第51話 燃えるような赤い薔薇、夢に添えて(1)

【コウガ地方 水口(みなぐち)の里 望月家ゲストハウス別館】


 リップ達がユーシアと合流出来たのは、夜の十一時を回った頃だった。

 多くの子ども達に物語を聞かせ、寝付くまで付き合ったリップは電池が切れて熟睡寸前の状態で、イリヤに抱き抱えられて戻って来た。

 布団は既にユーシアが敷き終えている。

「真ん中がリップで、隣りが俺。反対側にイリヤで、ヴァルバラは入り口に近い布団」

「イリヤと同じ空気を吸いながら寝たくない」

 本気で言っているので、ユーシアはヴァルバラの布団を別室に運ぶ。

 イリヤはゲストハウスに用意された寝巻きにリップを着替えさせ、メールで明日は休学する旨をラフィーに(遅くなったと詫びながら)伝えつつ、自分も寝巻きに着替える。

 リップの就寝を見届けると、ユーシアもバタンと寝入る。

 リップとユーシアの就寝を確認してから、イリヤも寝ようと消灯を試みるが、エリアスが警告を発する。

「レリーとサラサが、隠し通路に潜んでいます。寝込みを撮影する気です」

 イリヤが太刀を、隠し通路に面した壁に向ける。

「出て来て不埒な撮影を断念しないと、壁ごと斬るであります」

 隠し通路から出て来たレリーとサラサは、不満そうな目でイリヤを見ながら、ユーシアの布団に潜り込もうとする。

 そのボケに対して、ユーシアは不機嫌にレリーの尻を蹴飛ばし、サラサの角を裏拳で叩く。

「寝る。邪魔する奴は、次のガンダムの新作をリアタイ出来なくなる刑」

 そう言ってから、寝た。

 リップの髪の毛に顔を埋めながら、幸せそうに、寝た。

「…クソガキめ〜」

 臀部を強蹴りされて這いながら動くレリーが、せめて顔に落書きしたろうかと隙を窺うが、ヴァルバラが戻って来て不機嫌そうに介入する。

「気配が下品過ぎて、眠れん」

 サラサのカメラを魔眼『アタランテ』の魔法合金矢で取り上げ、レリーの顔に押し当てて拘束する。

「強制的に寝かせるぞ」

 魔法合金矢が幾何学的に展開し、室内に赤い透過光を波うたせる。

 赤い薔薇の波動が、室内を撫でていく。

 サラサとレリーが、一秒抵抗出来ずに、即落ちする。

 イリヤもバタンと寝てしまった。

 エリアスですら、元の形に戻って寝てしまった。

 それらを布団に入れて寝相を直してから、ヴァルバラは失策に気付く。

「あ、この魔法は、全員まとめて同じ夢に入ってしまうヤツだったか? まあ、いいか」

「良くないよ」

 今日はずっと秘かにガルド教団の秘匿情報を掘り漁っていたので存在感の無かったカイアンが口を出してきたので、ヴァルバラはビビる。

「夢の内容によっては、入り込んだ者が発狂する危険もある」

「そんな柔な面子は…」

「リップ様の夢がベースなら、楽観しない方がいい」

「サルベージしに行きます」

 ヴァルバラは武鎧『赤薔薇』を装備すると、リップの夢の中へと転移する。




【夢の中 映画館 待合ロビー】


 広い待合ロビーで、ユーシアはリップと一緒に直上映予定の広告チラシを漁っている。

 守役抜きの二人きりでのデートに、距離感がガンガン詰まる。

 お互いの肩をゼロ距離で触れ合わせながら、広告チラシの情報量を咀嚼し合う。

「これよ、これ『サイコ・ゴアマン』!! 十年に一度のB級傑作映画の匂いが、プンプンするわ」

 はしゃぐリップの肩を、ユーシアは遠慮なく抱き締めて、髪の毛の匂いを存分に吸う。

「あゝ、いいなあ、守役のいないデートは。密着しても斬られずに済む」

「ふうん、ユーシアは、思う存分好き勝手に出来る世界では、あたしにエロい事をしたいのね」

「はい、そうです」

「正直だなあ、夢の中でも」

「夢?」

「夢の中でなければ、守役のいない瞬間なんて、無いよ」

 ユーシアはリップを抱き寄せたまま、周囲を見渡す。

 リップと二人きり。

 他の観客は、いない映画館。

 エリアスもいない。

「あたしの夢の中だと自覚したから、二人きりになった。他の余分な奴は、映画館に入れないように、願った」

「おお、完全な二人きりデートが、リップの望み?」

 リップが、ユーシアを抱き付き返す。

「夢の中だけどね」

「忘れちゃうのかな、これを?」

「夢の中だからね」

「ふむ、所詮は、脳のデフラグタイムの、泡幻か」

「今は現実だよ」

 リップが、強くユーシアを抱き締める。

「今だけは、現実」

 リップが、ユーシアの耳元に、声を捻じ込む。

「夢から覚めても、現実」

 そのまま押し倒して、ユーシアを抱き枕にする。

「愛しているよ、ユーシア」

「うん、俺も」

 ユーシアの方もリップを抱き枕にしようとした一秒後に、映画館の入口が破壊される。

 武鎧『赤薔薇』に身を包んだヴァルバラ・シンジュが、薔薇の花弁を撒き散らしながら、接近する。

「さあ、お嬢様。一旦起床して、寝直しましょう」

「ヴァルバラ・シンジュ」

 リップは、ユーシアと抱き合ったまま、言明する。

「毎晩、この魔法を使ってくれたら、給金を弾む」

「買収は不可能ですよ。陛下の勅命で、健全な養育を任されておりますので。斯様な早過ぎる一線越えは…」

 ヴァルバラの顎に、リップの真空飛び膝蹴りが決まる。

 夢の中なので、物理法則を無視した速度で接近し、武鎧越しにヴァルバラにダメージを与えている。

 ヴァルバラに馬乗りになって殴り続けながら、リプは本音を打つける。

「邪魔だ邪魔だ邪魔だ、みんな邪魔だ、誰もが邪魔だ、本当に邪魔だ、邪魔だ、イリヤも邪魔だ、お前も邪魔だ、レリーも邪魔だ、エリアスも邪魔だ、お母さんも邪魔だ、バカ親父も邪魔だ、何もかも邪魔だ、邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ、消えろこの野郎!! あたしをユーシアと二人っきりにしろ、このボケ!!」

 聞くだけ聞いて、ヴァルバラは反撃する。

「失礼します、お嬢様」

 一発、ヴァルバラはリップに平手打ちを頬に入れる。

 躱せなかったので、リップは驚いて動きを止める。

 今度は、リップが殴るより早く、ヴァルバラがリップをカウンターで殴り返す。

「失礼します、お嬢様。ハンデなしだと、一流の騎士にして一流の魔法使いであるヴァルバラは、お嬢様より強いのです」

 リップが、魔法の蜘蛛の糸で絡め取られる。

 今度はヴァルバラが、リップに本音を打つける。

「その若さで性欲剥き出しの子供を、周りが放置する訳ないでしょ?! 心も体も未成熟で、子作りにも子育てにも耐えられないクセに!! 

 同衾しても手を出さないユーシアに甘えて、周囲に心配かけまくって、こうやって力任せに説得しないと発情を抑えられないダメ女は、どうせ男に逃げられて子供に見捨てられるだけですよ!」

「死ね」

 リップが、魔法の蜘蛛の糸から体を引き剥がし、素手で武鎧『赤薔薇』の頭部装甲を握り潰そうとする。

 ヴァルバラは頭部装甲をパージして、リップの手を逃れて、カウンターで腹パンをキメる。

 その段階で、リップはユーシアが加勢に来ないという違和感に気付く。

 そしてヴァルバラも、リップの苦戦にユーシアが反応しないという異常に気付く。

 ユーシアは、壁や天井の点検をしている。

 リップを放って。

 申し合わせなくても、リップとヴァルバラは停戦する。

「ユーシア?」

「これは、誰の夢かな?」

 ユーシアは、手刀で風を起こして、リップのスカートを捲る。

 そこには、ユーシアがリップに履かせたいと渇望していたシマパンが。

「リップだけでなく、俺の願望まで実現するのは、おかしい。この夢の中で、『参加者全員の夢が叶うといい』なんてカオスな事を具現化して喜びそうなアホは、サラサとレリー、どっちだ?」

 映画館の劇場内の扉が、内側から開く。

 イリヤが、パジャマ姿のまま、太刀を抜刀して現れる。

「自分であります」

 やや怒りながら、イリヤはユーシアを太刀の間合いに入れる。

「お嬢様とユーシアの本心を、聞いてみたかったであります。自分は察しが悪いので、この機会に知っておきたかった」

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