第31話 アキュハヴァーラのイージス忍者(10)

【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 屋上 ヘリ発着場・半壊状態】


 レリー・ランドルは、大きな日傘を拡げて掲げて陽光を避け、ラスター号から震えながら降りて来た。

 ひび割れに足を取られて転げないように、非常にビクビクと歩いて来る。

 足首は少し日光を防ぎ損ねて、肉が焦げて不穏な煙を上げている。

 直ぐに自分の能力で修復するので、焦げた程度で済ませているが、陽光の下では明らかに仕事をし辛い体質なのは明らかだ。

「急かさないでぇねぇ〜。わたしもぉ死ぃにぃそうだから〜」

 顔面から脂汗を垂れ流しながら、レリー・ランドルは、よちよち早歩きでユーシアの枕元へ。

「治療に専念したいのでぇ、日傘をお願いします」

 リップは、事情を察して慎重に日傘を受け取り、掲げる。

「まったくもう、死にかけるなら、日没後にしなさいよ、非常識ですよ、本当に」

 レリーは魔杖トワイライトに埋まったユーシアの全身を軽く触診すると、真顔で宣告する。

「傷は完全に治せるけど、身体の八割の組織を作り直すような作業だから、怪我をする前と同じ身体とは思わないで。全ての戦技・忍術は、専門のトレーナーが同席する場所で習得し直して。でないと、身体が自壊する危険が伴います。

 一年間は、リハビリに徹してね」

「…すぐに、追撃しなくちゃ、リハビリもできない」

 ユーシアは、レリーに、お願いする。

「クロウを、持って来て。アレと合体すれば、すぐに戦えるはずだ」

「もう来た」

 人間形態の聖剣クロウが、ユーシアの足元に、立つ。

「先ずはレリーに直してもらえ。魔杖と同化した状態では、流石に我でも健全な合体は保証できぬ」

「うん、じゃあ、レリー、お願い」

 レリーは、ペットボトルでトマトジュースのような液体を飲み干してから、外傷治癒能力をユーシアに施す。

 ユーシアの頭部、胸部、腹部から、魔杖トワイライトが徐々に剥離していく。

 次いで手足に外傷治癒能力を及ぼしてから、レリーは二本目のペットボトルでトマトジュースのような液体を補充する。

 二度目は全身に外傷治癒能力を施すと、魔杖トワイライトが五割は剥離した。

「あと二回は、重ねて外傷治癒能力を使いたいから…」

 レリーは、空になったペットボトルを、フラウに渡す。

「血液、足りないから、飲ませて。目安は輸血二回分」

「承知しました」

 フラウは即答し、大鋏で掌を切り、ペットボトルに血液を充填する。

「フラウ、一回分は、あたしも注ぎます」

 リップが、血液の提供を志願する。

「いえ、二回分くらい、大丈夫です。リップお嬢様の血は必要ありません」

「二回分で足りるないかもしれないし、リップのも飲もうかな」

 レリーが、菫色の瞳を黄金色に変えながら、ロイヤル・ブラッドに涎を垂らす。

 フラウが鉄仮面の下に怒気を溜めながら、血液が輸血一回分充填されたペットボトルを渡す。

「怒らないでよ。ハーフ吸血鬼が、過酷な環境で重労働をする以上、ボーナスは出て当然でしょ?」

 レリーは、フラウの提供した血液を、ゴクゴクと飲み干す。

「美味しいわあ、健康で強靭で、硬質なのに円やかさが両立している。意地でもバランスの良い食事をしてきた人の血ね」

 三度目の外傷治癒能力をフルパワーでユーシアに施し、魔杖トワイライトが八割は剥離する。

「さあ、あと一杯」

 レリーが、空のペットボトルを、フラウに渡す。

 リップが左手を上げて、フラウに流血を促す。

 フラウは一礼すると、リップの掌を少しだけ切って、血を溜める。

 数滴、リップの血が流れてペットボトルに溜まっただけで、レリーは喉を鳴らす。

「もう十分よ」

「は?」

 レリーは、鼻腔を膨らませて、犬歯が生えないように舌で八重歯を砕きながら、催促する。

「芳香を少し嗅いだだけで、その血のパワーが分かる。それだけで十分。ていうかあ、これ以上、その血の匂いを嗅いだら、人間辞めちゃうかも」

「その途端に、頭部を破壊しますからね?」

 フラウはリップの傷を塞ぐと、血が少しだけ入ったペットボトルをレリーに手渡す。

 レリーはペットボトルを爪で真っ二つに切断すると、リップの提供した血を一滴も残さないように、舐めて貪る。

 賞味した途端、レリーが、感動で固まる。

 口腔に入ったリップの血がもたらす多幸感に、レリーが涙する。

「これに比べたら、今まで飲んだ、どの人間の血も、ブゥタァの〜エェサァだああああああああああ〜〜〜〜〜」

 嫌な感動の仕方だったので、リップは日傘を退けようかと思う。

「もう、なんだろう、この感動…リップ様、忠誠を誓っても、いいですか?」

 正に目の色を変えて、レリーがリップに額突うとする。忠誠の見返りが露骨なので、リップは全然嬉しくない。

「ユーシアの治療が先でしょ」

「あ、忘れていました〜」

 リップは日傘を退かしたろうと決意するが、レリーは外傷治癒能力をオーバーパワーで、ユーシアに施す。

 吸血鬼の回復能力を他者に転嫁した外傷治癒能力が、リップの血で大幅にブーストされて、ユーシアを覆う。

 魔杖トワイライトが完全に剥離し、勢い余って屋上から外へ吹き飛ばされた。

「扱いがひどいですよ〜〜〜??」

 フワッと浮いて、魔杖トワイライトは舞い戻る。

 ユーシアが、立ち上がって三回転して、自分の身体が本当に大丈なのかどうか、確認しまくっているのを目撃し、魔杖トワイライトは主人にこっそりと吉報を報告する。


 完治したユーシアが、自分の完治具合が信じられずに、ラジオ体操をして調子を確かめる。

「リハビリ、要らないレベルじゃないのか、これは?」

 先程まで、魔杖で生命維持をしていた重傷者なので、確認を取らないと怖くて仕方がない。

(安心できない)

 先刻まで、忍者の仕事を諦めようかと思う程のボロ雑巾状態だったのに、完治した成り行きが、怖い。

(全っ然っ安心できない!)

 ユーシアの勘が、この急激な完治を、もっと酷い目に遭う前兆と受け取る。

(こんな美味い話が、あるはずがない!!)

「もう元気満点だね、ユーシア」

 リップから日傘を受け取り、レリーはドヤ顔でユーシアに返礼を催促する。

「今からでも構わないから、リップと子供を量産して、最高級の血液所持者を養殖してね。もう、人生の楽しみが、爆増しちゃったよう」

 フラウの鉄仮面の下から、奥歯を噛み砕かんばかりの歯軋りが。

 レリーは現場の空気を察し、大急ぎでラスター号に戻る。座席に座ると、頭からすっぽりとシーツを被り、日光もユーシア達の視線も遮断する。

 防御態勢を整えたうえで、レリーはユーシアに恩を着せる。

「このお礼は、二百倍にして返してね、ユーシア。なんなら、二億倍でもいい」

「勿論だ。ありがとう、レリー」

「はっはっは。君がリップ様と平和に末永く生きていてくれれば、わたしはそれだけで満腹…満足だよ」

「後で、俺の血も舐めさせてあげるよ」

「毒入りだろ?」

「レリーが死なない程度の毒だよ」

「くうっ」

 レリーの瞳の色が、黄金から菫色に戻る。

 ハーフ吸血鬼ではなく、人間として話を振る。

「ユーシア。お礼の内容は、後で真剣に話し合おうね。これ、大切な事だから。すんごく、大切な事だから」

「たぶん一生感謝するから、話し合う必要もないよ」

 ユーシアは、正直な感謝の笑顔で、レリーに向き合う。

「口頭でセンチメンタルに済ませようとしても、ダメだからね?」

 レリーは、絶対に顔を見られないように、更にシーツを重ねる。

「若いなあ」

 ラスター号の操縦席で、カルタ・ベルナがレリーの為に機体を、日光を遮断できるステルス・モードにする。効果維持の費用が高いので普段は使わないが、カルタなりのサービスだ。


 本当に完治したようなので、ユーシアはリップを抱き締めようかと近寄ろうとして、聖剣クロウの視線に気付く。

「急ぐのであろう、ユーシア。まだ戦闘中だ」

「ああ。確かに」

 リップを一度でも抱き締めたら、離すまでの時間が未知数だ。

 ユーシアは優先順位を違えずに、聖剣クロウに向き合う。

「よっしゃ。合体しよう。説明書は?」

「動くな。信じろ。そして、死ぬな」

 物騒な事を言い終えてから、聖剣クロウは本来の姿に戻る。

 ユーシアの手に、丈夫で美しい鞘が、預けられる。

『激痛に見舞われるが、この鞘を離すなよ』

 ユーシアの周囲に、八本の折れた聖剣の刀身が、取り巻く。

『いざ、一つになろうぞ、美少年忍者』

「ああ、これらが武鎧のパーツに変形して、俺の身体に張り付く訳か。カッコイイ変身シーンだ」

『違う。死ぬなよ』

 リップの目前で、ユーシアの全身に、八本の折れた聖剣が、突き刺さる。

 ユーシアの頭、心臓、右肺、左肺、右腕、左腕、右足、左足に、深々と八本の折れた聖剣が埋まっていく。

 ユーシアの顔が、車に撥ねられた猫のような断末魔の形相で、崩れていく。

 フラウが失神しかけたので、顔面蒼白なリップが支える。

「あたしより先に、失神しないでよ」

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