第9話 東スポネタ大好きサラサさん

【バッファロービル二階 メイド喫茶『百舌鳥亭』パーティ&ライブフロア】


 リップとのデートまで六十分。

 時間的に余裕が出来たかなと楽観するユーシアを戒めるように、レリーが鬼教官の顔になる。

「油断するにゃ(噛んだ)」

 噛んだ舌から出た血を飲み下しながら、レリーは仕切り直す。

「事件発生率は、メイド喫茶『百舌鳥亭』がダントツで多いからね。可愛いメイド服を着た店員さんは、絶対領域を剥き出しの上に、乳揺れ上等の器量良し揃い。群がりますよ、下等生物達が! 金を払えばパンチラ盗撮や、お手手にぎにぎ、濡れた股間拭き拭きに、出待ちナンパでしつこく付き纏うアホどもが、もう、倒して倒しても際限なく、湧いて出るからね? 戦場ですよ、都会のメイド喫茶は!!」

 という気合の入った前振りをしてから、レリーは店内にユーシアを伴う。

 フロアはライブやイベントが可能な劇場仕様になっており、客席は百二十席程。

 メイド店員達が客席を念入りに掃除し、ステージでは今夜ライブを行う新人声優グループが、リハーサルに専念している。

 ユーシアは邪魔にならないように下駄を鳴らさず、他の階層同様に素早く室内の構造を把握すると、一人の異質なメイド店員に気付く。

 四本角のゴブリン(人並鬼)族のメイド店員が、庶務も接待も掃除も給仕も準備もせずに、新人声優グループのリハーサルをガン見している。

 そして厚かましい事に、小型カメラを構えて実況をしている。

「さあ、新人声優グループ『サンダーサボテンズ』の練習も、佳境に入りました。今のところ、パンチラは発生していません。

 けしからん!

 どうせステージ衣装の下は見せパンなのに、初歩的なダンスパフォーマンスばかりとは。根性なしです。

 このグループに目を付けた声ブタの皆さん。コイツらをオカズに出来るのは、上級者だけですぞ」

 身勝手な実況に耐えかねて、新人声優の一人が、手が滑ったフリをして、マイクを四本角ゴブリン・メイド店員に投げ付ける。

 投擲されたマイクを、四本角ゴブリン・メイド店員は無表情のまま、人差し指だけでイナしてコースを変えると、ユーシアの股間に向けて軌道を変えた。

 難なくキャッチしたユーシアは、ステージに近寄って持ち主に返却する。

「はい、落とし物」

「す、すみません、手が滑っ…事故です!」

「そう、事故だから、気にしないで」

 泣き顔で詫びを入れようとする新人声優さんを宥めてから、ユーシアは実況をシレッと続ける四本角ゴブリン・メイド店員のカメラ前に立つ。

「サラサの邪魔だぞ、有害そうな美少年。少しでも常識が備わっていれば、実況放送中のジャーナリストの邪魔はしないぞ…若頭?」

 サラサ・サーティーン(十五歳、赤銅色の瞳&四本角の白髪ショートウルフ、動画配信者として行動する国家公認忍者)は無表情ながらも、まるで今気付いたかのように振る舞う。

「いやはや、まさかこのような娯楽の街中で、抜け忍となった若頭と出会うとは。

 『サンダーサボテンズ』を推す気ですか?

 二、三年後には自然消滅していそうな連中ですが、推します? 課金はせずに視聴するタイプのダメ推しですか?」

 白々しくも図々しく、公私の区別をまだらのままに、サラサ・サーティーンは実況を続ける。

「抜け忍じゃないよ。休職中。あと、ライブ前に当事者の前で暴言かますな」

 ユーシアは、サラサを物理的に排除する事も考えたが、当の『サンダーサボテンズ』はサラサの毒舌を聞いても逆に燃えて結束を固めて練習を仕上げた。

 狙って出た効果ではないので、誰もサラサを褒めない。

 サラサは、更に無表情に実況配信を続ける。

「おおっ、若頭の乱入で、視聴者数がやや上がりましたぞなもし。インタビュー、よろしいですか?」

「俺は今、このビルのチュートリアル中。直ぐに下の階に移るよ」

「視聴者のみんな。これが国家公認忍者の最年少、通称『若頭』のユーシア・アイオライトです。今はグレて、仕事をサボってメイド喫茶のパシリ」

「勝手に人を紹介するな! しかも半分以上が嘘だろ」

 サラサは無表情ながらも、ちっちっちと指を揺らしながら、説明する。

「若頭、サラサの動画を見ていませんね? サラサの動画は、常に嘘と真実が50%前後。この絶妙なマリアージュ加減に、視聴者は足りない頭を捻らせた挙句に、都合の良い考えだけを受け入れるのさ。それが人間」

 曖昧模糊だが隠しようのない生配信で、標的の社会的信用を地に落とす。

 犯罪の暴露を恐れる者にとっては、死神に等しい厄介な国家公認忍者なのだ。

 とはいえ元同僚のユーシアは、サラサの本質を看破している。

「サラサが適当なだけだろう」

「サラサが適当である事と、人間族が適当である事は、両立する。矛盾しない。むしろ、相性がバッチリ。サラサが九情承太郎作品で皆勤賞なのは、伊達ではないのです」


 そうだっけ?


「この動画の配信を拒否して、削除要請の方向で動いてやろうか?」

「サラサの生配信で恫喝とか、やりますね若頭」

 このカオス脳のキャラと会話しても不毛なので、ユーシアはガン無視を決めた。

「レリー。他に説明がなければ、最後の階に行こう」

 手早く済ませようとするが、レリーはウフフな顔でユーシアの肩を抱き、サラサのカメラに向かって宣言する。

「慌てなくていいのよ、ユーちゃん」

「??」

「これから、ゲストの楽屋に入って、不審者が紛れていないかどうか、念入りにチェックしましょうね(ウフフフフ)」

 雑魚メンタルのレリーにしては、大胆なアプローチである。

「レリー、カメラの前だからって、テンションを変えなくても」

「ユーちゃん、早く二人きりになろうよう〜」

 ゲストの楽屋に連れ込んで何かしそうな態の、悪そうな顔である。

 ユーシアは、レリーに裏拳でツッコミを入れたくなる衝動を堪えて、レリーがカメラ前でキャラ変した動機を察する。

(レリーの小悪党な生態系からして、この豹変は…サラサの動画配信でウケそうな悪ノリサプライズを起こして、分け前をもらう算段か?)

 サラサが無表情なので分かり難いが、このレリーの動向を歓迎しているのは感じた。

 そして、レリーの慣れたカメラ目線。

(連んでいるな、この二人)

 元より、レリーを信用するような主人公ではない。

 発想を変えて、ユーシア自身も悪ノリを返す。

「はい、頼みます、先輩」

 両手を不自然なまでに、ぎゅうッと、握る。

「え?」

 熱くて硬い『お手手にぎにぎ』に、レリーの頭に血が昇る。

「是非とも、二人きりで熱烈な指導を」

「まじ?」

 甘言だと頭で分かっても、レリーの警戒心が笑顔で緩む。

 ユーシアは両手の指を絡ませて解けないようにすると、ブンブンとレリーを振り回して、サラサのカメラをレリーの足で破壊しようとする。

「若頭。元同僚であるサラサを、ナメていませんか?」

 サラサは攻撃を躱すと、カメラをツノの間に挟んで固定し、振り回されるレリーの両足首を掴んで動きを止める。

「こんな大振りの攻撃など、簡単に止められ…あ」

 サラサが、ユーシアの目論見に気付く。

 カメラには、レリーの足元からの変則ローアングルが、大写しになっている。

 視聴者たちは、レリーのメイド服スカートの中身を生足ごと確認できて、ガッツポーズ。

 好評価が爆発的に付き始めるが、同時に動画配信の運営組織に向けて、ハレンチ映像への通報が増していく。

 たちまち運営組織から、警告のメールがサラサの携帯電話に届く。

「くうっ、しまった。この部分は、後でモザイクをかけないと」

「今なら事故だと言い訳出来るが、一旦カメラを切らないと、アカウントごと出禁にされる確率が上がるぞ、サラサ」

「それが狙いかあ!?」

「元同僚に、こんな大根足で大振り攻撃をすると思ったか?」

 大根足と呼ばれたレリーが、奥歯をぎりりと噛み締める。

「若頭なんかカメラに映さなければ良かった」

 悔やみながら配信を一時中断するサラサに、レリーが小声で削除依頼をする。

「私、今のローアングルを売りにするつもりは、ありませんから。削除してね」

「美少年忍者を楽屋に連れ込むメイド店員の方が、問題だ。うむ、やはり、全部アウトだ。レリーの出番は、丸ごと削除する」

「渾身の悪役演技だったのに」

(あれで?)

 呆れたユーシアが、口にしてしまう。

「演技も大根だったね」

 言ってしまったユーシアを、レリーがマジ睨む。

「手を離しなさい」

「…いいの? いきなり離すと、床に頭を」

「ゆっくりと安全に留意して離すに決まっているでしょ!?」

 怒っているので、ユーシアは手を解きながらレリーの頭と肩を優しく抱えて、床に下ろす。

 サラサが足を持ったままなので、レリーの姿勢が逆立ちになり、スカートが180度捲れてしまった。

 敢えて、文章で説明すると、レリーの下半身が、丸見えである。

 下着、ガーターベルト、隠し拳銃、大根足が、丸見えである。

 二秒遅れて、サラサが時間を掛けてゆっくりと、足を床に下ろし始める。

「…今のは、サラサの所為だよ?」

「…分かっているけど、ユーシアにムカつく」

「ごめんなさい」

「はいはい」

 まだ頭と肩を支えているユーシアの手の温もりに、レリーは惚れないように気を付ける。

 気を付けながら、次に進む。

「じゃあ、楽屋を確認したら、最後の階に行こうか」

 レリーは、今日知り合ったばかりの美少年忍者に、いつものように微笑む。

「よし、行こうか」

 ユーシアは、それを当たり前のように、受け取る。

「いいぞ若頭。サラサも付いて行く」

 サラサも、カメラを片手に、ユーシアの背後でカメラを構える。

 ユーシアが、味方には向けていけない視線を、サラサに向ける。

「俺が撮影中止と言ったら、そのカメラを止めるのか?」

「若頭。サラサは報道する権利の権化。恐怖と暴力で片付けられるとは思いなさるな。サラサの敵に回るという事は、文明の敵に回るという事ですぞ?!」

「よし、撮れ。BANされて動画配信業界から永久追放されるまで、撮らせてやる」

「やだなあ、若頭。サラサは良識のある動画背信、いえ動画配信ジャーナリストですぞ?」

 こうしてユーシアのチュートリアルは、余計なオマケを加えて、最終局面へ。




【イリアス商会コノ国支部 会長執務室】


 その様子を見ていたシーラ・イリアスは、レリー・ランドルがユーシアに「デレて」いる事を見抜いた。

「あ〜、またか。前は妹キャラだったのに。姉キャラの立ち位置でも、ユーシアに惚れるのね」

 前世からの失恋仲間に、シーラは勝手に献杯する。

「どうせ貴女は、前世でのユーシアとの縁を、一切明かさずに済ませるでしょうけど。その何遍出会っても報われない、愛の為に」

 グラスに注がれたウイスキーが、シーラ・イリアスの喉元に流し込まれていく。

 飲み干してから、シーラ・イリアスはグラスを光の蝶に変換する。

 生まれたばかりの光の蝶は、羽衣の肩に止まると、何も言わずに創造主の唇を見詰めて、言葉を学ぼうとする。

 その美しい唇から発せられる言葉が、今夜は愚痴だけとは、未だ知らない。



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