第3話 正妻ポジションは美味いぞなもし
【バッファロービル従業員用エレベーター内】
レリー・ランドルは、ユーシア・アイオライトと二人きりで屋上へ移動する途中、頭に過ぎらせてしまう。
それを質問しないように、口に出さないように、顔に出さないように、気を付ける。
『国家公認忍者は、休職中でも、暗殺許可証は有効?』
聞いても笑って答えてくれそうな気もするが、それを気にするのは逃亡犯だからと思われたくないので、躊躇する。
(というより、無神経な質問…)
ゴルゴ13に、お仕事の内容を質問するようなものである。
質問自体が、アウトかもしれない。
「聞きにくい質問ですか?」
ユーシアの方が、先回りしてレリーに尋ねる。
逃亡犯と二人きりになるのは、初めてではない。
「ん〜〜…護衛の任務の最中に、敵対者をやっちゃった場合、休職中でも国家公認忍者の特権は有効なのかな〜と思って」
「有効です。現行犯の犯罪者であれば、その場で仕留めても公務と見做されます」
「…そうですよね」
「死刑相当の重犯罪者しか仕留めませんので、安心していいですよ」
「脱衣麻雀は、死刑相当でしょうか?!」
戯けて言ったので、ユーシアも戯けて返す、
「レリーみたいな軽犯罪者は、対象にしませんので、安心していいですよ」
「言い方ぁ〜〜〜〜!!」
ユーシアのユーモアは、通用しなかった。
レリーはユーシアの足にローキックを連続で撃ち込むが、ユーシアは器用に躱す。
レリーは、攻め口を変える。
セクシーポーズで胸元をプルルンと揺らし、スカートを全年齢向け作品の限界まで捲って脚線美を露にして見せる。
「見るだけなら、大丈夫よ?」
ユーシアは、失笑を抑えた笑顔で、レリーのセクシー攻撃を受け流す。
乳揺れを見せてもデレなかったユーシアの態度に、レリーは最後通告をする。
「ユリアナ様に、ユーシアの性欲はニッチな方向で歪んでいるに違いないって、報告しておくね。毎日仕事場で、変態を見る目で見られて生きていけ〜〜」
こういう事を言っても好感度が下がらないので、レリーの人徳はどうかしている。
「どうせリアタイされていると思うけどなあ」
ユーシアは、エレベーター内の防犯カメラに、視線を送る。
【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所 応接間】
レリーの無駄な狂態とユーシアの暗めの碧眼をカメラ越しに観ながら、ユリアナは早めの夕食を進める。
並列して、ニュース番組三つを三個の携帯テレビで視聴。最新情報を消化する。
どの情報も鵜呑みにはせず、取り敢えず聞いて覚えておく。不審に思えば自力で調べ、確報と確信するまで信用しない。
政治家なので、ニュースを娯楽としては見ていない。
食事中も仕事をしながら、新人の動向を注視する。
十歳の少年を雇った責任感というより、この少年忍者がチュートリアル中に煽るであろう、敷地内の人間模様を娯楽にしている。
「屋上には、カルタ・ベルナだけ?」
ユリアナの質問に、フラウはお茶を注ぎながら思い出す。
「リップ様が、ご利用中です」
「暇潰し?」
「講談の勉強です」
「落語じゃなくて講談?」
「今のリップ様のトレンドは、講談です」
【バッファロービル屋上 ラスター号発着場】
従業員用エレベーターが開き、風除室を抜け、娯楽街アキュハヴァーラを中段から展望できる屋上へ。
ユーシアは娯楽街の展望に目を奪われそうになるのを抑えて、仕事場の把握に努める。
垂直離着陸可能な戦闘機の発着場に、大鴉のようなフォルムの機体が、翼を納めて休んでいる。
操縦席と胴体を覆うように折り畳まれた大翼型飛行ユニットに寄り掛かり、プラグの三本付いたパイロットスーツを着た女性が、胡座をかいて寛いでいる。
というか、寝ている。
襟元のソードフィッシュ勲章に、涎が掛かっている。
ユーシアは気を遣って、下駄を鳴らさないように歩く。
レリーが小声で解説に入る。
「戦闘機の名前は、ラスター号。迎撃専用の戦闘機だけど、飛ぶのはユリアナ様の外出の時だけ。パイロットのカルタ・ベルナが此処で寝ているのは、待機時間として時給を稼ぐためだけど、真似しちゃダメですからね?」
「屋上から敵が攻めて来たら、一撃で死んでしまうのでは?」
「パイロットスーツからのバイタル反応が途絶えたら、それはそれでカナリアの役目は果たせるから、良し?」
レリーは、本気でそう言った。
これで好感度が下がらないのだから、妹系ポニテ美少女は得だ。
「…まあ、屋上から中に入る階段へは、二重の電気錠付きだし、従業員用エレベーターは自壊機能付きだから、侵攻ルートは塞げるけど」
ユーシアは余計なツッコミをせずに、仕事場の分析を軽く述べる。
「説明抜きでそこ迄わかるの、怖いよ?」
察しの良過ぎる少年に、レリーがドン引きする。
「忍者ですから」
ユーシアの方は、能力でドン引きされ慣れているので、その一言で済ませる。
前職へのイメージだけでも警戒されているのに、ユーシアが詳細を語れば、恐怖が刻まれるだろう。
レリーにすら怖がられるのは、なんとか避けたいユーシアだった。
レリーが、チュートリアル仕事を進める為に、パイロットの肩を突く。
パイロットが、薄目を開けてゆらりと起き上がる。
寝起きでも体幹に揺らぎが無いので、この人なら寝ていても奇襲に対応出来ると、ユーシアは査定する。
パイロットは、ユーシアをアーモンド型の瞳でマジマジと見て、納得する。
「あら〜、本当に存在したのね、金髪碧眼の少年忍者。リップのイマジナリーフレンドじゃないかと疑っていたのに」
「金髪碧眼の亡命皇女よりは、レアじゃないですよ」
「言えている」
この人は、自分を怖がらないだろうと、ユーシアは判断する。
「ユーシア・アイオライト。ユリアナ様の警備に就職しました」
「カルタ・ベルナ。ご覧の通りの、カトンボ乗りだ」
カルタ・ベルナ(二百三十歳・外見年齢二十三歳、マゼンタ基調の眼鏡女性エルフ、コノ国空軍中尉)は、パイロットスーツから五百円玉を取り出すと、ユーシアにコイントスで投げ渡す。
「そこの自販機で、深煎りコーヒーを買って来て。温かい方を。君とレリーにも奢るよ。レリーは釣り銭を二千円。寄越せ」
「何でやねん」
レリーが手刀ツッコミで迎撃し、カルタ・ベルナは避けずに眼鏡の中央で受け止めた。レリーが、手首が折れたかのように、のたうち回る。
「折れた〜〜治療費を二百万円寄越せ〜」
回復能力の持ち主が言っても、説得力が無い。
「レリー。切断された片足を、一分で繋ぎ治したグッジョブ。覚えているけど?」
カルタ・ベルナが、丁寧にツッコミを入れる。
「折られたのは、心!」
レリーが、無駄に可愛いメイド仕草で胸元にハートマークを作って割り砕く。
小悪党のボケには関知せずに、ユーシアは屋上の自販機を探す。
発着場の隅に、待合室と自販機が設けられていた。
ジュースの自販機前には、十歳くらいの制服少女が、しゃがみ込んで何やら読書に集中している。
よほどに面白い本なのか、笑いの発作で体を揺らしている。
その姿を視認するや、ユーシアは一足飛びに下駄で移動する。
かっっらああああんん
しゃがみ込んでいた少女が顔を上げて、やたらと高速移動して顔を合わせようと同じ高度に腰を落とすユーシアと、視線を合わせる。
鉱脈の影響でエメラルド色に染まった川のように神秘的な長髪と、煌めくエメラルドのような瞳を持つ器量良しの美少女が、ユーシアを認めて文句を言う、
「十八時に一階のメイド喫茶で夕食にするって決めていたのに、二時間早いよ。下準備を終えて、もっとお洒落に装いを改めてから再会しようとしていた、あたしのトキメキが霧散した。台無し」
文句の多い文言に反して、少女の顔は穏やかに綻んでいる。ユーシアへの好意が、全身から隠せない。
「ごめん、でも、見かけちゃったし」
ユーシアは、四年ぶりに会った初恋の人の美少女ぶりに、惚れ直してデレる。
「リップ。シマパンは履かなくなったの?」
「四年ぶりの話題が、それかい!?」
リップ(十歳、エメラルド色の長髪&瞳、美少女芸能人)は苦笑しながら、足の開き角度を完全に遮断する。
それでも制服のチェック柄スカートは短めなので、しゃがんでいると完全ガードには程遠い。立ってユーシアに相対する。
「まあ、覗き見ようとしないだけ、成長したね」
「勿論だ。俺の動体視力なら、ラッキースケベだけで事足りる」
「劣化だ、それは」
「進化だよ」
「うっさい、ジュースを買う用事を済ませなさい、試用期間中でしょ? 働け」
リップは背伸びして体を伸ばすと、読書で固まった身体をストレッチで解す。
ユーシアはその合間に自販機で用を済ませると、カルタとレリーにジュースを二秒未満で手渡してから、リップの側に戻る。
そしてデレる。
これまでのようなムッツリ描写を作者に許さない程に、デレる。
感無量に、デレる。
仕事を忘れて、デレる。
可愛い女児から可憐な美少女へ、美しく咲きつつある十歳のリップに、ユーシアは全霊で惚れ直す。
ユーシアは、リップと幼馴染で同じ幼稚園でツイッターの相互フォロワーで同い年で同じ惑星で同じ作品で同じ空気を吸っている事に全力で感謝しつつ、リップに見惚れ続ける。
元から初恋で思慕が燻っているので、爆発燃焼は容易。
自分に見蕩れて時間を潰そうとするユーシアに、リップは笑顔で命令する。
「ユーシア。屋上のベンチは直に座る気になれないから、椅子になって」
「どうぞ」
ユーシアは躊躇なくベンチに座り、リップ専用の椅子となる。
リップはユーシアを尻に敷いてゆったりと寛ぐと、読書を再開する。
「この『哀愁の町に霧が降るのだ』は面白過ぎて爆笑する名著だから、あとでユーシアも買いなさい。三階の本屋に、必ず置いてあるから」
「寄るよ。買うよ。読むよ」
「次のYouTubeチャンネルでは、この本の冒頭部分を講談にして流すつもり。エッセイは一人語り口調で書かれているから、講談へのコンバートがし易くてさ」
「うん、ずっと視聴しているよ」
ユーシアは、買ったポンジュースをリップと回し飲みしながら、和む。
二人とも、飲み口を一切拭かずに、回し飲む。
若いカップルがイチャイチャする様子を呆然と観ながら、レリーは怒髪天マックス。
「何じゃあああ、この反応の差はああああ?!?! 私のセクシーポーズにはデレなかったくせに!?」
鉄製のコーヒー缶を飲み干し握り潰し八つ当たりに踏み付け、さっきまで全然デレなかったムッツリ少年が、別の美少女にデレまくる惨状に悲憤爆発。
「客観的に見れば、そんなに格差ないのに! 美少女偏差値は、同格ですよ?! たぶん! いや、バストが80で安産型な分、有利なはずなのに(注意・レリーの偏見です)」
「四年ぶりに会った初恋の人が、あれだけの美少女に育っているのを直に視界に入れたら、そらもう魂抜かれるわ。積み上がった歴史が違う」
カルタ・ベルナは、歳食ったエルフ族だけあって、レリーよりも達観して若い二人を見守る。
「あれだけの上玉に懸想しておったら、他のにはデレないわな」
「あ、私、仕事であのクソガキを連れて回らないと」
レリーが、ユーシアの邪魔を出来る大義名分を思い出し、イキイキと近寄って行く。
「お邪魔だろう? せめてあと五分は…」
「ダーメーデースーよー、仕事なんだかラー、私も辛いですけどねー、仕事だーかーらーー(ニヤリ)」
近寄るレリーの足元の影に、ユーシアから手裏剣が飛ぶ。
レリーは影を縫われて、足を動かせなくなった。
手裏剣を掴んで引き抜こうとするが、全然抜けない。
「ほう、これがアイオライト家の『影縫い』か。普通は人参みたくズボッと抜けるのに。見事だ」
カルタが、感心してレリーに施された忍術『影縫い』を見物する。
レリーが、放送禁止用語75%混じりの罵声を、ユーシアに捲し立てる。
騒音で読書ができなくなり、リップはユーシアを抱き締めて耳元に囁く。
「お仕事、がんばってね。と抱き締めて激励しないと仕事をしないのなら、実家に帰って無力な小学生に戻りなさい」
態度は甘いが、甘やかすつもりはない、初恋の人だった。
「がんばってきます」
ユーシアはリップを持ち上げて立たせて目礼すると、レリーの『影縫い』を解除しに行った。
自由になったレリーから尻にローキックを入れられつつ、ユーシアは本来の仕事に戻る。
からんころん
からんころん
未練がましく怠惰に下駄を鳴らしながら、ユーシアは屋上の説明を聞いて周り、階段への扉へと消える。
ユーシアが去ってから、リップは本で顔を隠して座り込む。
「今更、照れるのかい?」
カルタが、リアクションに埋もれるリップに声を掛けて気遣う。
「…だって…だって…」
両眼にハートマークが灯るのを隠しながら、リップが白状する。
「あれだけ格好よく育ったのに、あたしにベタ惚れとか、美味し過ぎる〜〜」
正妻ポジションの旨味に、早くも酔いしれるヒロインだった。
ユーシアを甘やかしたくないので、目の前ではデレないけど。
まさに正妻の気遣い。
「そうか。よかったなあ。逃すなよ」
カルタは愛機の方に戻りながら防犯カメラのある方向を見詰めて、雇用主の出方を注視する。
【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所】
屋上でラブマックスなリップの姿に、ユリアナは脂汗を流しながら、固まる。
「…あくまで、可能性の一つを口にするとだね、フラウ。あの忍者小僧は、最前線で鍛えてあげようと思うのよ。常に」
フラウは無言で、鉄仮面越しに軽蔑の気配をダダ漏れさせる。
「殉職する可能性は、ユーシアだって承知の上じゃないですか。つまり、自然現象?」
「言い訳、無用」
フラウが、言い訳を重ねようとする主人の頭に、拳骨を入れる。
「リップ様は庶出ですから、恋愛は自由です」
「甘いぞ。美しく育ったから、正規の姫として採用される可能性も有るぞ〜。ユリアナさんは逆に弾かれたけどね〜」
痛む頭を押さえながら、ユリアナは可能性を口にする。
「そうなった場合、過剰反応するかもね、ユーシア・アイオライトは。盛大にフライングするかも(くっくっく)」
意地の悪い笑い方をするユリアナに、フラウがスペシウム光線を放つ構えを見せる。
「何だよう。ユリアナさんを悪者扱いか?」
「今のユーシア・アイオライトの直属の上司は、ユリアナ様です。管理責任を、問われます」
「…起きないかなあ…自然現象」
「先ずは人智を尽くして下さいまし」
「くっ、主人の安寧より正義を選ぶなんて、メイドとしては最低じゃない?」
「ほうほう?」
フラウはユリアナの両頬を摘んで伸ばしながら、挑発する。
「私よりも優秀なメイドが欲しいなら、探して雇ってみなさいませ。この世にそんなメイドが存在するかは、知りませんが」
「い、いるぞ、きっと! 諦めないぞ! いつの日か、ユリアナさんに寄生するモラハラ鉄仮面メイドを駆逐してやる!」
涙目で、ユリアナは被害者ぶった。
フラウは手を離すと、普通のメイド作業に戻る。
「デザートのおかわりは、どうなさいます?」
「食す」
ユリアナは、主人としての威厳を、お情けで取り戻す。
何も無かったように、ユーシアとニュース番組の観察に戻る。
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