第21話 愛の所持数が多い男と眼帯令嬢

【アサキユメノ国 帝国議事堂新館 外事攻動部】


 コノ国(コトオサメノ国)とアノ国(アサキユメノ国)の時差は、十二時間に及ぶ。

 地理が惑星の丁度反対側なので、昼夜が逆転している。

 ユーシアがエリアス・アークに命じて睡眠の魔法を使わせた時刻・午後九時九分は、ヴァルバラ・シンジュが仕事を始めた直後の午前九時九分だった。


 ヴァルバラが出仕ゲートを潜ったのは八時だが、帝国議事堂の敷地内は広大なので、専用車両で職場の入っている建築物に着くまで二十分、一階の喫茶店で飲み物と昼食を買うまで十五分、職場フロアに到着して不在時の要保安エリアの情報を吸収するのに十五分かかり、今現在、惑星の反対側の寝室で眠ろうとしているリップを観察している。


 カフェオレを消費しながら、遠隔地の保安エリア(ラフィー視線で言うと種馬専用部屋)で美少年忍者が美少女芸能人からの猛烈アタックを辛うじて躱し、式神に命令して寝てしまう戦術の成功を見届ける。

「よくぞ我慢した、美少年忍者。…本人と母親がゴーサインを出しているのに、どうして攻めないのかという煽りは、しないぞ」

 ヴァルバラ(十八歳、ピンクの短髪&黒真珠の瞳、アノ国外事攻動部所属騎士)はユーシアの良識を褒め称えるが、同僚は慌ただしく個室ブースに接近して顔を出す。

 パーテーションの上から、身長222センチの巨漢が、ヴァルバラを見下ろす。

「この私の携帯端末に、珍しくも警報が届いた。手に負える内容かな?」

 巨大でない箇所がない巨漢が、小指で器用に携帯端末を操作して、同僚に問題の箇所を見せる。

 豊満なナイスボディのメイドさんにカスタマイズされた警報告知映像が、涙目でカイアンに助けを求めている。

 己の性癖が露わになる心配は、全くしない僧兵だ。

 ヴァルバラは、眼帯の下の右目の疼きを務めて無視し、カイアンが心配症特有の悲観的な表情を向けているけどムカつかずに返答する。

「ラフィーが陛下の仮宿所を、ユーシアに貸し出した。ユーシアが就寝する際、リップお嬢様が守役と共に夜這いを仕掛けたが、添い寝で丸く収まった」

「…室内で、個人の意志を奪う魔法が使われたという警報が入ったので、てっきり、ラフィー殿が襲われたのかと」

 カイアン(三十五歳、スキンヘッド&どデカい眼、アノ国外事攻動部所属僧兵)が、心配が無駄に終わったので安堵する。

 楽観してくれない男なので、一緒に仕事をする者は疲れるが。

「リップお嬢様がユーシアに膝枕をしようかと迫ったので、ユーシアが式神に睡眠の魔法を使用させた」

 カイアンの顔が、固まる。

「犯罪ではなく、安眠の為です」

 カイアンの顔は、固まったままだ。

 ヴァルバラの説明では全く安心せずに、別の心配事を顔に出す。

「夜這いの件は、お知らせした方が、いい案件ですね」

 この件で陛下に報告した場合のリアクションを想定して、ヴァルバラは牽制球を投げる。

「…たとえこの直後に、そのう、そういう関係に発展しても、口を出すには及ばない。リップお嬢様の自由が第一で、干渉は自力でのトラブル解決が不可能と判断された時のみです」

「いえ、娘さんに本命が現れた以上、知っておきたいだろうと慮りまして」

「そんなの珍しくもないでしょう。三十七人も子供を持つ方ですよ」

 カイアンは、声と背丈を可能な限り縮めて、囁く。

「でも、政略抜きで結ばれそうな子供は、初めてですよ。見守りたいと、お思いではないでしょうか?」

「お主、今、限りなく不敬な発言を広範囲にしたとは思わないのか?」

「したとは思いますが、陛下の親心優先で」

「じゃあ、面会して、ご注進する手続きでもしてくださいな。知性派で弁えているヴァルバラは、同席だけはしてあげますよ」

 ヴァルバラは突き放すつもりで、そう言った。

 十八歳で閑職に甘んじている伯爵家令嬢は、この件でもダラけて流す気だった。




【アサキユメノ国 帝国議事堂本館 賓客室『鶴翼の間』 別名・皇帝専用面会室3】


 二時間後。


「運が良いですね。午前中の予定が、叙勲推薦者の選定作業だけでしたから。どうぞお寛ぎを。陛下も私服で参りますので」

 慌てて正装に着替え直して化粧師に臨時報酬を払って化粧し直して畏まるヴァルバラ・シンジュに対し、皇帝専用メイドは、玉露と落雁を出してもてなしながら、リラックスの方向へと導く。

「いただきます!!」

 いつもの深緑の僧衣で入室したカイアンは、極レアな皇帝専用メイドさんに茶を入れてもらい、デレてリラックスして落雁をバリバリと食べ始めている。

(言い出しっぺがリラックスすな〜〜!!)

 心中でカイアンの頭の横にベアクローを刺し込みつつ、ヴァルバラは玉露の入った茶碗を持ち上げ…


 背後に忍び込んで、マウントを取ろうとする老人の気配に気付く。


 余裕を持って、気にせずに玉露を飲んでから対応しようとしたが、背後から忍び寄った老人は余裕を失いかけていた。

「おい、給料泥棒。娘が夜這いしたというのに、緊急出動していないとは、どういうサボり根性だ? 戦闘機を乗り継げば、六時間で現地に着くだろうが」

 怒っているという演技で悪戯をしているのであろうという可能性に賭けて、ヴァルバラは玉露を飲み干してから、返答する。

 玉露の味がわからない程に、内心ではビビりあがっていたけど。

「夜這いされた相手が、添い寝だけで済ませております。慌てる必要は、全くないで…」

 座ったままの姿勢で、ヴァルバラは座り心地の良い椅子から壁に投げ飛ばされた。

 S級騎士が、身構える動作も出来ずに、一動作で投げ技を喰らわされる。

(本気ではない!)

 投げられながらも、ヴァルバラは年に四回は顔を合わせる老人の心算を慮る。

(少しでも本気なら、投げるまでもなく殺されている!)

 壁で受け身を取ると、三角跳びの要領で床に着地して次の攻撃に備えていたら、スカートを脱がされて下着をガン見されていた。

 アロハシャツにダサいジーパンを履いただけのダラけたエロい老人に、ガン見されていた。

「…化粧直しをしたくせに、下着は中の下。わしに謁見して子種を絞り取る好機を逃す気と見た!」

 エロい老人は、無駄に威厳のある態度で見解を語り、スカートを投げて返す。

「どれだけキメ顔をして渋い声出しても、ただのエロジジイのセクハラです」

 ヴァルバラはスカートを履き直しながら、キッパリと、お断りをする。

 断っておけば、無理には種付けをしには来ない。

 エロい老人は、メイドさんの用意した椅子に腰をかけずに、カイアンの向かいに座って、落雁を口に放りながら、話しかける。

「わしへの当てつけだよなあ? 夜這いを黙認するするとは。護衛は一人で充分だと言うても、納得せずに拗ねまくっとるのよ、ラフィーちゃんはぁ」


 齢八十五歳。

 アサキユメノ国を宗主国とするアサキ帝国皇帝ラーサー・プリドラゴン三世は、即位してから七十年経っている。実務からは二十年前に退き、楽隠居モードに入って子供や孫たちに過干渉してはウザがられ、それでも懲りずに遊んでいる。

 付き合わされる部下たちは、たまったものではない。


「子供への守りが、他の子の三分の一、と受け取っておりますな、完全に」

 カイアンは、ヴァルバラと話す時と変わりのない態度で会話に応じながら、メイドさんが用意してくれた玉露を美味しそうに啜る。

 このエロくて最強な老人の前では皆、萎縮するので、カイアンの心配性な態度も、あまり目立たなくなる。

 アサキ帝国皇帝ラーサー・プリドラゴン三世の前でも態度が変わらないカイアンは、相当な肝っ玉とも言える。

「毒見役の赤子が、今は娘の横で添い寝か。感慨深いな」

 プリドラゴン三世のネタバラシ的な感慨に、カイアンが動揺してお茶を吹く。

 同僚がお茶を皇帝にぶっかけたので、ヴァルバラは固まる。

「あ、失敬」

「いいよ、毒でもあるまいし」

 エロくて乱暴だが、狭量ではない老人だ。

 メイドさんに全身を拭いてもらいながら、プリドラゴン三世は解説セリフを読者に向けて放つ。

「乳母が只者ではなさそうなので、現地(コトオサメノ国)の御庭番に毒見を頼んだら、己の赤子を毒見役に差し出しおった。毒見と知れたら乳母への心象が悪くなるので、その子が実母の母乳を嫌ったという口実で吸わせ続けて、そのまま乳兄弟にさせたがな。

 その縁で幼馴染になり、今は恋人か。

 腹立つなあ、誰か殴り飛ばしてえ」

 読者に八つ当たりしそうなので、カイアンは話を逸らす。

「陛下。ユーシアが護衛の二人目になったも同然ですので、あと一人増やせば、ラフィー殿の怒りも治るかと」

「適任、いるの?」

「ヴァルバラ・シンジュが、適任です」

 ヴァルバラの硬直が解け、陛下を無視してカイアンに視線が向かう。

「元・護衛の第一候補です。護衛の座を賭けた一騎討ちの怪我も癒えておりますし、コトオサメノ国に派遣しても…」

 カイアンは、ヴァルバラの怒気を感じて、黙ってしまう。

 ヴァルバラの眼帯の下の右目が、燃え激っている。

 味方に向けていい視線では、ない。

「…あのう、ヴァルバラ? 魔眼を使う時は、時と場合を弁えよう、な?」

 カイアンは、ヴァルバラがキレないように、抑えようとする。

 人差し指を向けて拘束の印を発するが、ヴァルバラは手刀で印を斬り裂く。

「ああ、すまない。沈着で冷静なヴァルバラらしくなかった」

 ヴァルバラ・シンジュは、詫びながら、眼帯を外す。

 魔眼に白色光が収縮し、発射される寸前のエネルギーが、ジリジリと溢れていく。

「眼帯越しに撃つところだったわ」

 ヴァルバラが、イリアス商会製攻撃用魔眼『アタランテ』を使用しようとするので、カイアンは両手を使って拘束の印を結ぶ。

 今度は手刀で斬り払いきれずに、全身を拘束印で拘束されて、身動きを封じられる。

 魔眼の出力も、徐々に減っていく。

「鎮まれ、ヴァルバラ」

 カイアンが制止しても、ヴァルバラの激怒は止まらない。

 拘束されたまま、魔眼だけに力を集中させて、再びカイアンを撃とうとする。

 皇帝専用メイドと皇帝は、口を出さずに手を出した。

 皇帝専用メイドが、ヴァルバラの真横に立って、猫騙しをして注意を引く。

 気を逸らしたヴァルバラ・シンジュの右眼から、プリドラゴン三世が素手で、一動作で、魔眼を摘み出す。

 プリドラゴン三世は、少し焦げた指先を専用メイドに舐めさせながら、激痛で床を転がるヴァルバラに言い渡す。

「皇帝の半径百メートル以内で無許可の魔眼攻撃をしたら、重罪に問われるぞ。事前に防いでやった礼に、しばらくコトオサメノ国で奉仕活動をしてもらおうか」

 返事が遅いので、皇帝専用メイドが、ヴァルバラ・シンジュを関節技で組み伏せて、空いた眼窩に親指を突き立てる。

「ご返答を。寛恕により、陛下の指を少し焦がした罪は問いませんので、ご返答を」

「行きます! イヤだけど行きまする!」

 激痛に堪えて、ヴァルバラは嫌々と、返答する。

 その態度に、プリドラゴン三世は難儀そうに顔を顰める。

「ん〜〜〜〜。本気で嫌がっておるなあ。カイアン、同行を頼めるか?」

「陛下。本気で嫌がっている者に仕事をさせても、良い結果には、ならぬかと」

 ヴァルバラが、これ程までに拒絶反応を示すとは思わなかったので、カイアンは前言を撤回しようとする。

「此奴が嫌がっているのは、シマパン娘と顔を合わせたくないからだ。向き合え、ヴァルバラ・シンジュ」

 齢八十五歳で筋肉はすっかり落ちても現役最強を謳われる老皇帝は、心身を激痛で苛まれる伯爵家令嬢に説教する。

「敗北した相手を思い出す度に、理性を失くす程に狂う己自身と、向き合いに行け。宮廷でモニター監視に明け暮れる人生とは、縁を切れ」

「…御意」

 少しは納得したヴァルバラに、プリドラゴン三世は魔眼を返す。

 眼窩に近付けると、魔眼は自動で元の場所に戻り、周辺の傷付いた箇所へ回復能力を発揮し始める。

 眼帯を締め直し、ヴァルバラ・シンジュは勅命を復唱する。

「騎士にして迂闊者であるヴァルバラ・シンジュは、陛下の二十八女にあたる方の護衛に赴きます」

「任期は、同行するカイアンに任せる。良き旅を」

 プリドラゴン三世は、そう言ってから、ヴァルバラ・シンジュをハグしながら、額にキスをする。

「今のは、セクハラにならないよな?」

 老皇帝が専用メイドに確認を取ると、専用メイドは正直に『地獄に堕ちろ』なジェスチャーを送った。



 こういう訳で、ユーシアが寝ている間に、同僚が二人増える事になった。



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