第45話 音も立てず、奴の罠が近付く(2)
【コウガ地方 水口(みなぐち)の里 望月家ゲストハウス別館】
元上司と元部下が交渉を終えた直後に、湯上がりの浴衣姿でリップが入室してくる。
「ここのお風呂、温泉だよユーシア。今夜は一緒に入り直そ…」
リップはユーシアの目線の先に浮かぶ、黒龍軍師ドマの横顔へ、穴を開けたそうな視線を固定する。
「ユーシア。休職した、はずだよね?」
「休職は退職ではありません。ご理解ください、二十八女殿」
リップは、ユーシアを椅子にしながら、黒龍軍師に喧嘩を売る。
「他に幾らでも、戦える忍者とか、いるはずだよねえ? これはあたしへの、嫌がらせなのかな〜〜???」
「徹夜は、させませんので、緊急の仕事の後で、ごゆるりと…」
「今現在の話だよ、時系列を吹き飛ばして話すなよ、じじい。他の部下はどうしたという話だよ」
「部下が二人、敵の手に落ちました。無事に奪還したいので、ユーシアを使います」
「休職中の元部下に休日出勤を強いるパワハラ元上司がいるって話、文春とかに流すから戒名決めとけよ、大型爬虫類」
視線と脅迫の圧力に耐えられなかったのか、ドマがキレる。
「うっさいわっ、小娘えええええ!!!! 己がユーシアを唆さねば、こんな事態には」
「十歳の子供に完殺者稼業を押し付けるようなクソ職場の幹部が、あたしの恋路にケチを付けるな、粉にするぞトカゲ爺い!!」
キレたドマの売り言葉を、リップが真っ当に買った。
「お前の発情期に合わせて、人材を引き抜くな、エロガキめ! せめてあと五年は待ってから引き抜けや!?」
「五年後にユーシアが生きている保証が無いだろ、骨董蜥蜴! あんたのせいで家族計画を巻いてんだよ、察しろやトカゲ脳!!」
「責任転嫁は認めぬ! ワガママ放題に、国家公認忍者を私物化した俗物めが!」
「ユーシアは! あたしの物だ!! 絶対に独占市場!!!!」
浴衣姿のリップの尻の下で、ユーシアの顔が幸せそうに蕩けているのを、室内の一同は見ないふりをする。
「貴様の甘い幸せは、ユーシアが救えるはずだった数多の犠牲者の屍の上に建てられているのだ! 偶に休日出勤するぐらい、帳尻合わせと心得よ!!」
「休日出勤をナメてんじゃねえぞ、このパワハラ常習トカゲ!」
「特別ボーナスを出すから、一人でヘソ噛んで寝ていろ、小娘」
「金なら余ってんだよ、共有時間の問題だ、理解しろトカゲ」
黒龍軍師ドマは、リップと口喧嘩をしながらも、妥協案を持ち出す。
「日没と共に、一つの悪徳宗教団体を、ユーシアが滅ぼす。滅ぼさねば、彼奴等に壊される犠牲者の数は、減らぬ。
ユーシアは、コノ国を救う剣として、今宵降臨するのだ」
「よし、見物する」
「見届けよ、人倫が回復し、悪徳が滅びる様を」
「じゃあ、同行して構わないね?」
「望みのままに」
話が喧嘩から、リップの同行承認に変わったので、ユーシアは呆れた。
他の大人たちも、呆れていた。
イリヤ「(宗教団体への殴り込みは、怖いであります〜〜。狂信者相手は気が滅入るであります〜〜)」
ヴァルバラ「(面倒臭いなあ〜〜。まあ、100%悪徳主教団体だから、後腐れなく滅ぼせるけど)」
カイアン「(物理的に根刮ぎになりそうだな。本部を制圧してからの秘匿情報サルベージがやりたかったのに。贅沢は言えないか)」
シーラ「(やっばっ?! ガルド教団関連の株を、売り払っておかないと)」
エリアス・アーク経由で情報をリンクしているシー・イリアスも含めて四人が、内心で溜め息を吐いた。
中でも一番呆れているのは、ユーシア経由で情報を得ているユリアナだったが、その愚痴は苦痛なのでユーシアはスルーした。
更に呆れる速報が、望月、ドマ、エリアスの情報収集端末に入る。
望月「ガルド教団で、戦闘?」
ドマ「本部が半壊?」
エリアス「建物が吹き飛んだ?!」
性急そうなユーシアより先に戦利品を持ち逃げしようとしたルナロニとロードンは、ドマの仕込んだ段取りも吹き飛ばして、ガルド教団を壊滅させていた。
S級戦闘ユニット七人、B級戦闘ユニット四十五人、僧兵千人を揃えて制圧に備えていたガルド教団が、たった二人の裏切り者によって兵力の大半を失って、逢魔時を過ごしている。
「今夜で一気に終わりにしましょう」
望月ライトは、攻め時を逃さずに、他のコウガ衆にも動員をかける。
忍者メイドに複数の端末を持たせてSNSで連絡を取り合い、各派の増員数と配置の再確認、必要経費の負担具合を確かめ合う。
「予想より遥かに、この件は終わりそうね」
高垣ダーナは、楽勝そうなので酒を飲み始めるかどうか迷うが、やめておく。
「もう、事件は終わった?」
リップの感想に、尻の下のユーシアが、シリアスに応える。
「手負いで自暴自棄のカルト宗教団体は、集団自決のフラグ乱立地帯だ。上手に解体しないと、余分な死人が大量に出る」
「あたしが一緒に行っても、大丈夫?」
ユーシアは、ちと返答に迷う。
安全度は増しているのだが、面倒臭さは減っていない。
「教団の子供たちの相手、任せていいかな? そこは無傷で保護したい」
思い付きだった。
リップに任せても良さそうな仕事で、一緒に行く口実を重ねる為の、思い付きだった。
「んんんんんんんんんんん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
リップは椅子(ユーシア)から立ち上がり、イリヤの差し出したコーヒー牛乳を飲み干してから、返答する。
「仕方がないな〜。ちょっとだけ、手伝ってあげるから、感謝は三千倍増しで」
「三那由多倍で返す」
ユーシアはリップの腰を抱えて、口元に少し溢れたコーヒー牛乳を舐め取る。
イリヤ「(うぐう)」
ヴァルバラ「(くっ)」
カイアン「(やりおるわ)」
エリアス「(うおっと)」
シーラ「(ぎゃああ)」
望月「(デート気分か)」
高垣「(あらら)」
クロウ「(ナメ過ぎだ)」
気分は、楽勝モードだった。
ルナロニとロードンが荒らした後に、何が残されているのか、知らずに楽勝モードだった。
ルナロニとロードンが荒らしても平気で悪徳宗教団体に居残っている難物が、どれ程の災厄か知らずに、楽勝モードだった。
兵力を揃えたカルト宗教団体を襲撃するのが平気なルナロニとロードンが、その難物だけは避けて荒らしたという情報を、コウガ側は未だ入手していなかった。
【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部付近】
ルナロニとロードンが荒らした跡を確認しに、先行して現場に着いたサラサだけが、それを目撃した。
天井が吹き飛んだ本部施設と、大量の同士討ちで転がる二百人以上の屍と、三百人以上の戦傷を回復しようとする信者たちの狂奔と、
「・・・『鬼神の槌矛(デモンメイス)』の装着者・・・コノ国に戻っていたのか」
ガルド教団の苦境には全く興味なさそうに、人命救助には一切手を貸さずに、毒々しい赤黒の色彩を放つ武鎧を装備しながら、ゲームウォッチのドンキーコングで暇を潰している騎士を。
そして、見物人に紛れて表門から中を窺っていたサラサと、視線を合わせる。
無表情ながらも、サラサの顔が恐怖で充満する。
『鬼神の槌矛(デモンメイス)』を装備した騎士が、両手に猛毒属性の戦斧を構えて突進して来たと同時に、サラサは全力で撤退したので助かった。
その巻き添えだけで、周囲を固めていた警察官が二人斬り殺され、見物人八名が毒気で倒れて救急車で搬送された。
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