程飛ばされて、転がった。

 それでもすぐに起き上がって、鼻血を拭きながら向かって来たので、クウサも警官達も呆れた。

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