第16話 ユーシアの平常運転(3)

【バッファロービル八階 護衛詰所】


 午前中のゴタゴタが片付いたユーシアとエリアス・アークは、昼飯を護衛詰所で食べようとする。

 エリアス・アークには、七階の酒場で貰ったハイボールをタンブラーに詰めて渡してある。そのまま七階で食べても良かったのだが、メイド喫茶の関係者で混んでいたので、遠慮した。

「歓迎パーティのサプライズを耳に入れちゃいそうで、怖くてさあ。フロアの反対側の小声でも拾ってしまう、悲しい職業病が身に染みているし」

「ユーシア、気を配り過ぎですよ。リラックスしないと」

「するよ、しとくよ」

 という訳で、護衛関係者しかいないはずの、八階へ。

 そこで同じように昼飯を済まそうとしていたのは、ギレアンヌとレリーと、サラサだった。

 期待していた程には、安らかでは済みそうに、ない。

サラサ「若頭。サラサ抜きでヤクザの事務所に突撃とか、嫌がらせが過ぎるぞ。今年一番の衝撃映像を実況させないなんて」

ユーシア「防災訓練だよ。突撃じゃない」

 ユーシアはそう片付けると、大家のラフィーから貰ったランチボックスを影から出して、嬉しそうに開ける。

 サラサは疑わしそうに目を細め、焼肉弁当に矛先を戻す。

 ランチボックスの中身は、分厚いカツサンド、鷹の爪入りコンニャクサラダ、ゆかりをまぶしたおにぎり二つ&フルーツカット(中)

 水筒には、味噌汁が刻みネギ入りで入っている。

レリー「どれだけ前世で徳を積むと、美少女が恋人で、その母親に住居と豪華な昼飯を用意して貰えるのか。お聞きしたい」

 おにぎり一つとカップラーメンで昼食を済ませているレリーが、苦行僧のような厳しい顔で問うてくる。

 ユーシアは、一応は人生の全ての事象を振り返ってから、返答する。

ユーシア「考えた事もない」

レリー「やってられるか〜〜!!」

 レリーはユーシアのテーブルを卓袱台返してランチボックスを強奪しようと目論むが、機先を制して足を踏まれて不発に終わった挙句、おにぎり一つとフルーツカット(中)の半分を恵んでもらい、土下座して詫びた。

エリアス「…これが、土下座…」

 エリアス・アークは、生まれて初めて見る土下座行為に、そしてその途轍もなく下らない理由に、ドン引きする。

ギレアンヌ「しみったれてんなあ〜〜。食事代はケチらずに、きっちり食えよ、逃亡犯」

レリー「黙りやがれ。いま私は、今年一番上等なフルーツを口にして、感涙している最中だから」

 バナナを一切れ食べただけでレリーが感涙しているので、ユーシアもフルーツカット(中)からメロンを一切れ食べてみる。

 食べた瞬間、元の値段を想像して絶句する程に美味しいメロンだった。

 同じくひと齧りしたエリアス・アークも、絶句している。

ギレアンヌ「一切れ、いいか?」

ユーシア「どうぞ」

 ギレアンヌは、口に残るざる蕎麦の風味をほうじ茶の一口で拭うと、フルーツカット(中)からリンゴを選んで一口齧る。

ギレアンヌ「…おい勘弁してくれ。暫くは、普通のリンゴが食えないぞ」

 言いながらも、ギレアンヌは満面の笑顔になるのを抑えきれない。

ギレアンヌ「引っ越し祝い? 上京祝い? 娘婿へのマウント?」

ユーシア「これがラフィーさんの、気軽な平常運転」

レリー「こわっ! これが平常運転とか、こわっ!! でも美味しい」

 レリーが貰った以上の取り分を欲しがって手を伸ばすが、ユーシアはそこまでお人好しではない。

ユーシア「甘え過ぎかなあ」

 普通は整理券を得るために二時間は並ぶレベルのカツサンドを食べながら、ユーシアは好待遇に警戒する。

 ギレアンヌが、ギロリとユーシアを睨む。

ギレアンヌ「お前は、リップには甘えてもラフィーさんには甘えたくないとか、贅沢を言える立場じゃないだろ。貰えるものを全て貰って、成長している最中だろ。貰い過ぎてビビるなら、実家に帰って小学生でもやっていろ」

ユーシア「う〜〜〜〜〜〜ん」

 ユーシアは美味しいランチボックスを黙々と矢継ぎ早に完食してから、決めた。

ユーシア「よし! 全部貰う! 遠慮するのは遠慮する!」

ギレアンヌ「そうそう。そしておこぼれを、コチラに回すのだ、美少年忍者」

ユーシア「本音が素晴らしいな」

レリー「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ」

ユーシア「レリー、本音が汚い」

レリー「いいの、いいの。外面がキレイだから、いいの、いいの」

サラサ「若頭〜、次の防災訓練には、同行させてくれ。リップの秘蔵映像を見せてあげるぞ?」

ユーシア「昨晩、パジャマ姿を見たから、もう充分」

サラサ「何だとうおぉ?! ならば逆に、リップとの同棲生活に同行させて。見返りに好条件で、サラサのチャンネルを濫用させてあげよう」

ユーシア「断固、お断る」

サラサ「その言葉、宣戦布告と受け取った! 当方に無許可撮影の準備あり!」

 サラサは軽く宣戦布告してから、二個目の焼肉弁当を食べ始めた。

 どんな条件で取引しても、どうせサラサは無許可で撮影するだろうから、ユーシアは相手にしなかった。




【アキュハヴァーラ バッファロービル近所の路上】


 ランチボックスを洗い終えて影に仕舞うと、ユーシアは余計な仕事を負わないように速攻で早退し、サリナ・ザイゼンが運び込まれた病院へと向かう。

 徒歩で五分の場所なので、普通に歩けば、すぐに着く。

 普通なら。

 アキュハヴァーラの中央通りへ歩きながら、視界の隅に、裏通りのやや露出度の高いメイド服のメイド喫茶に出勤する女性の後を、獣の目をした男二人が尾行しているのを目にした。

「追うぞ」

 ユーシアの小さい一声に、エリアスは通報の準備をし、ユーシアの邪魔にならないように後方に下がる。


 メイド喫茶に入った女性を確認すると、二人の不審者たちは、裏口で出待ちをしている。

 嫌な気が満ちているので、ユーシアは彼らの様子をエリアスに撮影させ、動画を警察に回す。

 個人情報を手繰って前科を調べつつ尋問するような手間はかけず、警察への通報だけで済ませる。

 情報を受けた警察官が来るのを待ってから、ユーシアは現場を離れた。

「このぐらいのやり方で、丁度いいな」

「はい、このやり方に徹しましょう」

「楽だよな、警察に全てを押し付けるのって」

「警察からは、更に嫌われますね」

「更に?!」

 秘書からそう断言されて、ユーシアでさえ、少し怯む。

「…でも致し方あるまい。やり過ぎると、またアレだし」

「…そうです、ね」

「ユリアナ様にドヤ顔で怒られるより、警察に嫌われた方が、なんぼかマシ」

「…」

 相槌すら打ちたくない気分を、生後一日で学習したくないけどしてしまう、エリアス・アークだった。

「さて、病院へ行く途中で、差し入れを買おうか」

「菓子類にしますか?」

「カステラにしよう」

 エリアスと、そう言い交わしながら現場を後にした三秒後。


 ユーシアの聴覚が、バタフライナイフが開く音を拾う。

 ユーシアが下駄を鳴らさないようにダッシュして現場に戻り、応戦する警察官に助勢して、不審者二人の両腕の筋を、忍者刀で斬る。

 助勢された警察官が、「別にこの程度の相手なら自分一人でも…」と言いかけて、ユーシアの鬼級不機嫌に気付いて、黙る。

 怖過ぎて、助勢への感謝の言葉すら、言えない。

 人体破壊に慣れた美少年忍者の不機嫌は、経験豊富な警察官ですら、震えさせた。

 腕の筋を斬られた二人も、本当は一族郎党皆殺しにしたかったようなユーシアの鬼級不機嫌な態度に、泣き始める。

 応援の警察官が来るまでの間。

 ユーシア・アイオライトは、鬼火のような光を両眼からゆらゆらと出しながら、戦意を失くして泣いている不審者二人から、一切視線を逸らさなかった。

 とはいえ、彼らを見張ってはいるものの、怒りの内容は自省だった。

(やり過ぎて怒られた次の事件だからと、やり過ぎないように最低限の干渉にしたら、しくじりかけた)

 怒りが、ユーシア自身の判断に、向けられていく。

(尾行されていた女性や、駆け付けた警察官を、危険に晒しかけた。俺の不手際で。適当に不審者を押し付けようとした、

 俺の甘さで。

 俺の判断ミスで。

 俺のいい加減さで。

 俺の適当さで。

 許せない。

 自分がこの程度で、許せない)

 自分を許せず、凄まじい怒りが、ユーシアの中に膨れ上がっていた。

 怪しい動きをしたら、今度こそ(八つ当たりで)始末されると悟り、不審者二人は大人しく正座をしながら、号泣する。

 居た堪れないので、エリアス・アークがユーシアの感情を和ませようと、端末で特選お笑い動画を見せる。

「…なんだよ」

「笑って和んで、気持ちを整えて」

「…そうか?」

「心の中の鬼を、外に見せないで」

「…今の発言は、シーラか? 直接言えよ」

 エリアス・アークは、ユーシアの額をゴツンと殴りつけた。

「会長は、今のユーシアを怖がって、何も言えませんよ。最低です、その態度は」

 今の態度そのものを叱られて、ユーシアは過剰な自省から発生する激情に、歯止めをかけようとする。

 呼吸を整え直し、両手で己の顔の筋肉を揉み解し、笑顔になろうと努める。

 エリアスもサポートしようと、特選お笑い動画を見せ続ける。

 多少の効果は有ったものの、まだやや不機嫌な状態で無理矢理笑顔になったので、目撃者一同はトラウマのレベルが酷くなる一方だった。


 その怖い笑顔は、こっそりと隠し撮りしていたサラサによって、全世界に中継された。

 生放送である。

サラサ「ご覧いただけたでしょうか? 美少年忍者の視界に入った犯罪者は、未遂の段階でも目を付けられて、警察に通報されます。抵抗は、無駄です。

 しっかし、怖い笑顔です。

 犯罪を未然に防いだだけでは、満足しないのでしょうか?

 側に警官がいなければ、あの二人は今頃カラスの餌か、魚の餌か? 又は下水道でネズミの餌か?

 ユーシアの視界に入った犯罪者には、不愉快な選択肢しか残されないようです」

 カメラのレンズが破壊され、音声のみが、サラサの視聴者に届けられる。

ユーシア「お前、無許可で、よくも」

サラサ「うおっと」

ユーシア「削除要請するからな!」

サラサ「アバよ、若頭! だが、この世に生放送がある限り、サラサの無許可撮影は繰り返されるのだ! 繰り返されるのだ!」



 この放送以降、アキュハヴァーラの犯罪発生率は徐々に下がり続けていく。

 ユーシア・アイオライトが『アキュハヴァーラのイージス忍者』と呼ばれる切っ掛けになる動画だったが、初期は『アキュハヴァーラの鬼瓦』という呼ばれ方の方が、多かった。

 口の悪い者は「犯罪者がアキュハヴァーラ以外で犯罪をするようになっただけ」と言うが、アキュハヴァーラの里の者たちは、「親愛なる防人」が引っ越して来たと知った。


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