第2話 少年忍者は素顔で通る(2)
【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所 応接間】
陣痛が始まって救急車で運ばれたサリナ軍曹を見送ってから、ユリアナは採用を決めたユーシアと改めて向き合う。
フラウが入れ直した焙じ茶を飲み、土産のワッフルを食べながら、ユリアナはユーシアを履歴書以上に掘り下げようとする。
「まずは礼を言っておこう、ユーシア・アイオライト。ユリアナさんのビルでボヤを出さず、火災警報と避難指示を出す事もなく、事態を納めた。本屋とメイド喫茶の営業を中断せずに済ませられた事には、感謝する。
発端は、君のシマパンだけど」
褒めながら落とすので、ユーシアは項垂れる。
「忘れてください」
「初対面で、社会の窓からシマパンを見せびらかした変態の所業だ。忘れる訳がない。一生の思い出にするよ」
「ひどい」
「酷くない」
「事故ですよ」
「じゃあ聞くが、君は初対面の美少女が、スカートの乱れに気付かずにシマパンを丸見えにしていたら、その素晴らしい光景を忘れたりするのか?」
「しません。一生の宝物にします」
「で、あろう?」
「では、十歳児のパンチラを忘れずに大切に抱き抱えて、一生引き摺ってください」
ユリアナ様(五分前から雇用主)とユーシア(雇用されて五分)は、顔の筋肉だけは笑顔で見つめ合う。
別の意味で火花が飛び散りそうなので、フラウがお茶のお代わりを注ぎながら、ブレイクさせる。
「雇用条件が未確認です、ユリアナ様」
「おお、そうだった」
一瞬、やっぱりこのガキは生意気そうだから不採用にしとこうかなあと迷いながらも、大人気ないので契約書をユーシアに渡す。
【勤務時間 9〜17時
14時〜23時
22時〜5時
5時〜14時
何かを要相談
時給 千八百円
残業発生時 時給を25%増しで支給
職務 要人警護、施設警備
基本給 毎月十万円
賞与 年二回 平均月給五ヶ月分
有給 勤務初日から十日分支給
住居手当 最大五万円
映画鑑賞手当 最大一万円
読書手当 最大二万円
通信費手当 最大一万円
学習手当 最大五万円 】
読み進めて顔が綻ぶユーシアに対し、ユリアナは書面に書いていない縛りを口頭で伝える。
「君は小学校の卒業試験は済ませたけれど、中学校はどうする? 義務教育の残りのノルマに対して、ユリアナさんも無責任では済まない。
君の将来設計を述べなさい」
「暇な時に勉強を進めて、卒業に必要な単位を取ります。六年で三年分の単位を取る算段ですが、甘いでしょうか?」
その質問は予想していたので、ユーシアの返事は間断ない。
ユリアナは、雇用者としてではなく、この子に関わる一人の大人として、質問を詰める。
「学校は、嫌い?」
「嫌いというか…俺にはもう、必要ないです」
「飽きた?」
「ええ、飽きました。友達との交友にも、机を並べての学習にも、三年で飽きました」
「あゝ、それでは仕方ないな」
それで納得してくれたので、ユーシアはユリアナの度量を見直す。
定型文のような、「学校には行った方がいい」的説教が無い。
ユリアナは、ユーシアからの目が多少は変わったので、自分が十歳の時の話題を持ち出して尊敬ポイントを高めようとする。
「ユリアナさんが、アノ国(アサキユメノ国の略)から追い出された経緯は知っているかな?」
下調べをしていたので、ユーシアは遠慮なく所見を述べる。
「児童の臓器売買組織に加担していた小学校を破壊して、政府に対応を促した事件ですね。本気で警察が捜査したら、貴族が二十四人、政治家が四十六人、その他大勢が逮捕されました。
波紋が大きく、逆恨みで害される可能性が捨てきれないので、コノ国(コトオサメノ国の略)に亡命した。
という見方をしましたが、お人好し過ぎるでしょうか?」
最後の疑問形が余計だが、ユリアナはユーシアの情報解析と気の遣い方に、合格点を与える。
そして、ユーシアが言わずに済ませようとする情報を、敢えて確認する。
「今でも年に一度は、アノ国の犯罪組織から刺客が来る。挨拶だけして帰る者から、返り討ちに遭うまで戦い抜く者まで、ピンキリだ。過去十五年で、護衛から八人の殉職者が出ている。
という訳で、結構危険度の高い職場だ。
それは理解した上でユリアナさんの所に来たと思うが、直接口頭で確認したい。
ユリアナさんの盾になって死んでも、文句はないのかな?」
「殉職した八名の戦闘力は、俺には及びません。
俺は殉職しませんし、ユリアナ様も死にません。だから文句も発生しません。ご心配なく」
真顔で、ユーシアは、言い切る。
自信過剰でも演出過剰でもなく、冷徹な戦力分析の末である、と信じきっての返答である。
「…残酷なまでに正直な子だ。だが、殉職者を貶める発言は、これで最後にしろ。ユリアナさんにとっては、知人であり友人であり恩人である人々への侮辱となる」
「すみません」
ユリアナの凄絶な眼光に押されたユーシアが、頭を深く下げて詫びる。
「許す」
許してしまったので、ユリアナは自分が教育役としては甘いと思ってしまった。
次にユリアナは、ユーシアを警護の一人として扱うか、それ以上の人材として扱うかどうか、更に探る。
面接官を、替える。
ユーシアには其れと告げずに、次の面接官にバトンを渡して適性を測る方向に進む。
「レリー・ランドルに建物内の案内を任せる。ユーシアと相性が良ければ、試用期間中は、レリーに指導役を任せる」
ユリアナが言う側から、事務所奥の台所で夕飯の用意をしているフラウが、携帯電話でレリー・ランドルに連絡する。
「フラウです。厨房の仕事は切り上げてください。例の新人の研修を任せます。護衛のです、ユリアナ様の。
(炒飯を炒めながら)
建物内の案内をしつつ、基本事項を教えてください。今から一週間預けます。着替え? 要りませんよ、相手は十歳の少年です。はあ? 自分で聞きなさい。個人情報です。
(炒飯を炒める火力を上げる)
それは、貴女が最も暇を持て余している人材だからです」
耳をすませて聞き取ったユーシアは、この仕事場で最も暇な人材が如何なる人物であろうかと、想像してみる。
その想像が結実する前に、レリー・ランドルが階段を駆け上がってカードキーで玄関を開け、メイド服に割烹着という、厨房用完全装備で駆け込んだ。
温水色の髪の毛をポニテでまとめ、ピンクの大型リボンを乗せている萌え妹系顔の少女は、頭巾と割烹着を脱いで畳みながら状況確認と愚痴と自己紹介と世間話を一挙に捲し立てる。
「美少年忍者を養育する仕事を回してくれるって、本当ですか?! あ、ヤバい、本人? はじめまして、レリー・ランドルです。
(白手袋を脱いで、軽くぽにっと握手)
普段は、もっと落ち着いて常識のある好人物ですよ? ディナータイムの仕込みの最中に暇だと決め付けられて、笑いながら怒っていますけど、好人物です。自分の部屋に自費でエアコンを設置できるレベルの偉人でもあります。
(強めに再握手)
君、握力は幾つ?」
「片手でリンゴジュースを絞れます」
「ぎゃああ?!」
レリー・ランドル(十六歳、温水色のポニテ&パッチリした菫色の瞳、外傷専門治癒能力者)は、慌てて握手を離して、一歩距離を取る。
「あ、潰れてない」
「潰しませんよ」
バイオレンスなボケをするレリーに、ユーシアは慎重に距離感を空ける。
「まあ、手が潰れたくらい、治せるから平気よ。外傷は直せるから任せてね。うっかりと切腹しても、死なずに済むから」
「便利ですね」
ふざけた陽キャラだが、能力は確からしい。
「でも勘違いしないでね、能力は外傷専門だから。風邪とか花粉症とか、性病は治せませんからね? 喫煙はしちゃダメだよ? わたしが肺癌になっちゃうから」
何もかも正直に反応する、確かに好人物なのだ。
「ユーシア・アイオライトです。よろしくお願いします」
挨拶しながら、ユーシアはレリーの全身を視覚で確認する。
特に、スカートと白いガーターベルト部分に、視線を向ける。
「二丁拳銃?」
「どうして分かるの?!」
「忍者ですから」
レリーはスカートの裾をちょいと上げると。白いガーターベルトに仕込んだホルスター部分を見せる。
「二丁ともスタンモード固定の拳銃だから、気にしないでね。メイド喫茶って、時々沸くから、人間大のゴキブリが」
「ほうほう(正直過ぎて、サービス業に向かない?)」
「脱衣麻雀で負けそうな時とかも、便利なのよ」
「脱衣麻雀を、するの?!」
生身で脱衣麻雀をする人物に会えて、ユーシアは感動する。
十歳の少年にとって、脱衣麻雀は都市伝説なのだ。
「安心して。美人局の導入部分としての、脱衣麻雀だから。この作品も、全年齢向けだし。たぶん」
安心できない話題を、恥じらいのない笑顔で語るレリーに、ユーシアは心中で更に距離を取る。
「下着姿になる前に、対戦相手を背後からスタンガンで夢の世界に行かせて手切れ。別れは爽やかに、ね?」
「そういう事を繰り返して居場所が無くなったので、厨房に?」
「まさかあ! 今のは、アノ国での話。コノ国に高飛びしてからは、美人局だけはやっていないから安心して」
「ほうほう(国際的な逃亡犯かよ!?)」
「あれー? ドン引きした? 忍者なら、このくらいのダーティ過去話は平気だと思ったのに〜」
レリーはフラウから苺ワッフルを貰いながら、ユリアナ様から向けられた笑顔の照射で「とっとと仕事に行け」というメッセージを受信する。
「あ、いけない。仕事しよ。
(もぐもぐ、ごっくん)
さあ、このバッファロービルを案内するわよ。屋上からチュートリアルを開始しようか。
ユーシアくん。
トイレは済ませたかな?」
「済ませた」
「命乞いの準備は?」
「部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備は、出来ている」
「よっしゃ、先ずは屋上から〜〜!!」
「戦闘機の中、見られますか?」
「見れるぞ、見れるぞ〜」
からんころんからんころん
賑やかな指導役が、ユーシアを連れて従業員用エレベーターで屋上へ去ると、ユリアナはソファにどっかりともたれて、フラウに早めの夕飯とコメントを求める。
「お腹空いた」
「はい、今、お持ちします」
「あの子、大丈夫?」
「レリーよりは、大丈夫かと」
「レリーは、大丈夫?」
「ユーシアが付いているから、大丈夫かと」
「…あの二人を適当に雇ってしまったユリアナさんは、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。適当に判断できるのは、余裕のある証ですよ」
フラウは適当に応えながら、出来上がった炒飯&餃子六個&グリーンツナサラダ&味噌スープ(具はネギ・豆腐)&カボチャプリンを配膳し、いつも適当な主人に報いた。
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