第7話 黒竜と鼠のゲーム
【バッファロービル五階 ユリアナ・オルクベキ所蔵宝物庫】
全フロアが宝物庫と聞かされていたものの、ユーシアの予想は大きく外れた。
てっきり階層そのものが厚い扉や封印やカリーム・アブドゥル・ジャバーで厳重に守られていると考えていたのに、エレベーターが開いて見渡す風景は、ユーシアの警戒心を最高に揺さぶる。
情報量以前に、勘が即座にユーシアを警戒させる。
共用部の廊下と宝物庫は、分厚い透明なガラスの壁だけで隔たれている。
廊下から、宝物庫の中が丸見えである。
陳列されている七つのベッド型封印用ケージには、
黒白の魔杖
生々しい青龍刀
神々しいチェス盤
曰くありげな古代文書
形状を複数に変形し続ける武具
青と白のストライプを持つシマパン型ブーメラン
七つ目の封印用ケージが、明らかに開放されている。
中に入っていたと思われる存在は、ケージから離れて、壁際のパソコンで対戦オセロに興じている。
一見、剣と雷の刺繍が入ったパジャマを着た細身の麗人だが、それ以上の情報が特定し辛い。
性別も年齢も判別不能な人型の存在は、黒い鋭利なツインテールを少し傾けて、視線をユーシアに合わせる。
熱く鋭いようで、冷めて拒絶的な圧力を秘めた人外の瞳が、アイオライトの瞳を探ろうとする。
(人間形態になれる程に進化した聖剣に会うのは初めてじゃないけど…)
瞳を通して、脳髄が、ページを捲られるように速読されていくような感覚に、ユーシアは逃げかける。
(こいつは絶対に、性格が極悪だ)
一切の関わりを持ちたくなくて、ユーシアは逃げの判断を実行しかける。
レリーの手を握り、非常口から避難階段へ逃げようとする。
『レリー・ランドルに、恥をかかせるな』
人型形態の雷系聖剣クロウは、ユーシアを咎めるように、閲覧を辞めて脳髄へ言葉を送る。
『仕事を完全に果たせませんでしたと、君の怯懦で言わせる気か?』
ユーシアは、ちょびっと恥じつつも、睨み返して脳内で言い返す。
『人の頭を勝手に読もうとした挙句、パワハラするな』
『この階層に来るような猛者なら、その程度の事で動揺しない。此処の兵員で最も優れた回復役の片手を塞ぐ未熟さは、もっと恥じるべきだ』
言われてユーシアは、レリーの手を握ったままだと気付いて、放す。
レリーは、まあツッコミを入れずに、赤面を堪える。
『……確かに。未熟です。反省します』
『うむ、精進せよ、少年』
ユーシアが素直に反省すると、パワハラ聖剣は視線を外して対戦オセロに戻る。
その隙に、ユーシアは頭の中で細やかに反撃する。
(いつか川に放り投げて葬らん)
『聞こえておるぞ』
(気のせいだよ、ばーか、ばーか)
『……』
そんな遣り取りが終わるのを待って、レリーがチュートリアルを始める。
「別に特殊な結界とかは、無いですよ。知性付きの宝物が警護を兼ねていますので、実は全然全く、我々警備陣が不要な階層です。
ぶっちゃけ、この階に入ろうとする不審者は、ゴキブリホイホイに入ったゴキブリと同じです。持ち帰ろうとしても、宝物自身に泣かされて終わりです。
此の階層で泣いている人を見かけたら、優しく慰めながら警察に突き出しましょう。そして金一封を貰って、焼肉です」
「上のユリアナ様の私室と、下の事務所の警護も兼ねているのかな?」
「当たりです。実のところ、私たちに期待されているのは、一〜三階の商業フロアの警備です。ユリアナ様の護衛は、ここの宝物達とフラウさんで十分ですから」
「ふ〜ん。じゃあ、俺の仕事は、アキュハヴァーラの便利な出張派遣で決まりだね」
実は警備としては必要とされていない現実を前に、ユーシアは上の階でユリアナに言われた仕事内容を覚悟する。
「ここで留守番業務をしているより、街全体を守る忍者の方が、カッコいいと思うけどなあ」
レリーが、ユーシアの両手を握りながら、鼓舞してみる。
「みんな、忍者に幻想を持ち過ぎだよ」
「ユーシアは、みんなの幻想を超える忍者だと思うよ?」
「休職したのに…」
レリーの励ましを全く寄せ付けず、緩くて暇な仕事を期待していた美少年忍者は、けしからん事に本気で落ち込む。
「サボれなくて、そんなに残念?」
普通の萌え萌え美少女的な鼓舞を打ち切り、指相撲でマウントを取ろうとしながら、レリーは攻める。
「この二年間、日朝にスーパーヒーロータイムをリアタイ出来ない日々だったから、反動で緩い仕事がしたかったのに」
「…日曜の朝に小学生を働かせる仕事ねえ…」
レリーが(指相撲をしながら)本気でユーシアに同情していると、宝物庫内部から、クロウがユーシアを手招きする。
「少年。我の対戦相手が、貴公に話が有るそうだ」
人型形態の雷系聖剣クロウが、わざわざ口頭で発音して中へ招待する。
ユーシアは、全身で入室を拒否したかったが、パソコン越しに対戦オセロの客人が、唸る。
「判断が遅いな、ユーシア・アイオライト。休職して一日で、俗ボケか。しかも美少女メイド店員さんとイチャイチャ指相撲しくさってからに!!」
ユーシアは、レリーとの指相撲を中断する。
昨日までの上司の声を違えようもなく、ユーシアは一瞬で入室してパソコンの側に立つ。
パソコン画面の一窓から、人間形態を取っていない生身の黒龍が、眼球一つだけでユーシアを圧する。
国家公認忍者の上級幹部としてコノ国で余生を送る初老の黒龍は、ユーシアの上司であり、師匠の一人である。
通り名を、黒龍軍師ドマ。
本名を知る者は、コノ国には存在しない。
「これを偶然と考える程、俗ボケはしておらぬよな?」
「いいえ〜。世間は狭いなあと、感慨深く再会を驚いております」
元上司の掌で休職していたショックを見せずに、ユーシアは涼しい顔で心にもない挨拶を返す。
「クロウ。こういう奴だ。多少は泣き喚いても、気にせずに使い潰せ」
「出来ない」
雷系聖剣クロウは断ると、黒龍軍師ドマの盤面を全て黒く塗り潰す。
「二年間も日朝を潰された、不憫な少年だ。優しく保護する」
その言葉を聴いた者は、忍者もメイド店員も黒龍も、信じなかった。
クロウは、正直な沈黙に堪えずに抗議する。
「なあ、人外の聖剣だからと言葉を信用しないのは、聖剣差別だとは思わないか?」
黒龍軍師ドマ「思わぬ(経験上)」
ユーシア「無理です(忍者の勘)」
レリー「ダメです(女の勘)」
猛烈で容赦のない不信を突き付けられたクロウは、涙目で長所をアピールしようとする。
「少年よ。我の聖剣形態と一体化すれば、全身で電撃攻撃が出来る無敵のヒーローに」
「結構です」
ユーシアは、胡散臭い雷系聖剣のセールスを、冷たく拒絶する。
「電磁バリアが張れるから、戦艦とだって戦えるぞ?」
「戦艦の砲撃をマトモに受ける時点で、忍者失格ですよ」
「機械系の敵は、特に瞬殺だぞ?」
「別に変な聖剣と合体しなくても、戦えますけど」
「飛行能力も」
「要らないです」
「片手で電磁加速砲(レールガン)が使えるぞ?」
「しつこいですよ」
「応用すれば、1キロ先に手裏剣を命中させられる」
ユーシアは、一瞬、考えてしまう。
「1キロ手裏剣…」
ユーシアが食い付いたので、クロウは畳みかける。
「我と合体して体の支配権を一時譲って、アキュハヴァーラの街で遊ばせてくれれば、それなりに無双なヒーローとしてバックアップしてあげようぞ。こんな良い話を何度も頑なに断るなんて、恥ずかしがり屋さんだな、少年よ」
「断る」
ユーシアは元上司に挨拶してから、退室する。
「さあ、レリー。他に解説がなければ、移動しよう」
「え? 他の宝物の解説が…」
「時間を喰うから、後でメモ書きを渡してくれればいいよ」
「あー、そうね、デート優先ね。起こすのも気が引けるし」
『を〜い、少年。合体して一つになって、ハイボールで飲み明かそうぞ』
「さあ、じゃあ、移動しよう」
『好みの女性の話をして、どこまでのプレイが可能か語り合おうぞ』
「…クロウが、話を続けているような気がしますけど?」
「気の所為だよ」
『レリーにも聞こえるように語りかけとるわ!』
ユーシアは移動の間、しつこく脳内に語り掛けてくるクロウをガン無視した。
ユーシアとレリーがエレベーターのドアの向こうに消えてから、黒龍軍師ドマはオセロを再スタートさせながら、クロウに確認する。
「そんなにユーシアと一つになりたいかね?」
「淫らな言い方はするな」
クロウは笑いながら、オセロを再戦する。
「滅多にいないのだ、我を受け入れても、発狂も傲慢も爆発も感電も漏電も過労も暴走も選民も躁鬱にも成らずに、普通に使い捨て出来る、お互い様は」
「そこまでレアな存在に成っても、求める距離感は、使い捨てか」
「お互いに使い捨てで、丁度良い。葬式の時に、ちょっと酒を飲みたくなる程度で済む」
雷系聖剣クロウは、鋳造されてから千年経っても、所有者に拘泥らずに、転々としている。
「わしは葬式が好きだがな。死んだ部下や知人の、墓に入るまでの不在興行は、いつも堪らない諧謔に満ちている」
「我は悲しむ。悪趣味な」
「薄情よりは、悪趣味の方が厚情である」
「知らぬぞ、その様なニッチな言い訳」
オセロ盤は、今度も真っ黒に染まった。
「…お主、イカサマをしておらぬか?」
黒龍が、窓の向こうで鼻から強酸性の鼻息を荒げる。
「それは完全敗北を意味する言い掛かりぞ」
「ちょっと待て。この対戦オセロのプログラムを製作した面々を洗い出し、不正を暴く」
「またか」
黒龍が窓に『震えて待て』というロゴ入りのイラスト画像を貼り付けて、部下に緊急の命令を下している。まず間違いなく、空振りに終わる緊急捜査の命令を。
「ユーシア・アイオライトが休職する訳を、リアタイぞ」
クロウは、己の適合候補者の事情を悟って、面白がる。
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