第20話 あんまりソワソワしないで

【タワーマンション・ドレミ 住居棟一階】


 破天荒な歓迎会でカロリーと糖分を過剰に摂取してしまったユーシアは、夕食は控えめにお願いしますと、ラフィーへ事前にメールを送ってから、リップ(&イリヤ)と帰宅する。

 間に合わなかったらしく、中華料理のフルコースが夕食に用意されていた。

「半分は、明日の朝食に回します」

「そうね、太っちゃうわね」

 炭酸飲料の匂いに浸って帰宅したユーシアを、ラフィーはツッコミ抜きで受け入れる。

「あとラフィーさん。寝室の事ですが」

「やっぱり、リップと同衾する?」

 ラフィーは本気でそう言ったし、イリヤは動揺して箸を折ってしまい、リップはドヤ顔でリンゴジュースを乾杯する。

「最初にお勧めされた部屋を、寝室にしようかと」

 言った途端に、ラフィーは文字通り床を笑い転げた。

「本気?(笑い転げる)タイミングを間違えると、種馬と鉢合わせよ?(笑い転げる)あの人、両刀だから、ユーシアが(笑い転げる)はあ、苦しい」

 トラブルを見物できるなら他の何も厭わないリップの性分の源流が笑い転げるのを、ユーシアは平然と見守る。

「鉢合わせしそうになったら、他の空室に泊まればいいだけです」

「用心してね。あの人、ここに来る時は非公式で、お忍びでアポなしで奇襲するのが大好きだから」

 ユーシアの脳裏に、居間で寛いでいたラフィーを、背後から抱き締める&お姫様抱っこしてダブルベッドに放り込む老紳士の姿が、浮かんでしまう。

 途端に、ラフィーとリップの持つ携帯端末に、『ユーシアが、エロい目をしつつある』通知が来る。

「まあ、想像しちゃったのね、ユーシア」

「寝られなくなるぞ、ムッツリめ」

 冷やかす大家母子に、ユーシアは深刻な人権侵害であるとの抗議を重ねるが、閣議決定で却下された。



 就寝時間。

 ふっかふかのダブルベッドに横になると、あまりの寝心地の良さに、秒で眠りに落ちかけた。

「ヤバい、眠りが深くなり過ぎるかも」

「エリアスが起こしますから、ご心配なく」

「そうか。エリアスには、この寝心地は関係ないか」

「お休みなさい、ユーシア」

「おやすみ、エリアス」

 エリアス・アークが、蝶のアクセサリー形態に戻る。

 余計な心配をせずに消灯すると、五秒後、音もなくドアを開けて、リップとイリヤが忍び足でダブルベッドに入り込む。

「おやすみ、ユーシア」

「おやすみ、リップ」

「おやすみであります、ユーシア」

「おやすみ、イリヤ」

 深く考えずに、ユーシアは返事をして、寝ようとする。

「いや待て」

 起きて照明を点けると、ゼロ距離に詰めて来たリップと、その後ろのイリヤに視線を向ける。

 Tシャツ一枚とシマパンをパジャマにしているイリヤの方は、この状況で既に熟睡している。

「イリヤは起きないよ。危機じゃないから」

(ポンコツ〜〜〜〜〜!!!!!! ポンコツ守役〜〜〜〜〜!!!!!)

 ユーシアはイリヤに、この状況をインターセプトして欲しかった。70%程。

 ダブルベッドの上で、リップは更に距離を詰めて、ユーシアの口に指を這わせる。

「歓迎会では、意地になって突っ込みまくったけど、痛くなかった?」

「大、丈夫、だよ」

「やり過ぎたかなと思ったけど、甘えちゃった」

 リップの指が、ユーシアの舌と唇を、なぞる。

「やり過ぎだよね、あれは」

「今の方が、やり過ぎだよ」

「そうかな?」

「今頃、ラフィーさんの携帯端末に、俺のエロい気分警報が、鳴り響いているはずだ」

「この時間帯は、通知は切っているよ、あたしもお母さんも」

「いや、絶対に切っていないよ」

「切るよ、寝られなくなるもん」

 リップはそのまま、ユーシアの口を自分の口で貪ろうとする。

 ユーシアの心拍数が跳ね上がり、ラフィーの部屋の方から、小さい悲鳴が聞こえた。

「ほら、切っていない」

「なんでキスしようとしただけで、警報が出るほど発情するのよ?!」

「俺に責任転嫁されても」

「黙れ」

 リップの口が、ユーシアの口を塞ぐ。

 ユーシアは生まれて初めて、意識を保ったまま、自分の全てを他人に任せた。

 時間の感覚が、止まって動こうとしない。

 リップが時間を掛けて唇を離してから、時間の流れが、元に戻る。

 リップは、普通に横になって布団を被り、普通に寝ようとする。

「添い寝しに来ただけだから、慌てなくていいよ」

「うん、慌てない」

 慌てるという状態が一周し、ユーシアは慌てずにリップの言いなりにして寝る事にした。

 対応を諦めたともいう。

「横で一緒に、寝るだけだからね?」

「うん、それだけだよね」

「じゃあ、おやすみ、ユーシア」

「おやすみ、リップ」

 リップが横たわり、布団を被る。

 ユーシアも横たわって、布団を被る。

 心拍数を整え、寝心地の良いベッドに、睡眠の世界に導いて貰おうとする。

 対応を諦めたともいう。

「それは全て、夢であります」

 イリヤが、寝言を言っている。

 ひょっとして、一晩中寝言を呟くのだろうかと警戒したら、寝付きが悪くなった。

 イリヤは寝相も悪いので、シマパンも丸見えだし。

 そんなユーシアの気配に、同じく眠れないリップが、布団を外して少し足を上げて見せる。

「眠れないなら、膝枕、してみる?」

 ラフィーの部屋の方から、再び小さな悲鳴が聞こえた。

「膝枕で、どこまでエロい想像をしたの?」

「リップ。膝枕は、エロ過ぎるよ」

「そうかな?」

「そうだよ」

「じゃあ、腕枕は?」

「同レベルでエロいよ」

「実感できないなあ」

「もう寝ようよ」

「眠れないから、膝枕を提案したのに」

「よし、強制的に、寝よう」

 もはやキリが無いので、ユーシアは非常手段を取る。

「エリアス。俺とリップに、睡眠の魔法をかけてくれ」

 エリアス・アークは再起動して妖精形態になると、非常に面倒くさそうに溜め息を吐きながら、二人に向けて睡眠の魔法を詠唱する。

 本当は無詠唱でも睡眠の魔法を掛けられるが、この部屋が防災センターにモニターされている可能性を鑑みて、口に出して初歩的な睡眠の魔法だと知らしめる。


「 消えよ意識

  微睡に落ちよ 

  夢の異世界へ

  安らぎに休ませよ 」


 エリアス・アークから、暖かく光る魔法陣が展開し、二人を睡眠に誘う。

 ユーシアが寝たので、リップは抵抗を止めて、寝た。


 二人の就寝を確認して、エリアス・アークもスリープ状態に戻る。

 この部屋を保安する為にモニターしていたアノ国(アサキユメノ国)の担当者のその後の人生に、多大な影響を与えてしまったとは、全然知らずに。


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