第52話 燃えるような赤い薔薇、夢に添えて(2)
【夢の中 映画館 待合ロビー】
やや怒りながら、イリヤはユーシアを太刀の間合いに入れる。
「お嬢様とユーシアの本心を、聞いてみたかったであります。自分は察しが悪いので、この機会に知っておきたかった」
ヴァルバラは、戦慄した。
(このバカ、思ったよりも腹黒かった)
ユーシアは、不思議そうに問い返す。
「…見たら分かるじゃなイカ。相思相愛だよ」
「家族計画についてであります」
「はああ???」
「お嬢様がユーシアとの間に何人の子供を作るかで、自分の人生設計が大きく違ってくるであります〜〜!!」
ヴァルバラは、落胆した。
(このバカ、論外のバカだった)
「偽者ね」
リップが断言する。
「本物のイリヤなら、あたしとユーシアが何人子供を作るつもりか、既に知っている!」
「そうだぞう(え? そうだっけ?)」
ユーシアは、リップが余計な事までイリヤに話していると知り、戦慄する。
「くっ」
イリヤの化けの皮が剥げ、レリーが姿を現す。
「何つうバカな見破り方を。このハイパー・バカップルめ」
レリーの姿はメイド服ではあるが、コンセプトが『吸血鬼の悪役令嬢』みたいな禍々しさでデザインが改変されている。
「で、いつ子作りするの? 今? 三年後? 五年後? 安全策で十年後?」
「十年後」
ユーシアはキッパリと答えた。
「何時でもいい」
リップは問答無用で答えた。
人数以外は、全く計画していない若者たちだった。
「あー、聞いて無駄だった。この姿で出て来たのに」
レリーはソファーに座ると、ジュースの自販機を呼び寄せて水分を補給する。
「ここは、レリーの夢の中?」
「いいいや、リップの夢の中だよ。わたしが夢渡りに慣れているから、自由に振る舞えるだけ。喩えるなら、共同プロデューサーかな」
吸血鬼の方の能力全開で、レリーは排除しようとするヴァルバラからの攻撃を指先だけで軽く弾く。
「わたしは話をしに来ただけだよ、魔法騎士」
ヴァルバラは、無言でレリーを排除する為の攻撃を続ける。
レリーはヴァルバラからの干渉を片手間であしらいながら、ユーシアとの会話に戻る。
「ユーシア。わたしは客人」
レリーは、そう前置きする。
「ハーフ吸血鬼の回復能力者にして、メイド喫茶の店員。その設定で、リチタマに暇潰しをしに来ている。このサブ人生を、わたしは満喫している。本体のメイン人生よりも、好き」
「そんな暴露話をペラペラと…あ、忘れるのか」
「覚えていても、別にいいよ。ユリアナ様は知っているし」
レリーは、天井から隠し撮りをしていたサラサに魅了の視線を送る。
二秒ほど抵抗して、サラサは天井から落ちた。
そのまま、夢の中から退場する。
「こういう無差別無責任拡散は、ゴメンだけど」
「レリーの本体って、アルビオンの本体と、仲が悪い?」
「知らない」
ユーシアの探りに、レリーは強い否定で返す。
ユーシアの目が笑っているので、レリーは虚言を諦める。
「勘の良いガキだなあ」
「そういう所が、お好きでしょ?」
「君との会話は、世間話以外は疲れる。本題に専念しよう」
ヴァルバラからの広範囲魔法攻撃を、両眼から放出する魔力の結界で防ぎながら、レリーはユーシアに問う。
「ユーシア。君と同化した廃棄聖剣は、こちらの世界から持ち込まれた物が大半だ。ゴールドスクリーマーの状態でなら、わたしの世界と往復が出来る」
「行かないよ」
ユーシアは、断言する。
「偶にメシを食いに行くくらいなら兎も角、アルビオンを殺しには行かない」
レリーは、ユーシアの昏い碧眼の奥に、まだまだ曇りそうもない星を見た。
己の意志にそぐわない仕事は、断固として拒否する事を美徳として信じる、純粋で残酷な心を。
「その気が変わる未来にならない事を、願うよ」
レリーは、結界を解いて、ヴァルバラからのサルベージを受け入れる。
「幸あれ、二人とも。君たちが想うよりも多めに、わたしは君たちを祝福している」
赤薔薇の渦に呑み込まれながら、レリーが寿いで消えていく。
ついでに、夢の中の映画館も、消えていく。
赤薔薇の花弁に、映画のチラシが混じって消え去る。
ユーシアが、リップの肩を抱き直す。
「もういいの?」
「寝直す。悪夢はリテイクに限る」
リップが、ユーシアの首筋に、マーキングするかのように唇を付けて強くキスをする。
「レリー予防?」
「夢の中でも、独占しないと」
ユーシアにお姫様抱っこをさせると、リップはヴァルバラを目で急かす。
「抵抗せず、素直にサルベージされてください。失敗すると、暫く不眠になります」
抱き合って赤薔薇の渦に呑まれながら、ユーシアとリップは、見詰め合う。
夢の中の互いをも、忘れないように。
消えて解けていく互いの景色が、少し妙に歪む。
剽悍に成長した十年後のユーシアと、磨き抜かれた緑宝石(エメラルド)のように美しい女になった十年後のリップが、ガン見し合う。
「!!? 予知夢でも混ざったのか」
ヴァルバラは、そう推測する。
十年後のユーシアと、十年後のリップが、深く重なりながら、夢から抜けていく。
「ふむ。あれが未来の二人か」
ヴァルバラ・シンジュは、何だか満足感を得て微笑む。
「確かに、守役は、お邪魔だな」
夢の世界に残された最後の花弁に乗って、ヴァルバラ・シンジュは夢から退去した。
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