第29話 アキュハヴァーラのイージス忍者(8)
【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 三階 中央階段(三階〜一階)前】
『黒夜叉』クロイスの身体が、戦闘可能な領域まで回復する。
ユーシアが装甲ごと斬り飛ばした胸部と両腕の傷は塞がり、痕跡は僅かな皮膚の張り具合のみ。
両手剣ドラゴンハートをススキのように軽く振り回しながら、コンディションを確認して宣言する。
「じゃあ、美少年忍者に、トドメを刺してくるわ」
「此処からは離れて、もう逃走するべきでは?」
ヤクサの正論を、クロイスは私見で砕く。
「ユーシア・アイオライトに追われる心配をしながら生きるのは、無理だ」
「一度逃げて、追わせて待ち伏せした方が、効率良いですよ」
「小官がユーシアなら、徒党を組んで黒夜叉隊を包囲殲滅出来る戦力で追うぞ?」
ヤクサは反論を止めて、諸手を挙げてクロイスを支持する。
屋上へと向かおうとしたクロイスだが、ユーシアが吹き飛ばされて開いた穴から、ヤバそうな光輪を幾重にも纏った魔女が、クロイスたちに底冷えのする視線を向けながら、ゆっくりと羽毛のように降りて来る。
特に気絶しているヴァラに、シーラ・イリアスの視線が集まる。
ヴァラに向けて、光輪が二つ、放たれる。
クロイスが両手剣ドラゴンハートを振るって、光輪二つを斬り落とす。
斬られて落ちた光輪は、消失するまで周囲をチーズケーキのように切り削る。
クロイスを盾にして、ヤクサはヴァラを抱えて階段の下へと下がる。
お互い倒し難い強敵のようなので、シーラ・イリアスの方から、妥協案を提案する。
「こちらが殺したいのは、そこの魔法使いだけよ」
「小官が殺したいのは、屋上の美少年忍者だけだ」
妥協案を破棄し、シーラ・イリアスは右手の指五本の先から、殺意を込めて光線系攻撃魔法を放つ。
光で形成された五筋の竜が、光の涎を垂らしながら、三人を階段ごと呑み込もうと迫る。
非常事態なので、クロイスはヴァラの許可を取らずに事を進める。
武鎧『黒夜叉』が、臀部装甲から尻尾を伸ばしてヴァラを頭部から吸引する。
武鎧『黒夜叉』の破損した胸部装甲が、ヴァラの身体で再構築される。
ヴァラのデスマスクのような形をした胸部装甲から、爆発魔法が放出される。
光の竜の牙が押し止められ、両手剣ドラゴンハートが一条ずつ斬り払う。
五発同時の『光牙竜波』を潰し返したクロイスの武威に、シーラ・イリアスは呆れた。
呆れつつも、交渉はしてあげる。
「自分から標的と一体化するなんて、変わった趣味をしているのね?」
「ヴァラはもう、武鎧の一部分だ。小官の事は、想い人の仇を討った恩人として遇するべきだと思うが?」
「ユーシアを諦める?」
「ユーシアが追撃を諦めてくれるなら」
ギレアンヌからシーラの脳に、この五分間のヴァラの戦闘情報が密告される。
ギレアンヌ『重傷の時に庇ってくれた仲間を、武鎧の修復材料に使うような外道だ。取引は一切するな』
シーラ『そうようねえ』
シーラが銀行への配慮を下げて、階段ごとクロイス達を攻撃魔法で覆滅しようと決意すると、階段の下に武装したイリヤが突入して来た。
イリヤなら死なないだろうと、巻き添えの危険を構わずに攻撃魔法を続けようとするが、リップまで入って来る。
シーラから見ると邪魔でしかないが、銀行をこれ以上壊さずに敵を排除出来ると思い直し、イリヤの戦いを見守る。
そんなシーラの心中に御構いなしに、イリヤは騎士らしく名乗りを上げる。
「おはようからおやすみまで、リップお嬢様を見守る騎士、イリヤ・O・ソレイ。推参であります」
「余裕だな!」
ヤクサが電撃を込めた数メートル幅の霧を放射するが、イリヤの斬撃で、秒で散らされる。
「後ろにお嬢様がいるのに、範囲攻撃をするのは反則であります!」
「だったら連れて来るなよ! 守役なら!」
「お嬢様を止めるのは、不可能であります。止められた事など、一度も無いであります!」
イリヤは胸を張って、リップが制御不能だと主張する。
「止めるのが不可能である以上、先に立って道を切り開くのみであります!」
大太刀の切っ先を、階段を全て貫くように、キリッと向ける。
「その階段の先に、お嬢様の…男がいるであります! 退かないと、皆殺しであります」
「いや、二八女の事情は下調べの段階で知っているから、その辺は理解しているけど…。言い方を選べよ」
敵から言い方を選べと言われて、イリヤは真剣に選んでしまう。
「その階段の先の半壊した屋上に、お嬢様が添い寝している恋人が大破して死にかけているので、助ける為に押し通るであります!」
選ばせたからといって、何かがマシになるようなイリヤではなかった。
「もう添い寝する関係?!」
すんごいパワーワードに驚いている隙に、ヤクサはイリヤの斬撃で首を刎ねられかけた。
イリヤのこの天然ボケからの斬撃コンボは、わざとではない。
敵に隙が出来たから、一撃必殺を為そうとしただけだ。
とても真面目なので、敵と会話をしている最中も、倒せる隙は逃さない。
敵に回すと、とても嫌な人である。
辛うじて首への一撃を躱し、イリヤの間合いから退いたヤクサの顔に向けて、影に隠れていたフラウが黄巾の布槍を放つ。
その布槍を、武鎧『黒夜叉』の尻尾が吸収し、損なわれた両腕の装甲に変換する。
両腕の装甲は、黄巾の布槍の特性を活かし、触手のように余分な攻撃部位が増えた。
「う〜む。半端な攻撃は、修復材料にしかならないようです。頑張ってください、イリヤ」
フラウがリップの前に立ちながら、イリヤに前進を促す。
イリヤはフラウにちょっと言ってやりたかったが、敵が二人も残っているので、後回しにする。
リップがフラウにハンカチを渡し、フラウが胸部のブラジャーを隠せるようにする。
「半乳のままユーシアの前に出たら、もぎ取るぞ」
「ええ? わたくし、まだピンチですか?」
「それ、一つ貸しなさい」
リップは、フラウの大鋏を借りて、軽く振るう。
その振りを見て、クロイスの雰囲気が変わる。
「ヤクサ。代われ」
「逃げましょうよ」
「逃げる為だ」
クロイスがシーラとの対戦をヤクサに譲り、イリヤに相対する。
イリヤも、クロイスと相対して雰囲気が変わる。
「フラウさん。以後は、お嬢様の側で護衛に徹するであります」
「はい、余計な事は、しません」
ビシッとリップの側で、大鋏を構えてディフェンスのポーズを取る。
リップの安全を確保してから、イリヤが攻撃を開始する。
イリヤが上段の構えから、上段のクロイスに斬りかかる。
クロイスはイリヤの大太刀を両手剣ドラゴンハートが受け止め、鍔迫り合いに持ち込んで押し斬りで返そうとする。加えて至近距離で布槍を放たれ、イリヤの籠手が数箇所切られる。
イリヤは動ぜずに、クロイスの剣を流して階段の下へと突き飛ばす。
保護対象のリップの方へ押しやられるとは思わなかったクロイスは虚を突かれつつも、そのままリップを人質にしようと手を伸ばす。
イリヤはリップには向かわず、先にシーラと相対していたヤクサを背中から斬り伏せる。
即死までは至らなかったが、戦闘不能になったヤクサを放って、イリヤの大太刀がリップを掴もうとするクロイスの方へ向かう。
背中から迫るイリヤに、クロイスは前進してリップに手を伸ばしつつ、尻尾でイリヤを迎撃しようとし…
(あ、ヤバい)
イリヤが最初から、武鎧『黒夜叉』の尻尾を狙っていたと気付く。
尻尾を引っ込めようと、クロイスが腰を捻るが、イリヤは大太刀で尻尾の根元・臀部の装甲ごと、斬り飛ばす。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」
クロイスが立ち止まり、風通しの良くなった臀部の惨状を、気にする。
「ヤクサ。今、小官の尻が無事かどうか、見られる?」
ヤクサは背中を斬られて倒れていたが、クロイスの要望通りに、視線を動かす。
「死ぬ前に見るのが、中年親父の尻とか、最悪だ」
「割れているか?」
クロイスが基本的なボケを返すが、ヤクサは気を失った。
「動くな! 休戦だ」
尻丸出しで、クロイスはイリヤに休戦を申し出る。
「断るであります」
せっかちに後ろから斬ろうとするイリヤに、クロイスは大真面目に語る。
「今、お前と戦う為に振り向けば、お嬢様の前に、小官の尻を見せる事になる。そんな惨事は、避けるべきだ」
とても下品な脅迫だった。
当のリップは、目線でイリヤにゴーサインを出した。
イリヤは躊躇なく、クロイスの丸出しの尻に斬撃を放つ。
クロイスは、尻の部分を守るように両手剣ドラゴンハートを階段に突き刺すと、そのまま前進してリップとフラウの横を通り過ぎ、斬り開かれた玄関シャッターから外へ逃げて行った。
シーラもイリヤもフラウも、その見切りの良さに、呆れ果てる。
「…まあ、外には警官隊が集まっているし」
リップは、邪魔者がいなくなった階段を、一気に駆け上る。
シーラは場所を空けて、リップの邪魔をしないように振る舞う。
続いて階段を上がるイリヤとフラウも通し、シーラは降りて来た天井の穴から屋上に戻ろうとしたが、三階のVIP室から様子を窺う銀行の支店長と目線を合わせてしまう。
「イリアス会長、もう出ても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。館内の生存者を救出しましょう」
屋上でユーシアとリップが一緒にいる所を見たくないので、シーラはこの場所での人命救助に残る。
大手銀行に恩を着せられるし。
まずは瀕死の状態で転がり、武鎧の回復機能に身を任せているヤクサの頭に、シーラは指から紫光の蝶を放つ。
紫光の蝶は、ヤクサの頭に覆い被さると、武鎧の装甲を通過して染み込んでいく。
手遅れになってから、ヤクサは意識を取り戻した。
「何をした?」
「イリアス商会の奴隷にしました。まずは、館内の生存者の救出を最優先で、働きなさい」
「あと五分、待っ」
ヤクサの脳から、全身に回避不能な激痛が五秒間、駆け巡る。
シーラ・イリアスが、脳に染み込ませた魔法の解説を行う。
「健康状態、交通状況、忌引に推しのライブイベントであろうと、一切の言い訳を許さない、奴隷契約の魔法です。逆らうと、五秒間、全身に親知らずを抜くレベルの激痛が走ります。効果は、一ヶ月」
「これ、この世界の魔法協会の認可とか下りていますか? 倫理的に非常に問題が…」
シーラは、聞こえるように、忌々しげに舌打ちをした。周囲から使い魔たちがわらわらと湧き、ヤクサに向けて「空気を読めよ、このモブキャラが〜」的な視線を向ける。
怖い。
「状況は理解した」
背中の傷が塞がっていない状態なので、ヤクサは電気ムカデや電気オオカミを再出現させて、人命救助に向かわせる。
シーラも、使い魔を有りったけ投入して、人命救助に差し向ける。
「どうして、その使い魔たちを、黒夜叉隊との戦闘に使わなかったのですか?」
シーラは応えずに、クウサを放って支店長たちも人命救助に駆り出す。
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