第30話 アキュハヴァーラのイージス忍者(9)
【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 屋上 ヘリ発着場・半壊状態】
「トワ」
「何です?」
「銀行の前で、雌型の巨人が暴れているように見えるけど、あれは幻覚だろうか?」
「黒夜叉隊の一員でしょう。警官たちが銀行に入れないように、立ち回っています」
「そうか」
魔杖トワイライトに体の八割を上書きされ、抱き締められて埋め込まれるような奇妙な体勢で、ユーシアは急激に身動きを取ろうとする。
「あそこら辺には、まだリップがいるかも。無事を確認しに行く」
「無茶な」
魔杖トワイライトに埋め込まれた状態で起き上がって歩こうとするので、着ぐるみを不器用に着込んでいるようにも、見える。
数分前まで瀕死だったのを、魔杖トワイライトの上書きで傷を塞いで救命に成功したばかりで、激しい動きは絶対に出来ない。
起床して60センチ歩いただけで、身体の各所から、輸血した呪刻血液が染み出す。
「うん、これはキツいな」
「でしょう?」
ユーシアは再び寝転がると、スリープ状態のエリアス・アークに、滲み出る呪刻血液を指先で飛ばしてかける。
「頼む、エリアス。リップの無事を、確認しに行って」
光の蝶に入ったヒビが、少しだけ修復される。
だが、エリアス・アークが再起動するには、足りない。
「ごめん。そのまま休んでいて」
今度こそ大人しく横たわるユーシアの耳に、クウサの地響きと、エイリンの雄叫びが届く。
そして、屋上への階段を上る、リップの足音が。
「…無事だった」
その足音に、ユーシアは安堵して、涙を一条、流す。
「トワ」
「何です?」
「この格好を見られると、エロい事をしていると誤解されるので、もう離れてくれないだろうか?」
「死にますよ? ギリギリで助かっているだけで、この合体を解除した場合、死にますよ? 今のトワイライトは、包帯で縫い針で輸血用プラグですからね?」
「う〜ん、でも、この姿を、リップに見られるのは…」
リップが、ユーシアの枕元に、立つ。
大鋏を持っているので、一瞬、お迎えかと誤認する。
リップは大鋏をフラウに投げ渡すと、魔杖トワイライトに半分吸収されたようなユーシアの頭を掴み、顔の血と涙を舌で拭う。
(これはっ! ご褒美!?)
ユーシアが、恋人からの荒々しい労いに恍惚としながら空を見ていると、ラスター号がこの屋上に再接近しているのを目にする。
(ひょっとして、レリーを寄越してくれたのかな? それだと、ユリアナ様に感謝しないと。焼肉でも奢ろう)
ところが、『桃色戦鬼』クウサが、ラスター号を威嚇して近付けようとしない。
(リップが館内を上がって来たという事は、黒夜叉隊は館内にはもう不在の筈だ。どうしてまだ暴れて…あ〜〜〜〜〜〜〜、俺が追撃に行く時間を遅らせる為かあ。俺への嫌がらせか。やだな〜〜)
ラスター号は、『桃色戦鬼』クウサがジャンプしても届かないような上空へ上昇してから屋上へ接近しようとする。
それに対し、『桃色戦鬼』クウサは、屋上に登ってユーシアの回復を阻止しようとする。
というか、トドメを刺しに来る。
「リップ、逃げて」
「ユーシアは、寝ていて」
リップはユーシアから離れると、フラウから再び大鋏を借りて、『桃色戦鬼』クウサの迎撃に向かう。
大鋏をブンブンと大回転させて、真空斬りの体勢を整える。
『桃色戦鬼』クウサの顔が、屋上と並行の目線に上がり、リップの視線とかち合う。
リップの不機嫌な視線と睨み合い、クウサは二秒で目を逸らす。
その隙に、リップは大鋏を振り回して発生させた真空を、斬撃としてクウサに放つ。
クウサの前髪の生え際が、ゴッソリと削られる。
クウサが頭を引っ込める動作が遅れていたら、両眼が潰されていただろう。
並の騎士が相手なら、この一撃で大破したであろうが、リップは不満で喚く。
「あにゃあ〜〜?! 親父め、何が必殺技だよ? S級を倒せない技なんか、覚えるだけ損だ、ばかやろー。疲れた」
リップは、初めて使った真空斬りで手首が疲れたので、後始末をイリヤに譲る。
クウサは、一撃でアッサリと詰みかけたので、怖くて屋上に顔を出す勇気が出せなくなる。
既にもう、敵の敗色濃厚なので、イリヤがリップに確認を取る。
「お嬢様。あの敵、ビビっているので、戦わずに済むかもしれないであります」
「あの巨体を相手に一手でも間違えたら、ユーシアが死ぬ」
リップの大鋏が、イリヤの首の装甲に、ひんやりと当てられる。
「全ての破壊と殺戮を許すと、言った。ヤれ」
「承知であります」
イリヤが更に前に出て、『桃色戦鬼』クウサと斬り結ぼうかという頃合いに。
リチタマ(この惑星)の反対側から、救援が到着する。
すぐ真下に。
【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 一階東側外壁前】
巨人に三度蹴られて膝を着いたエイリンに回復魔法を掛けながら、カイアンは問う。
「巨人の相手は、初めてですかな?」
カイアンの問いに、ヴァルバラ・シンジュは眼帯を外しながら答える。
「サイズは関係ない」
右眼に埋め込まれたイリアス商会製魔眼『アタランテ』が、標準を頭上の『桃色戦鬼』クウサの足裏に照準を合わせる。
「魔眼『アタランテ』は、クラーケンでもベヒーモスでも、容易に狩れます」
魔眼『アタランテ』が、機能を全開にする。
ヴァルバラ・シンジュの周囲に、猛禽が翼を広げたかのように、輝く魔法合金の矢が数多出現する。
それらはハチドリのように宙で停止し、主人の命を行儀良く待つ。
「とはいえ、都市部。無茶はしません」
銀行の中は既に無茶苦茶なのだが。
ヴァルバラは、銀行内の惨状までは知らずに、この件の収拾に加担する。
飛行機での十二時間移動に疲れたヴァルバラは、早く休みたいので面倒を長引かせないように、効率良く事件を畳みにかかる。
「狩りではなく、釣りでいきます」
魔眼『アタランテ』から放たれた無数の矢が、『桃色戦鬼』クウサの両足に深々と刺さる。
刺さった矢を釣り針のように、ヴァルバラは視線で操作する。
『桃色戦鬼』クウサの巨体が豪快に吊り上げられ、銀行前にゆっくりと降ろされる。
ヴァルバラが矢を一旦消して近寄ると、警官たちは助っ人に恭しく道を開ける。
尻丸出しのクロイスを停められずに逃げられてしまったので、助っ人の成果が尚更にありがたい。
「狩るのが容易なのに、釣るだけで済ませたのは、理解しているかな?」
ヴァルバラが話しかけると、『桃色戦鬼』クウサは巨人の姿から、元の格闘美少女の姿へと戻る。
「降伏する」
クロイスが尻丸出しで逃げてから二分は経っているので、クウサは義理立てを打ち切る。
それにクウサは元々、捕まる前提である。
「受けた。足の傷が塞がり次第、武鎧を脱ぎなさい」
「武鎧を脱ぐと、巨人の身体に戻ってしまう」
「ほう、難儀な」
受け入れ態勢が整うまで此処で待つかどうかを悩むヴァルバラに、カイアンが入れ知恵をする。
「ヴァルバラが捕虜にして従卒として雇用すると、武鎧を着たまま手駒として再利用できます」
「ふむ、倒して生かしたヴァルバラの手駒か。いいな」
生存が確定した途端に、クウサは雇用条件について話し出す。
「クウサはSクラスのシェイプチェンジ格闘家ですから、捕虜でもそれなりのお給金を要望します」
「厚かましいですが、話が早いですね。では…」
ヴァルバラとクウサの話がまとまりそうな段階で、イリヤが銀行の屋上からダイブしてまで、大太刀での一撃をクウサに浴びせようとする。
看過すると、捕虜にしたばかりのクウサが真っ二つにされてしまうので、ヴァルバラはイリヤを怒鳴りつける。
「おやめシマパン娘! もう降伏しています!!」
大太刀が、クウサの脳天を12ミリメートルだけ掠めて止まり、イリヤは静かに着地した。
クウサの血はそれなりに出たが、武鎧ですぐに治るレベルの傷だ。
イリヤは血を拭って大太刀を構えから下げると、ヴァルバラに抗議する。
「自分は、次の給料日に、シマパン以外の下着を装着する気であります。故に、シマパン娘以外のニックネームを希望するであります」
一年ぶりに会った苦手のライバルからの、メッチャどうでもいい挨拶に、ヴァルバラは…
「うるせええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」
キレて、イリヤの顎装甲を砕くような見事なアッパーカットを決めて、イリヤを転倒させた。
頼もしい味方だと思っていたヴァルバラのブチギレに、周囲の警官たちが足速に距離を取る。
「気分は、晴れました?」
カイアンの問いかけに、ヴァルバラは、平静に戻りながら答える。
「意外と、晴れますね。もっと早くに、殴りに来れば良かった」
イリヤは倒れながら、余計なコメントを控えて、ヴァルバラに主導権を渡す。
【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 屋上 ヘリ発着場・半壊状態】
武鎧を装備したイリヤを、素手で殴って転倒させたのを屋上から眺めたリップは、その場をヴァルバラに任せて、大鋏をラスター号に振る。
「早く降りて、ユーシアを治して!!!!」
ラスター号は、秒で着陸態勢に入る。
ラスター号の影が大きく、西陽を遮るように、ユーシアに覆い被さる。
当のユーシアは、もっと重要な事に気を配っている。
(リップ)
ラスター号の着陸に合わせて、屋上を旋風が薙ぐ。
リップのスカートが、旋風で捲れた瞬間を、ユーシアは見逃さなかった。
(今日も、シマパンじゃ、ないのか)
ちょっとガックリとしたユーシアに、大鋏を肩に担いだリップが、枕元に居座る。
「そういうチェックを逃さないようなら、大丈夫そうだね?」
ユーシアがリップのパンチラを見逃さないように、リップもユーシアのチラ見行為を見逃さない。
「いいえ、死にそう。もうだめ。優しくして」
「ふうん」
「最後にもう一度、リップのシマパンを、観たかった(ガクン)」
「走馬灯で満足しなさいよ」
「やだ。今のリップのシマパンが観たい」
アホな駄々を捏ねるユーシアの額に、リップは自分の額を重ねる。
「あたし達が、もっと強くなってから、要相談」
「もっとハードルを下げて」
「だめ」
私用戦闘機の巻き起こす旋風が、リップの目尻から溢れた涙を、拭い去って散らした。
斯様な有様をゼロ距離で目撃した魔杖トワイライトは、早々に諦めた主人は正しいと、納得する。
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