第43話 ジャージ運命黙示録(6)
【コウガ地方 水口(みなぐち)の里 中央公民館 武術大会 女子の部会場】
勝ったと思える暇もなく、飛鳥川トリーナは折れたレイピアでリップのレイピアを払って距離を取る。
降参はせず、折れた剣で、仕切り直す。
継戦を望んだ対戦相手を、リップは胸部装甲の布地部分を極小真空斬りで斬り裂いて、降伏勧告をしようとする。
リップなりの、傷を付けない為の、気遣いだった。
こんな近距離で、衣服を破く目的のみで真空斬りを放つとは想像もしなかった飛鳥川トリーナは、胸部にナメた威力の真空斬りを受けてしまった。
飛鳥川トリーナの胸部周りの体操服が、飛散する。
だがしかし。
飛鳥川トリーナは、ノーブラだった。
飛鳥川トリーナの生乳が、サラサの生放送で、全世界に曝される。
ぷるるんと、丸ごと。
「ふがああああああああああああああああああああああああああああああ??????!!!!!」
「すみません!」
この誤算に、リップは満面の笑顔をしているユーシアにレイピアを投げつけて顔を逸らさせてから、手ブラで相手の胸部装甲を隠した上で、頭突きで気絶させた。
「本当に、すみません!」
「ふがっ…(ガクン)」
飛鳥川トリーナは、コレをキッカケにグラビア・アイドルとして年収一億円のトップ芸能人に進化するので、世の中は不思議である。
敗者復活戦決勝が始まる前に。
額の傷をカイアンに治療させながら、断固たる態度で、リップはユーシアに確認を取る。
「ユーシア。女性が中破で胸ポロを見せてしまった時の正しい行いを、簡潔に答えなさい」
「ガン見」
正直者の頬肉を指の力だけで千切ろうとするリップと、激痛に耐えてリップの指の感触を体に刻み込みながら往生しようとするアホを見かねて、カイアンが口を出す。
「あのう、敗者復活戦決勝が終わってから、痴話喧嘩の続きを…」
リップは、カイアンを見上げ、敗者復活戦決勝の会場を見、ユーシアを見、対戦相手を見て、ニヤリと笑う。
「決めた!」
リップはレイピアを装備せずに、ユーシアをお姫様抱っこして、敗者復活戦決勝試合会場に、足を踏み入れる。
「あたしの武器は、男だ!」
ユーシア(まだチアガール姿)はマグロとなって、リップの腕の中でピチピチする。
そう宣言されて、対戦相手と審判が、そして会場中の暇そうな見物客達が、一斉に凍りつく。
最初に我に帰ったのは、対戦相手だった。
「ルナロニにだって、武器に出来る男がいるもんね!」
ポニテに袴の眼鏡娘は、高らかに宣言すると、刀を投げ捨てて、セコンド席の彼氏を手招きする。
「来なさい、ロードン! 合体よ、合体!」
「その言い方、エロいよ?」
優男風の青年が、求めに応じて試合会場に苦笑しながら足を踏み入れる。
其の瞬間、ユーシア(まだチアガール姿)はマグロを辞めて、リップを庇うように青年との間に入る。
ユーシア(まだチアガール姿)が唐突に戦闘モードに入ったので、リップは一歩引く。
ユーシアの警戒ぶりを、足運びを、体幹を。
ロードンは、視線をブラさずに、観察する。
ロードンは前進を止めると、ユーシアの影に近寄らないように、距離を取る。
「ルナ、影を怪しむべき間合いだ。そのまま試合に応じていたら、秒で負けていたぞ」
「いいよ、この間合いなら…」
ユーシアは、ルナロニの眼鏡の奥の視線を覗き見た瞬間、決断した。
ユーシアは、リップを抱き抱えて一気に退き、試合会場から降りる。
有無を言わさぬ強制退場に、リップが抗う前に、ユーシアが審判に告げる。
「試合を棄権します」
猛抗議を始めようとするリップに、ユーシアが耳打ちする。
「眼鏡と視線を合わせるな。催眠術を喰らうぞ」
「んんんん?」
リップを引き摺って仲間の元に戻ると、高垣ダーナが顔面蒼白の面持ちで、ユーシアとリップに詫びる。
「ごめんなさい。あのバケモノが敗者復活で網を張っているとは、思わなくて…」
「信じるが、説明不足だ。場所を変えて詳細を聞く。全員、背後を振り返らずに、退館しろ」
ユーシア達の退館を見送ってから、ルナロニはロードンと意見を交わす。
「アイツらに教団が攻め込まれるまで、何時間の猶予が有ると思う?」
「ないよ。相当にせっかちだよ、美少年忍者は。退職金を分捕って、逃げちゃおう」
「あのリップちゃんに術を掛けて、有り金を巻き上げた方が、楽じゃね?」
「其の後が怖い。ゴールドスクリーマーは、30%の力でも僕に勝てるだろう。難敵は、避ける」
「よっし、じゃあ、楽な方向へ」
「そうそう、楽をしよう」
ロードンの達観に従い、ルナロニは大会を棄権する。
ユーシアより先に、雇い主であるガルド教団を襲撃して、金品を強奪して逃げる気である。
『百眼妖女』ルナロニ
『星獣騎士』ロードン
この極悪な傭兵カップルは、常に楽な選択を選び続けて、周囲に地獄を延焼させていく。
敗者復活戦決勝に進出した選手が二人とも棄権したので、枠は飛鳥川トリーナに決まった。
破損したレイピア『朱雀路』で二連覇を果たし、二本目の『朱雀路』を入手したが、生乳ポロリを全世界に晒してしまった怒りは治らず、表彰台の上でリップに決闘を申し込んだが、もう不在だったのでスルーされた。
一見すると、この場は、平和のまま収まった。
(生乳ポロリを全世界に晒してしまった飛鳥川トリーナを除く)
この武術大会が行われていた夕暮れまでは、コウガは平和のままだった。
(ルナロニとロードンに裏切られて財産を強奪されるガルド教団を除く)
ルナロニとロードンに、そのキッカケになった自覚はない。
いや、嘘だ。
自覚は有ったし、その後の展開の最悪さも予想していた。
ユーシアに先んじて動き、ユーシアに後始末を全て押し付けるつもりで、さっきまで雇い主だったガルド教団から財宝を奪って去った。
ルナロニとロードンが予想しなかったのは、ガルド教団に対して、ユーシアが本気で激怒する事だった。
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