第44話 音も立てず、奴の罠が近付く(1)
【コウガ地方 水口(みなぐち)の里 望月家ゲストハウス別館】
高垣ダーナがコウガ地方で顔役である望月家のゲストハウスの一つに案内すると、リップは気軽にシャワーを浴びに行った。シャワールーム周辺は、イリヤとヴァルバラがガッチリ固めているので、ユーシアは大人しく望月家の接待を受ける。
「あ、どうも。望月ライト。このゲストハウス別館の、担当者です」
雰囲気も軽く、草食そうな三十路男が、まずはユーシアとエリアス、カイアンに茶を出す。
望月家専用メイドさんを用いて。
メジャー忍者の老舗コウガらしく、和風でも露出度うふふなメイド服の女忍者が、茶と菓子を運んで来る。
忍者メイドさんに茶を出されると、クロウも人間形態になって、一緒に接待されようとする。
「鍛冶屋、良い後援者に恵まれたな。もう色か?」
並以上の羊羹と煎じ茶を平らげながら、クロウは望月ライトの横に居座っている高垣ダーナに、セクハラ発言をする。
「月に四、五回、同衾するだけよ?」
笑いながら高垣ダーナは、望月ライトの腕に抱き付いて甘えて見せるので、どういう関係かはユーシアにも知れた。
羊羹のお代わりを一本丸ごと貰いながら、ユーシアは話を進める。
「で、コウガはガルド教団に対して、どこまで処断する気ですか? 変な壺を高額で押し売りする霊感商法を禁じるだけでは、問題の解決には程遠いような気がしますが?」
「う〜ん、そうなのです。悪徳商法を辞めさせるだけでは、悪徳宗教団体は、懲りないのです。何せガン細胞のように生きている連中なので。存在する限り、迷惑千万。高垣ダーナの勧誘も、諦めてくれません」
望月ライトは、高垣ダーナの髪を指の腹で丁寧に撫でながら、心配事をユーシアに返す。
「彼らが通常の悪徳宗教団体と違うのは、悪党商法がメインという事です。犯罪組織が、宗教団体を騙っている事を、隠そうともしないのです」
そこまでは、ユーシアも知っている。
エリアスに少し調べさせただけで、そこまで情報が入る程度には、悪質さで知られ始めた新興宗教団体だった。
他の国では布教に失敗している程度のお粗末な宗教団体だが、コノ国では宗教団体への対応が甘い風土が仇となり、被害が広がって信者の数が十万人の大台を超えてしまっている。
「それがハッキリしたので、本部を潰してしまおうとしたのですが…連中、国会議員を数名、買収して味方に付けていまして。制圧は中断されています」
そこまでは知らなかったので、ユーシアはうんざりする。
政治家絡みだと、ユリアナの許可を取りながらでないと、後でどういう連鎖反応が出るのか心配で動けない。
仮に無関係だったとしても、無許可で動いたら怒られるジャンルだ。
と、そこまで面倒臭いと思った頃合いで、ゴールドスクリーマーに変身可能になってからは、ユリアナといつでも連絡が取れる関係だと思い出す。
試しに、
(ユリアナ様、聞いていますか〜?)
と脳内からメール感覚で送信したら、
『聞いてないよ〜〜』
と気のない返信が帰ってきた。
(後で、ガルド教団を潰していいかどうかの許可をください)
『コウガの連中が許す範囲で、好きに潰していいよ』
ユリアナの声音に憎悪成分が多めなので、ユーシアはツラれないように留保しつつ、望月ライトの話に傾聴する。。
「面倒なので、買収された国会議員を政党から除籍する根回しを進めているうちに、ガルド教団が強力な傭兵を雇い始めまして。後はコウガの民兵で囲んで一斉に本部を制圧するだけだったのですが…」
ユーシアは、先程遭遇した強敵の臭いを撒き散らすカップルを思い出し、ここまでの説明には納得する。
「不利なので国家公認忍者に後詰めを依頼したら、快諾して頂きまして」
「え?」
「二人の国家公認忍者が内部に潜入し、制圧の準備を施すという段取りでしたが、連絡が途絶えました」
「何時からだ!!?」
「定時報告が定型文になってから、一週間経ちます」
ユーシアが、最悪の事態を想定する。
(あのメガネに催眠を掛けられて、敵側の戦闘ユニットに?)
この件にこれ以上関わった場合、国家公認忍者二人+金で雇われた凄腕傭兵達が相手と知り、ユーシアは内心でシッカリと思ってしまった。
(休職中で、良かった〜〜〜〜)
ここで修羅場に突入する気は、全くない主人公だった。
彼女連れだし。
(しばらく荒れそうだな、コウガ。鍛冶屋をアキュハヴァーラに引っ越しさせて、リップの専用武器を作らせよう。緊急避難先を用意して、接待尽くしで気持ち良く仕事をしてもらおう。よし、これでみんな幸せ)
そういう不届きな薄情者にバチが当たるように、望月家ゲストハウス別館に国家公認忍者の本部から連絡が入る。
外線電話端末から望月ライトに向けて、黒龍軍師ドマのデカい顔が、リアルタイムで見下ろしてくる。
「緊急だ。挨拶は省く」
ユーシアは、カイアンのどデカい背中を利用して、黒龍軍師ドマの視界から消えるように動く。
カイアンは昆布茶を啜りながら、何事もないかのように、望月家メイドの寸評だけに専念する。
「コウガに来ている事は、把握済みだ、ユーシア・アイオライト。休職中であろうと、働いてもらうぞ」
ユーシアはカイアンの影からちょっとだけ顔を出し、横暴な元上司に断固として反論する。
「休職中で休日中の十歳の少年に、武装した凶悪な宗教団体の本部に突入させるなんて命令を下したら、パワハラで訴えますからね!」
「音信が定型文だけになった二人の家族には、先程安心するように伝えた」
「何を〜?!」
「ゴールドスクリーマーに変身したユーシアは無敵で無双だから、安心して帰宅を待つようにと」
「それは安心ですね」
ユーシアは、元上司の初手で全てを諦めた。
国家公認忍者の遺族2セットから逆恨みをされる危険性を、背負う気は起きない。
黒龍軍師ドマは、目力を弛めずに、ユーシアに標準を合わせる。
「貴様が職務放棄をした場合に備えて、こちらも人質交換を進めてある。国家公認忍者二人と引き換えに、とてつもなく優勝な人材を、交換する」
「で、俺はその優秀な人物を、ガルド教団が悪用する前に取り戻すと」
「日没と同時に交換を果たすが、三分以内に身柄を回収して帰還せよ」
「…それ、完全に強襲ですよね?」
ユーシアの脳裏に、教団の僧兵や傭兵たちが十重二十重にゴールドスクリーマーを囲み、狂信者たちが爆弾を抱えて足元に転がって来る地獄絵図が浮かぶ。
「交換に引き渡すのは、凄腕の回復能力者だ。出来れば三十秒で回収したい。悪用される心配もあるが、金に目が眩んで犯罪に加担されると、困る」
「レリー・ランドルですか?!」
「そう、レリーちゃんだ」
黒龍軍師ドマの声に、聞きたくない甘い成分が混じる。
「そこまでしてガルド教団が、回復させたいのは、誰ですか?」
「十年前にユリアナ・オルクベキを手篭めにしようとして瀕死の重傷を負った、ガルド教団の教祖だ」
「初耳です」
(殺しておけよ〜〜〜!!)
と考えていたら、ユリアナから神速で脳内通信が来る。
『言う訳ないだろ、こんな気持ちの悪いカルト教祖の話なんか。思い出すだけで、吐き気がする』
(ご尤もです)
ユーシア経由でユリアナに聞かれている事を承知で、ドマは話を続ける。
「はぐれ皇女を孕ませて、血筋を教団の後継に残したかったが、返り討ちにされて十年間寝たきり生活よ」
(とどめ刺しておけよ〜〜〜!!)
と考えてしまったので、再びユリアナから速攻で反論される。
『ユリアナさんは、本気で殺したぞ。延命させた方に文句を言え』
(おっしゃる通りです!)
『片腕斬り落として、電撃を浴びせて、摩天楼の彼方に吹き飛ばしたのに生きている方がおかしい!!』
(誠に、おっしゃる通りです!)
謝りながら、上司と思考がリンクするのはウザいという考えが浮かばないように、別の事を考えるというか、本題に戻る。
「その段階で、教団が崩壊するのでは?」
ユーシアには、そんな真似をする教祖に信者が付き従っている構図が分からない。
「教団側は、『神である教祖様が、第二段階に進化する為の蛹な状態』と設定してしまったのでな。信者の離脱率は、極めて低かった」
「それを信じるの??!!」
「信者だからな」
「カルト宗教、怖っっ」
「回復不能の重傷でも生きている状態を、逆手に取って奇蹟として宣伝した。教祖の治療費と称して、信者たちへの献金ノルマも上がっている」
「けしからん程に商売が上手いですね」
「レリーちゃんなら回復不可能の傷でも治せるので、彼奴らも交渉に食いつきおった」
そこまで状況を聞いて、ユーシアの脳裏に、嫌な未来予想が浮かぶ。
「…あのう、俺がゴールドスクリーマー状態で突入して、回復したばかりのスケベ教祖と出会した場合。俺が全力で襲われませんか?」
「だから回復する前にレリーちゃんを連れ戻せばいいと」
「レリーだと、三秒で治しちゃうかもしれない。最悪の場合、全面戦争になりますが?」
「正当防衛が成立するではないか」
ゴールドスクリーマーの戦力では、正規軍の大隊規模が相手でも過剰防衛のような気もするが、絵面的には美女一人VS悪徳宗教団体。
正当防衛っぽい。
奪還対象が、人格に問題のある小悪党なハーフ吸血鬼メイド店員だけど。
「分かりました、全力で正当防衛するから、何が起きても過剰防衛とか言わないでくださいね」
「よかろう。言いたくなっても、言いはすまい」
「言わないだけじゃなくて、処罰しないでね。問題にしないでね。懲戒免職とか、考えないでね。ガルド教団を根刮ぎ潰しても」
「教祖が神だと騙る悪徳宗教団体に、同情はせぬ。心ゆくまで気侭に踏み潰せ。神を僭称して、人々を破滅させ続ける罪は、破滅に限る」
「委細、承知しました。レリー・ランドルを可能な限り素早く返却させる件に、注力します」
「うむ。期待しておる」
黒龍軍師ドマとユーシアが、仕事の打ち合わせを済ませて、ニヤリと素晴らしい笑顔を交わす。
話が都合良くまとまったので、高垣ダーナはようやくを落ち着いて茶を飲んだ。
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