第32話 アキュハヴァーラのイージス忍者(11)
【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 屋上 ヘリ発着場・半壊状態】
「よっしゃ。合体しよう。説明書は?」
「動くな。信じろ。そして、死ぬな」
物騒な事を言い終えてから、聖剣クロウは本来の姿に戻る。
ユーシアの手に、丈夫で美しい鞘が、預けられる。
『激痛に見舞われるが、この鞘を離すなよ』
ユーシアの周囲に、八本の折れた聖剣の刀身が、取り巻く。
『いざ、一つになろうぞ、美少年忍者』
「ああ、これらが武鎧のパーツに変形して、俺の身体に張り付く訳か。カッコイイ変身シーンだ」
『違う。死ぬなよ』
リップの目前で、ユーシアの全身に、八本の折れた聖剣が、突き刺さる。
ユーシアの頭、心臓、右肺、左肺、右腕、左腕、右足、左足に、深々と八本の折れた聖剣が埋まっていく。
ユーシアの顔が、車に撥ねられた猫のような断末魔の形相で、崩れていく。
フラウが失神しかけたので、顔面蒼白なリップが支える。
「あたしより先に、失神しないでよ」
「面目ありません、お嬢様」
ユーシアの手が、鞘を離しつつある。
この乱暴な合体の最中に鞘を離したら、確実に死ぬだろう。八本もの聖剣で傷を負わされた以上、レリーの外傷治癒能力でも救命できる可能性は低い。
リップは、自身の手でユーシアの手を鞘ごと握り締める事を考えるが、ユーシアの方がアイコンタクトで『絶対に近寄るな』と伝える。
それが精一杯で、意識を失いつつある。
リップは、寄り掛かるフラウを放ってユーシアを補佐しようとするが、その鉄仮面を見て奇策を思いつく。
「取るわよ」
リップが、フラウの鉄仮面を、取り外す。
フラウの素顔が、生死の境で踏ん張るユーシアの視界に入る。
超絶美形の美人メイドの完璧な美貌に、ボヤけていたユーシアの意識が、引き戻される。
「隠すなんて、どうかしているぞ、その素顔ぉおおお!?」
八本の聖剣に刺されてもツッコミを入れてしまう程に、フラウの素顔は超絶美形だった。
「お嬢様。ダメでございますよ?!!!」
フラウはプチ怒りながら、鉄仮面を装着し直す。
「ロクな事がありませんから!! 本当に!!」
美貌を晒すと周囲の正気が吹き飛んでトラブルが増えるので、鉄仮面を勝手に外すとリップにすら怒る。
「ごめんねえ、非常事態だからー」
ユーシアを死なせずに済んだので、リップは気にしない。
自身の全身に突き刺さって同化しようとする廃棄聖剣たちに対し、ユーシアは辛うじて鞘を握ったまま、意識を保つ為に絶叫する。
「痛いというレベルを大ぉおおおおおぉおおぉぉきく通り越してぇぇぇぇ、ムカつくぞぉ、お前ら〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!」
『無双したけりゃあ、受け入れろ』
聖剣クロウの鞘は、廃棄聖剣たちとユーシアの同化を邁進する。
『B(バスター)級やS(シュバリエ)級の戦闘力を超越した、U(ウルトラ)級の強者にしてやる』
途中で辞めたら本当に死に損なので、ユーシアは激痛を脳内妄想でやり過ごそうとする。
(リップのシマパン)
(リップの頸)
(リップのミニスカート)
(リップのスクール水着)
(リップの薄ワンピース)
(リップの座りパンチラ)
(リップの対面パンチラ)
(リップの髪の手触り)
(リップの唇)
(リップの寝顔)
(リップの笑顔)
(リップの笑顔)
(リップの笑顔)
(リップの笑顔)
(リップの笑顔)
(リップの笑顔)
(リップの笑顔)
(リップの笑顔)
(あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっ死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっっっっっっっっ)
八つの廃棄聖剣の破片全てが、ユーシアの体内に、入り込む。
ユーシアの身体が、雷光を発しながら形を変えていく。
ユーシアの意識が、体内に斬り込んできた、全ての廃棄聖剣たちを認識する。
十指を動かすように、その存在を自分の一部分として、許容し始める。
それは、形を損ない、声を失い、在り方を破棄され、他の聖剣に鍛え直される事もなく廃棄された、聖剣の残滓たち。
どれも最強を謳われながら、永い戦の末に、使い潰された武器たち。
存在を忘れられた星屑たちが、鞘も意識も残っていたクロウに身を寄せて、再集結の機会を待ち望んでいた。
破壊されても尚、この世界で再戦を望む、大馬鹿野郎な廃棄聖剣たち。
(分かる。お前たちは…)
ユーシアの身体が、黒地に金色の豪華なデザインの、ピッチリスーツ型武鎧に覆われていく。
(さっきまでの、俺だ)
頭部が、気品溢れる黄金のフェイスガードに覆われる。
(俺だって、ボロ雑巾のようになって再起不能な状態になっても…)
ふわふわの柔らかい金髪ツインテールが、黄金のマスクから流れる。
(戦いたかった! リップと生きる為に!)
女帝と呼びたくなる様な、威厳や雅さを備えた意匠の薄型武鎧を装備した美人の騎士に、ユーシアは変身していた。
武鎧で覆っても、誰も二十代半ばの女性と疑わないプロポーションである。
(ひょっとして、俺が女装に抵抗が無いから、選んだのか?)
ユーシアは、クロウが合体相手に選んだ理由を、曲解する。
どうやら変身を終えたらしいユーシアを、リップが首を傾げながら、三百六十度見回してから顔をガン見する。
「あのね、ユーシア。デザインはスタイリッシュだけどね」
リップは、ラスター号の方を向かせて、ステルス・モードの発動で鏡面となった部分で、今のユーシアの姿を見せる。
「顔が、ユリアナ姉様と、同じ」
瞳の碧眼が冷たい事以外は、ユリアナが薄型武鎧を装備した変身ヒーローになったかのような、誤解と錯覚と風聞を産みそうな外見である。
「……何故に?」
絶対に面倒臭そうな事になりそうで、ユーシアは顔を顰める。
その顰め面も、ユーシアがよくユリアナに向けられる表情なので、尚更にウンザリする。
『前の装着者だから、影響しているかも』
クロウが、胸部装甲付近から返事をする。
「で、クロウは、胸部装甲??」
『この二つの膨らみには、様々な武器が貯蔵されているので、くれぐれもセルフ揉み揉みで遊ぼうとするなよ? 自爆するぞ?』
「ユリアナ様は、やっちゃった?」
ユーシアの不遜な質問に、フラウが大鋏をハリセン代わりに、後頭部を叩く。
「お仕置き!」
大鋏の方が、砕けて塵になった。
「危なっ!? クロウ、危険度が上がっていませんか?」
『U級の戦闘ユニットに敵意を持って攻撃したら、そんなものだ』
リップは普通に変身したユーシアに抱き付いて、全身を揉んだり突いたり撮影しているのに、危険は全く及んでいない。
「ユーシア。このカッコイイ格好でアキュハヴァーラで活躍したら、動画映えするから気を付けてね?」
「うん、目立つよなあ、これ。胸デカいし。ヒーロー名は、どうしよう? 胸デカいし」
「そういう事じゃなくて、美少年忍者とは違った目で見られるからね?」
「ん??」
そこで警告の意味に悩む間にも、最優先事項を思い出してしまうのが、ユーシアだ。
「クロイスを仕留めてから、決めるよ」
変身したユーシアが、尻丸出しで逃走する『黒夜叉』クロイスを追撃しようと、同化した風系聖剣(の破片)の力で、宙に浮く。
八つの破片の内、二つが雷系なので雷系聖剣クロウを名乗っているが、雑多な属性を装備者にもたらすので、使える技の数が膨大な量になっている。
今は慣熟試験をする暇がないので、ユーシアは慣れた武鎧『佐助』と被る能力だけを使う。
ユーシアは武鎧『佐助』で重力を使った飛行に慣れているので、推力が違っても街中での飛行に躊躇なく使った。
「10%だぞ。力は10%だけだからな? 10%しか認めないからな?!」
ただし、使用上限には、めっちゃ気を遣う。
「この力、絶対に保険とか効かないからな? 安全運転しかしないぞ。10%が上限だから、絶体に守れよ?」
『クドい。ユリアナ様より、クドい』
「俺の方が真人間だからかな」
『この会話、筒抜けぞ?』
「…行ってきます」
変身したユーシアが、上空からリップに笑顔で手を振り、速度を上げながら飛行して行く。
初めての変身に、初めての高速飛行。
相当にテンションが上がっている為か、ユーシアは雄叫びを上げながら、アキュハヴァーラの街中を飛んでいく。
【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 一階東側外壁前】
イリヤが、下から変身したユーシアの姿を見送る。
「元気そうでありますな。ユリアナ様」
まだユーシアだとは、理解していない。
エイリンが、カイアンに礼を言いながら、乳兄弟の飛び去った方を見詰める。
「後を追います」
「あの姿で行った以上、他の者は必要あるまい。君は、休んでいた方が…」
「観てみたいから」
エイリンはそう言うと、一礼してから、ユーシアの方へ向かう。
「街中では、もう使わないって、言ったのに」
ライ・ディアス警部のボヤキを、ヴァルバラ・シンジュは聞き咎める。
「前に力加減を間違えて、アキュハヴァーラを全停電にしたという武勇伝は、本当ですか?」
「正しくは、力加減を間違えていないのに、首都全域で電力障害が起きました。震度六弱の直下型地震に見舞われた時と同規模の被害が出ました。一時間以内に全て復旧して死亡者がゼロだったので、厳重注意で済ませましたが」
ヴァルバラは、雷系聖剣クロウが封印された訳を納得した。
(救命するついでに、責任転嫁しましたね、ユリアナ様)
ユーシアに渡した意味にも。
クウサは、それが変身したユーシアであると、雄叫びで判断した。クロイスの逃走経路へ飛んで行く様を見送り、決めた。
(はい、終わった。黒夜叉隊は、これで全滅)
前向きに生きると、決めた。
【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 屋上 ヘリ発着場・半壊状態】
「黄金色の、調子に乗って叫ぶヒーロー。ゴールドスクリーマー」
目撃者たちが、好き放題に名付ける前に、リップが命名して、ネット世界に動画を投稿する。
「後はたぶん、あたしの手に負えないよ、ユーシア」
リップは、これから必要以上に有名になる恋人に、有名人の先輩として、ため息を吐く。
こうしてユーシアは、美少年忍者だけではなく、ゴールドスクリーマーとしても名を刻まれ始めた。
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