第33話 アキュハヴァーラのイージス忍者(12)
【喫茶店『柏サンドイッチ』】
アキュハヴァーラから西に2キロは離れた喫茶店『柏サンドイッチ』に、クロイスは武鎧を着たまま入店する。
「いらっしゃいませ〜」
都会の端くれの喫茶店なので、武鎧を装備したままの客が来ても、動じない。
尻丸出しなので、そっちの方に動じた。
「お客さま! お尻がっ!」
「セクシーだろう?」
「セクシーです。通報します」
「あー、ごめん。すぐ隠すから」
クロイスは簡易エプロンを一つ貰うと、尻の上に巻いて店の奥へと進む。
黒夜叉隊の残り三名が駄弁っていたが、クロイスの尻丸出しの中破姿に、そして胸部装甲に浮き出たヴァラの形相に、絶句する。
「いやあ、作戦失敗しちゃった。壊滅! 逃げたいから、後続が来たら、潰しといてね」
三人の脳裏に、「だったら、俺たちを巻き込むなよ!」という常識的な考えが浮かぶが、断ったらヴァラと同じ様に、武鎧に吸収されて尻装甲に変換されてしまうだろう。
男の尻装甲になるくらいなら、追手と戦った方がマシである。
「でも、撒いたのでは?」
「いや、悪目立ちするから、逃げ隠れが厳しい。都会だからねえ」
一般人が、尻丸出しのクロイスの姿をネットに流してしまうので、追手にとっては、簡単に手繰りやすい状態である。
「ここで追手を返り討ちにしてから、武鎧を脱着して逃げる」
三人は、ネットで追手の情報を逆検索する。
至近距離まで来ているのは、ゴールドスクリーマー(ユーシア)だった。
彼らには読者と違って予備知識が無いので、二十代の金髪碧眼巨乳美人が、薄型の武鎧を着て空を飛んで接近してくるようにしか、見えない。
中身が美少年忍者だとは、この時点では全く知らない。
ユーシアが聖剣クロウと同化し、合計八本の廃棄聖剣を身に宿した戦闘ユニットだとは、全く知らない。
「戦おう」
「手合わせしよう」
「お持ち帰りしよう」
三人は、スクラムを組んで、下心満載で結託する。
その様子を、店の客に紛れて、サラサ・サーティーンが実況している。
【喫茶店『柏サンドイッチ』前の路上】
「サラサ、こういう時だけは、助かる」
『誹謗中傷レベルの過小評価は、その姿の初物を撮らせてくれる事で、帳消しにしとく』
ユーシア(ゴールドスクリーマー)は、喫茶店『柏サンドイッチ』の前にヒーロー着陸すると、店内にクロイスを認めてファイティングポーズを取る。
そして、大音声で、投降勧告をする。
「店内の黒夜叉隊の一同! 武鎧を解除して地元警察に投降するまで正座で待機するか、俺と戦って瞬殺されるか、二択だ!! 選べ!」
ユーシア(ゴールドスクリーマー)の大声で、店舗が震える。
クロイスは、肩を竦めながら表に出る。出る前に、尻を隠した簡易エプロンを返そうとするが、店側は丁重に断った。
黒夜叉隊の残り三名も、武鎧を装着して、表に出る。
三人は、店外に出るや、自己紹介しながら一気にユーシア(ゴールドスクリーマー)へと襲い掛かる。
「『戦斧旋風』カイジャリ、参る」
戦艦の装甲を斬り裂ける威力の特注戦斧を大回転させながら、真紅の重装甲武鎧『赤鬼』を着た騎士が、正面からユーシア(ゴールドスクリーマー)に斬り掛かる。
カイジャリの見積もりとしては、倒した後で優しく慰めて他の二人から庇い、拝み倒すつもりだった。
「『白銀の隼』イモルカ。君の視力で、オレの動きは視認できない」
サラサのカメラでも姿を捕らえられない超高速の動きを可能にした武鎧『ハヤブサ改二』を着た騎士が、細剣を突き立てようとユーシア(ゴールドスクリーマー)の背後に回り込む。
イモルカの妄想では、ゴールドスクリーマーを大破させてスクショしてから、超高速で連れ去って独り占めする腹だった。
「『山の主』タンゲ・コブシ。吹き飛ばされたくなければ、お持ち帰りされろ」
小型ミサイルを大量に内臓したハリネズミのような重兵装武鎧『剣山』を着た騎士が、逆に降伏勧告をする。
タンゲ・コブシの下心では、他の中をミサイルで吹き飛ばしてから、お持ち帰りするつもりだった。
ユーシア(ゴールドスクリーマー)は、新手三人の名乗りを待ってから、攻勢に出る。
情報を送ってくれたサラサが、実況に困らない為の、配慮である。
超高速が自慢の『白銀の隼』イモルカが、ユーシア(ゴールドスクリーマー)を見失う。
この場にいる誰も、ゴールドスクリーマーの戦闘速度を視認出来なかった。
ユーシア(ゴールドスクリーマー)の右手手刀が、『戦斧旋風』カイジャリの横から特注戦斧を破壊し、左手手刀が胴体装甲の左脇下から右肩まで、肉体ごと斬り裂く。
ユーシア(ゴールドスクリーマー)の全身は、全て聖剣の切れ味を持つ凶器と化している。
間を置かず、ユーシアを視認できないままの『白銀の隼』イモルカの背後に回り、首に手刀を叩き込む。
装甲ごと半ば切断された首が、捻れて百八十度後ろを向く。
二人とも即死はしていないが、武鎧が回復能力を駆使して救命をしている間に、警察に捕獲させるには十分な重傷だ。
ユーシアが戦闘を開始してから、二人を倒すまで、四分の一秒未満。
秒殺ではなく、文字通り、瞬殺。
『山の主』タンゲ・コブシは、S級騎士が二人同時に瞬殺されたのを見た瞬間、全身の小型ミサイルを全て発射して、周囲一帯を破壊しようとする。
その極端な攻撃に対し、ユーシアは重兵装武鎧『剣山』が発射した小型ミサイル二十発全てを、胸部装甲から取り出した電撃の投網で絡め取る。
ユーシアは、思考だけでクロウに感動を伝える。
(胸部装甲に、こんな魅惑の便利アイテムが含まれているとは)
『機械は触れただけでフリーズするから、電気街では使うな』
(武鎧も無効化できる?)
『そこまで便利ではないが、ミサイルやドローンには、最適だ』
胸部装甲に変化しているクロウが、悠々と自慢する。
10%の力でも、ゴールドスクリーマーはS級騎士三人を寄せ付けなかった。
(…5%か3%に抑えよう)
逆にユーシアは、強力過ぎるゴールドスクリーマーの性能に、戦慄した。
メイン武器を無効化されたタンゲ・コブシは、覚悟を決める。
「一緒に死ねや、金髪碧眼巨乳美人騎士」
『山の主』タンゲ・コブシは、重兵装武鎧『剣山』の奥の手を持ち出す。
重兵装武鎧『剣山』の太腿から、太い爆弾が競り出てくる。
「手動で点火して、自爆する。半径五百メートルは、破砕される」
クロイスが、真っ先に背を向けて、尻丸出しで逃げ出した。武鎧を外して逃げるという算段は、捨てたらしい。
ユーシアはジト目で、自爆宣言したタンゲ・コブシを睨む。
(う〜む。遥か上空に勝ち上げる手で行くか。結構被害が出るかもしれないけど)
一応説得交渉を考えて、フェイスガード内の端末で相手の履歴を調べていると、クロウが妙案を提案する。
『お薦めの機能が、有る』
(使いましょう)
ゴールドスクリーマーの、フェイスガードが外れる。
その下のユリアナ顔は、武鎧の装甲が擬態しているだけの第二装甲なのだが、タンゲ・コブシにはその辺の事情は分からない。
「はぐれ皇女、ユリアナ・オルクベキである。黒夜叉隊のタンゲ・コブシ。話をする時間を貰えまいか?」
ユリアナの声と表情で、ゴールドスクリーマーが自己紹介をする。
クロウは専用回線で、バッファロービルに帰宅したユリアナに、ゴールドスクリーマーをアバターとして使わせている。
『歴代装着者は、現装着者をアバターとして使用し、会話くらいは出来るのだ』
(これ、めっちゃ、誤解を解き難い機能では?)
『世界は誤解を積み重ねて出来るものだよ、ユーシア。ユリアナ様は、その名手だ』
ユーシアは問題点の追求を中断し、大人しくユリアナ様の差配に任せた。
そんな事とは知らずに、タンゲ・コブシは太腿の爆弾を仕舞って、片膝を突いて首を垂れる。
「元はアノ国の軍属でございます。時間以外も差し上げましょう」
「戦闘行為を止め、ユリアナさん個人に、投降してはくれまいか? 面倒は見る」
タンゲ・コブシは、武鎧の装着を解くと、両膝を突いて平伏する。
「知らぬとはいえ、殿下をお持ち帰りする気でありました。処分が妥当であります」
「それは責めぬ。ユリアナさんの美貌が罪なのだ。無理もない」
ユーシアは、笑い死にするのを懸命に堪えた。
堪えないと、周囲五百メートルが吹き飛ぶ。
「自爆して、殿下を害しようとしました」
「今、思い留まっておる。無罪であろう」
「…殿下、甘過ぎます」
タンゲ・コブシが、脇差を抜いて、自身の首筋に当てる。
「死に損なうようでしたら、どうかそのまま…」
ユリアナは、止めるかどうか、迷う。
(古風な。止めても、苦しめるだけか)
ユーシアも迷った。
(自爆マニアそうだし、この形での消えてくれた方が、安全か)
クロウは気にしなかった。
『あ〜、早よう、いね』
胸部装甲から、クロウの声がダダもれてしまった。
『あ、やべえ』
イラッときたタンゲ・コブシは、やっぱり派手な自爆にしとこうと、武鎧を装着し直そうとする。
そこで、駆け付けたエイリンが、タンゲ・コブシの顔面にドロップキックを炸裂する。
タンゲ・コブシは、武鎧を装着する前に、気絶した。
「今日のMVPは、エイリンで決まり」
そう伝えると、ユリアナはゴールドスクリーマーの主導権をユーシアに返す。
『クロイスを仕留め次第、ユリアナさんの所に戻りなさい、ユーシア。大事な話があります』
「了解しました」
『待たせるなよ、真人間』
「当たり前じゃないですか〜」
(とんでもない腐れ縁が、出来てしまったような)
『もう遅い』
胸部装甲クロウは、中身のユーシアに断言する。
『手に入れた力の代償は、この腐れ縁だ』
(それって、これからは、より深く危ない仕事をユリアナ様から回されるって事か)
憮然とするユーシアを他所に、エイリンは倒された三人を、テキパキと縄で捕縛する。
「ここは済んだから、行きなよ」
「ああ、任せた」
エイリンの態度が変わらなかったので、ユーシアは意外と落ち着いた。
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