第26話 アキュハヴァーラのイージス忍者(5)

【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 三階 中央階段(三階〜一階)前】


 ヤクサは、考察していた。

 標的との間に立ち塞がっていたユーシアが、階段の下へ降りて行った。

 理解不能の行動である。

(…え? 何しに来たの?

 アホなの?

 皇女様が屋上から逃げるまで我々を足止めする為に来た以上、その位置から動いちゃダメだろう?!?!

 ひょっとして、クロイスが回復するまで、僕が動かないとでも?

 目的を優先させて、僕が金貨を奪わないとでも?

 初対面で、そこまで僕の人格を信用…)

 ジャンプで階段を降りたユーシアが、壁を軽快に駆け上り、元の場所に戻る。

 重力制御が得意な武鎧『佐助』を装備した忍者にとって全ての戦場は、ほぼ無重力。

 通常の移動概念は、無視できる。

 その間、十五秒。

(十五秒で、ニルサを仕留めた??!!!??)

 武鎧の機能で監視カメラに侵入して階段の下を覗くと、ニルサが八つ裂きにされて、ただの屍に転職していた。たぶん、もう年賀状は書けない。

(僕が動いても、ニルサを片付けて余裕で追い付いて背中から始末する気でいた!?!?

 いや、僕がクロイスを見捨てた場合、クロイスにトドメを刺してから、僕を始末?

 そこまで戦闘速度に自信があるのか)

 そして、ユーシアは、階段の上から、黒夜叉隊を静かに見下ろしている。

 先程の性急な動きと真逆に、不動の壁と化している。

(今度こそ、皇女様が退避するまで、動かない気か)

 クロイスが回復するまでの三分で、ユリアナの退避は果たせる。

 その頃には、地元警察も銀行に到着している。

 黒夜叉隊と戦える戦力も、追加で派遣されるだろう。

 ユリアナの荷物を狙うような余裕は、今後一切、持てなくなる。

 ユーシアの戦略を正しく理解したヤクサは、クロイスの回復を待たずに、ユーシアに仕掛ける。

(こんなのを相手に、後手に回ったら、詰む!)

 防御壁を張る電磁鞭の制御を右手でこなしつつ、左手で建物内の電気系統を支配する。

 建物の天井や壁から、電力で形成された電気ムカデや電気オオカミが出現する。

 僅かな接触で相手を感電させる事が可能で、多少の欠損でも戦い続けられる。

 ヤクサは逃げる為に、クロイスが回復するまでの時間稼ぎに賭けた。


 ユーシアは、電気ムカデと電気オオカミの接近を大きく回避しながら、エリアスに指示を出す。

「エリアス、ギレアンヌに応援を頼んで」

「了解」

 エリアスがギレアンヌに連絡を付けた五秒後に、電気ムカデや電気オオカミは、攻撃の矛先をヤクサに向けた。

 ついでに館内の電気が、全て消える。

 通常の停電なら非常電源設備が起動するが、ギレアンヌは遠隔で非常電源設備の連動停止までしてくれた。




【バッファロービル八階 護衛詰所】


『俺の想像の三十倍は有能で、助かる』

 ユーシアからの礼に、ギレアンヌは片手間でテトリスをしながら、ドヤ顔で応える。

「ぬるい褒め方だが、良い気分だ」

『ついでに、館内の様子を、駆けつけた警察にリアタイさせてくれ』

「よし、今から発言に気を付けろよ」

『いつも気を付けているけど?』

「嘘つけ、ばーか!」

 ギレアンヌは黒夜叉隊の最新データを横目で集め、メンバーが一人館内に見えない事に気付く。

「ユーシア。敵が一人、姿が見えない」

『館内?』

「外もだ。該当者が居ない」

 ギレアンヌはテトリスを放棄し、全力で現場の情報を周囲三百メートルに広げて索敵をする。

「桃色の豹柄ジャージ姿の大女が、都会の真ん中で姿を消せるのか?」

『索敵を続けて。俺は手が離せない』

「おう、頑張れ」

 ギレアンヌは索敵しつつ、支配権を横取りした電気ムカデと電気オオカミを、けしかける。




【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店 三階 中央階段(三階〜一階)前】


 薄暗闇の中で、アイオライトの碧眼が、鬼火のように黒夜叉隊を見下ろす。

(逃げよう)

 ヤクサは、クロイスを見捨てて逃げる決意をする。

(もういい。僕だけなら、逃げられる。皇女の金貨を横取りする計画なんか、忘れて逃げよう)

 電気ムカデと電気オオカミを防御壁で牽制しつつ、ヤクサは退却のタイミングを測る。


 ユーシアにも、その動きは知れた。

 強化爆薬を仕込んだ手裏剣を取り出し、ヤクサが背中を見せた隙に仕留める用意をするが、手を下さなくても警察に任せればいいと思い直して、クロイスの回復具合に気を配る。

(あいつを先に仕留めないと、此処を包囲する警察隊が、甚大な被害を被る)

 仲間があと九十秒は稼がないとユーシアに殺されるというのに、クロイスは階段に座り込んで、冷静に回復を待っている。

 その泰然とした様子に警戒心を煽られ、ユーシアはギレアンヌの遠隔攻撃をヤクサではなくクロイスに集中させようと、声を送ろうとする。



 ユーシアの優位は、次の瞬間に壊れた。


 

 ユーシアの足下の影が、中から爆発する。

 その爆風を避けられず、ユーシアは天井に叩きつけられる。

 間を置かずに、影の中から爆発魔法が、天井にめり込んだユーシアに連続で放たれる。

 ユーシアの影を破壊して脱出したヴァラが、魔杖をフル稼働させて攻撃魔法の発動速度・威力・連続発動能力を底上げし、爆発魔法の集中砲火をユーシアに見舞い続ける。

 質量共に無茶な領域の魔法使用だが、ヴァラは全身の呪刻血液を使い切る覚悟で、爆発魔法を使い続ける。

 隠れて奇襲の機会を窺っていたフラウが、階下から拳銃(死んだ警備員から拝借した)でヴァラを狙撃するが、これはヤクサに阻まれた。

 武鎧『佐助』の重力制御を転用した防御陣とエリアスの張ったシールド魔法を重ねても、防ぎきれない爆発の破壊力が、連続でユーシアの全身に叩き込まれる。

 『佐助』が全身各所で破れ始め、側にいたエリアス・アークの身体にも大きくヒビが入る。

 ユーシアは爆発魔法を浴び続ける衝撃の中で、中破したエリアスを、腰の影に隠す。

 完全に動けない程に身体が壊される前に、自発的に応援を求める事が可能なエリアスへのダメージを、遮断した。

 それだけは、出来た。

(…ああ、うん。これしか、出来なかったな…)

 ユーシアは、爆発の衝撃さえ感じられなくなっていく最中、エリアスだけは救えた事に、微笑めた気がした。


 ユーシアの身体が、天井の向こう側へと、吹き飛ばされる。

 ギレアンヌの大声がユーシアの耳に入るが、脳はその意味を理解する余裕を失っていた。


 天井に大きく開いた亀裂から、日の光が館内に注ぐ。

 ヴァラが、無茶な魔法使用を止めて、昏倒する。

 そのまま死んでも無理はない程の消耗ぶりだ。

「美少年忍者は、主人の命令を半端にするべきではなかった。ヴァラを先に倒せと命じられていたのに」

 あと一分で回復しそうなクロイスが、セリフで出番を稼ごうとする。

「『蒼天の射手』ヴァラが、影に封印されたぐらいで無力化出来たと舐めたのが、お前の敗因だ」

 そして、クロイスはドヤ顔(武鎧を装備しているので見えないが)で、ヤクサに自慢する。

「そして、ヴァラを最優先で守った、小官が勝因だ」

「あー、はいはい」

 勝ち目が出たので、ヤクサは少しだけ黒夜叉隊からの離脱を思い止まる。

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